ある研究員の記録

晴日青

文字の大きさ
4 / 8
二十五日後

記録その4

しおりを挟む

 ――記録その四。

 カナタは今日も人魚の世話をしていた。
 人魚はすっかりカナタに慣れた様子を見せ、以前はそれほど見せなかった表情というものを時折出すようになっていた。
 感情を見せるようになって、更にカナタは人魚へ親近感を抱くようになる。

「おい、人魚」
「…………!」
「嬉しそうだな。そんなにこの餌が好きか?」
「…………」

 人魚はくるくると水槽を回る。

「こんな固形物の何がうまいんだろうな……って言ったら、犬猫も同じか。人間には分かりませんってことだな」
「…………?」
「ああ、はいはい。今やるからちょっと待ってろよ」
「…………」

 何か言いたげな様子で、人魚はカナタのことをじっと見つめる。

「なんだよ、何か言いたいことでもあるのか?」

 人魚は、何も応えない。

***

――○月×日。

 最近はすっかり人魚の捕食を見るのに慣れた。最初はなんて恐ろしい生き物なんだと不気味にすら思ったが、今となっては嬉しそうにがっつく様子がかわいく見える始末だ。
 ここで気になってくるのが、この餌についてだ。
 人魚にやるように、と用意されている餌はいつも同じもので代わり映えがしない。大きさは手のひらに収まる程度、餌と考えたときに多いのか少ないのかいまいち分からない。だが、これで一日を過ごしている辺り、いくら人の見た目に近いとはいえ、人魚は人よりも少食なようだ。
 色はいかにも動物の餌と言った茶色をしている。昔、金魚の水槽に入れた乾燥ワームのペレットを思い出した。おそらく、これも似たようなものなのだろう。何を乾燥させたものなのか、どこで調達しているものなのか、誰がいつ作っているものなのか、考えればきりがない。
 もっとも、一研究員としてはそこまで気にする必要がないのかもしれない。それはまた別の研究員の仕事であり、自分のこなすべきことは、あくまでこの人魚本体についてである。
 だが、観察を続ければ続けるほど、この人魚の人に似ている部分が目に付いてしまう。
 例えば、餌を見せたときの嬉しそうな様子。自分の顔を見つけたときのはしゃいだ様子。寝ているところを起こすと嫌そうな顔をするところも、こちらの意図が掴めず不思議そうにするところも、何とも人間臭さがある。
 こうして水槽で隔てられているのがとても不思議に思えてしまう。

***

「なぁ、お前はこの餌以外に何か食ったことがあるのか?」

 そう言って、手に持ったいつもの餌を見せてみる。
 人魚は餌とカナタとを交互に見てほんのり表情を変化させた。

「…………?」
「多分、これって肉だよな。あるいは何かの貝か……」
「…………?」
「ああ、うん、お前には分からないよな」

 こつん、と人魚がガラスの壁にぶつかる。
 どうやら、餌を取ろうとして失敗したらしい。
 カナタに向かってぱくぱく口を動かし、餌に熱い眼差しを向ける。

「…………!」
「反応がないわけじゃないんだよな……。せっかくここまで人間に似てるなら喋ってくれれば早いのに」
「…………」
「他のものも持って来たら、お前はそれを食べるんだろうか」
「…………?」
「……今まで、それを試した研究員がいるのかどうかから調べた方が良さそうだな。余計なもんを食わせて体調を崩したら、全部俺の責任になっちまう」
「…………!」

 そのとき、人魚がかわいらしい笑顔を浮かべた。
 その表情に驚きつつ、カナタは問いかけてみる。

「……俺の責任になるのがおかしいのか?」

 にこにこしたまま、人魚が見つめてくる。

「最近、お前がかわいく見えてしょうがないよ」
「…………!」
「お、言ってることが分かるのか?」
「…………!」
「俺の言葉に反応しただけなのか、かわいいって言われて喜んだのか、いまいち分からないな。明日はもう少しいろいろ試してみるか……」

 その日のレポートをノートにまとめ、明日の課題を洗い出す。
 人魚はそんなカナタのことを虚ろな目で見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...