【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ

文字の大きさ
21 / 59
俺から見た君は

しおりを挟む




2人で山に登って、海が見えると有名な崖のてっぺんに座る。

俺は少し怖かったけれど、スナが記念にというから、恐る恐る丸くなっている岩に腰掛けた。

風が強くなって、俺はギュッと地面の石を握りしめる。

「もしもさ、ここから落ちたらどうなんだろうな」

ふと、右隣からそんな一言が聞こえてきて、俺は咄嗟に叫んだ。

「そしたらっ!俺も飛び降りる!」

「っ、‥いやなんでだよ‥」

驚いたように目を丸くして、それから呆れたように笑うスナに顔が赤くなって、
だけど嘘だと言いたげに俺を見つめるものだから、俺もムッとして、言い返した。

「絶対に飛び降りる。だって‥スナを助けたいから」

「はぁ?共倒れになんだろ絶対」

「ならない!俺、死ぬ気で思いっきり手を伸ばすから、

だからその時は‥ちゃんと‥て、手を握れよなっ‥こ、こんな風に!」

あの日俺は初めて勇気を出して、スナの手を握った。

ドキドキして体が熱くなって、それでもすぐ近くでスナが噴き出すように笑ったから、俺もつられて笑う。

握った腕は骨張っていて大きくて、冷たい体温が心地よかった。

俺は本当に幸せで、ずっとこのままスナと一緒にいたいって‥そう思ったんだ





「‥ん‥、‥夢‥」

またか。ここのところ多いな。
宝物の様な思い出は、今じゃ切なく締め付けられる悪夢になった。あぁ、朝から憂鬱になる。

「スゥ‥」

「え‥?」

ふと、俺は目の前に広がる彫刻の様な綺麗な顔にギョッとした。

どうして‥スナが目の前にいるんだよ‥てか、近いっ

息がかかる距離に俺は固まる。

いや、なんで俺スナの部屋のベッドで寝てんだ?昨日確かソファで‥

寝起きで頭をフル回転させて状況を理解しようとするが、全く分からない。

俺の手を握ってすやすや眠るスナ。

その手は夢の中と同じ感触で、ぶわりと顔が熱くなるのを感じた。

馬鹿‥落ち着け‥

俺は深呼吸をして、気持ちを整える。だってこんな‥好きなやつのベッドの上で2人きりで寝てて‥全部スナの匂いがして‥くらくらする‥もう最悪だ‥。

「‥、はや‥かわ‥?」

「っ、‥スナ‥」

慌てる俺を横目にスナの目がゆっくりと開いて、少し掠れた声で俺の名を呟く。

俺は何故か恥ずかしくなって、緊張で一瞬声が裏返ったが、そのままスナの不快にならないように、できるだけ優しいトーンで話しかけた。

「‥お、おはよ‥スナ‥ちゃんと眠れたか?」

「‥」

こくりと眠そうに頷くスナはなんだか可愛く思えて、思わず口元が緩む。

「そっか‥」

あんなにも痛かった胸が今じゃポカポカと温かい。朝起きたら目の前にスナがいて、なんだか、夢みたいだ‥。

俺と繋ぐ手を頬に当てて、またスヤスヤと眠りにつくスナ。

まるでカップルの休日の様な穏やかな時間が流れて‥休日‥?

いや待て、今日はまだ木曜日だ。

「な、やべえ!?あと30分っ、!?いやスナの家からだから45分はあるんか‥はぁ、俺用意するから、スナちょい手離して」

ふとベッドの脇の時計が見えて俺は焦る。
気づけば登校時間が迫っていて、俺は慌てて飛び起きた。

うちの学校はある程度緩いが、遅刻にだけは厳しくて、恐ろしい体育顧問に怒鳴られては運動場10周の地味に嫌な罰がある。

どこか不満気に俺の手を離したスナ。

俺はベッドから起き上がり、乾燥機の中に入れっぱなしにしていた制服を取りに向かう。

「俺の‥これだよな‥」

制服を取り出して、自分のものと思わしきシャツを探す。俺は大きめの規定のシャツを買っていて、スナのシャツと全く同じサイズで見分けがつかなかったから、なんとなくで選んでそれを着た。

刹那もう一着がふと目に入り、俺は首を傾げる。

「スナ今日は学校行くのかな‥」

「行く‥」

「うわあ!?びっくりした!」

急に背後から声がして、俺は腰が抜けそうになった。勢いで立ち上がって振り返った瞬間、固いものにぶつかって、俺はよろける。

「‥」

「いて、て、‥スナお前なぁ‥」

ぷいっと顔を逸らして、淡々と制服に着替えていくスナ。

気配なく背後に立つなよ‥心臓に悪いなもう‥

てか、行くのか‥昨日は辛そうだったし、もう少し休んだ方が‥いや、スナが決めたならそれでいい‥。

俺は制服を着替え終え、用意を始めたスナを見てもう大丈夫そうだなと、ほっと胸を撫で下ろした。

顔を洗い、少し髪を整えた後、俺はカバンを背負って玄関に向かう。

腹が減った。早めに出て朝飯でも買ってのんびり行こう。八谷と顔合わせても気まずいし‥。

「スナ、じゃあ‥俺先に出るからっ、え、なに‥」

「‥っ」

そう告げながら玄関に向かう途中、
背後からドタドタと音が聞こえてきて、俺はなんだと振り返る。寝癖のついたままのスナが慌てた様子で駆けてきて、また俺の腕を掴んで引き止めた。

「はや、かわっ‥」

震える手。不安気な顔。やっぱりまだしんどいんじゃないか‥。

俺は、スナの額に触れる。熱はない。でもまた顔色が悪くなってる。俺はそっと口を開く。

「大丈夫?‥一緒に‥行くか‥?」

「うん‥」

今度は首だけじゃなく、声を出して返事したスナ。額に触れる俺を見つめながら目を細めた。

なんだかこそばゆい。
優しい目に勘違いしそうになって、俺は顔を背ける。

そのまま戸締りをして、俺達は学校に向かう道を歩いた。



ぎゅっと握りしめられた手を離さぬまま。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

失恋〜Lost love〜

天宮叶
BL
お互い顔を合わせれば憎まれ口を叩いていた。それでもそんな時間が俺は好きだった。 ただ、ひたすらにお前のことが好きだったんだ。 過去作を他サイトから移行してきました! ※死ネタあります

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

【完結】偽りのα、真実の恋 ー僕が僕として生きるためにー

天音蝶子(あまねちょうこ)
BL
生まれながらにしてΩとして生きることを定められたリオン。 けれど彼は、病弱な双子・兄アレンの代わりに、”α”と偽り学校に通うことを決意する。 抑制剤で本能を封じ、兄の名を名乗り、笑顔の裏で恐怖と不安を隠しながら過ごす日々。 誰にも知られてはいけない秘密。 それが明るみに出れば、兄も、自分も、すべてを失う。 そんな彼の偽りを、幼なじみのノアだけが見抜いていた。 ――仕草のひとつ、息づかいのひとつまで。 ノアは、真実を暴く代わりに、リオンを守る“共犯者”となる。 誰よりも兄のために頑張るその姿に、やがてノアの胸には、抑えきれない想いが芽生えていく。 リオンもまた、兄の身代わりとしての自分ではなく、リオン自身を認め、協力してくれるノアに徐々に惹かれていく。 性別や運命に縛られた世界で、 “僕”として生きる意味を見つけた少年の、静かで熱いオメガバース・ラブストーリー

陽キャと陰キャの恋の育て方

金色葵
BL
クラスの人気者と朝日陽太とお付き合いを開始した、地味男子白石結月。 溺愛が加速する陽太と、だんだん素直に陽太に甘えられるようになっていく結月の、甘キュンラブストーリー。 文化祭編。

処理中です...