ある研究員の記録

晴日青

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十日後

記録その2

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 ――記録その二。

 カナタが初めて世話をしてから、十日が経った。
 カナタの作業は人魚に餌をやり、その様子を観察するだけ。
 最初は餌を食べる人魚に恐怖を覚えていたものの、やはり慣れというものは存在する。
 気が付けばカナタはすっかり人魚に慣れ、よく話しかけるようになっていた。

「人魚、餌の時間だぞ」
「…………!」
「俺が来たこと、分かるのか?」
「…………?」
「……はは、まぁ言葉なんか通じないか」
「…………」

 カナタが思っていた以上に人魚は表情が豊かだった。
 餌をやるときに意地悪をすれば怒っている表情を見せ、餌を食べている間はどことなく無邪気な表情を見せる。

「もうちょっとマシな見た目だったら良かったのにな。ただでさえ不気味なのに、餌を食ってるときのアレは……」
「…………?」
「……それに、日がな一日、水槽の中にいるだけで何してるのか分からないし、そもそも何ができて何ができないのかすら分からない」
「…………?」
「ほんと、なんなんだろうな、お前は」

 人魚は、何も応えない。

***

 ――○月×日。
 聞いた話によると、人魚は自然で見つかった生き物ではないらしい。どうやら、何かの折に作られた人工の生物だと言う。とはいえ、あくまでそれは噂話に過ぎないと思っている。こんな生き物を作り出すなんて、あまりにも非現実的だ。
 水の中でも生活する新しいヒト。そんなものを人間が作り出せるわけがない。
 だが、意図せず作り出された生き物だからこそ、こうして観察が必要なのだと言われれば納得しないこともない。変わった生き物ならばさっさと水族館にでも送ればいいものを、それをしないのは何かこの生き物に気になる点があるからだろう。……もしくは、あまりおおっぴらにできない存在か。
 こんな話をつらつらと述べていても仕方がない。今日は以前から試そうと思っていたことをしようと思う。
 とりあえず、簡単なものとして色の判別ができるのかどうか。正確にはどこまで視力が発達しているのかのテストだ。
 どうやらこの人魚は世話をする人間である自分のことを認識しているらしい。顔を出せば何かしらのアクションを起こし、帰り際には寂しそうな――そう思いたいだけかもしれない――顔をする。となれば、どこまで水槽の外の世界を見えているのか調べたくなるのが研究員というものだ。

***

「おい、人魚」
「…………!」

 水に揺られていた人魚を、水槽の縁を叩くことでこちらに気付かせる。
 ぴくりと反応した人魚は苛立ったように顔をしかめた。

「…………!」
「怒るなって。……ほら、これ見えるか?」
「…………?」

 カナタが人魚に向かって見せたのは何枚かの紙の束だった。

「じゃあ、まずは赤からな」
「…………」
「いまいちよく分からない反応だな……。だったら、青はどうだ?」
「…………」
「……違いが分からないのか? よし、じゃあ黄色は?」
「…………?」
「ああ、黄色はちょっと反応するんだな。黒は見えるか?」
「…………」
「黒もだめか……。だったら、白も微妙そうだな」
「…………!」
「……お?」
「…………!」

 人魚は驚いた表情のまま、何か言いたげに白い紙とカナタとを交互に見つめる。

「そういえば、水の中で見やすい色ってのがあったっけ。先にそっちを調べてから試してみるべきだったな」
「…………」
「でも、反応したってことは見えてるってことだよな。色はともかく、目の前に何か出されて、その何かに差があることも見えてる」

 こん、とカナタは水槽のガラスを叩いた。
 人魚は先程と違って不快な顔をすることなく、首を傾げている。

「…………?」
「俺のことはどうやって見えてるんだろうな」
「…………」

 ほんの少しだけ、人魚が笑う。

「…………」

 ただ、カナタがもう一度よく見ようと見つめたときにはもう、いつもの無表情に戻っていた。
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