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第四話
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しおりを挟む「――おい」
「ひっ」
突然声をかけられ、冗談抜きに心臓が止まりかけた。
向こうを見ているかと思いきや、セランを見下ろしていたらしい。これだから仮面で顔を隠されると困るのである。
「な、なに……?」
「大丈夫そうだから外出るぞって言おうとしただけ」
「あ……うん、わかった」
(私の馬鹿)
非常時になにを考えているんだと自分を殴りつけたくなる。
ともかく連れられるまま陰から外へ出ると、ぎらぎらした太陽が迎えてくれた。砂だけの地に比べ、足元が岩場になっている場所は日差しが強く感じられる。ずいぶん昔に曾祖母が「岩場は太陽の光を反射するから」と言っていたのをぼんやりと思い出した。
開けた場所に出るなり、キッカはぱっとセランを離した。
こんなにも太陽に照り付けられて熱いのに、触れている箇所が離れた瞬間、ふっと寒さを感じてしまう。
(とりあえず無事に逃げられてよかった……)
「お前……」
「え? なに?」
キッカがセランに歩み寄る。
ぎょっとしたのも束の間、大きな手が頬を包み込んだ。
「平気か? 顔、すげぇ赤くなってるぞ」
「えっ、あ……こ、これは……」
「水は? 持ってねぇなら、俺のやる」
「え、と……大丈夫。ちゃんと自分のがあるから」
腰に下げていたポーチから水の入った筒を取り出す。
砂漠に生きる者は必ずこれを持ち歩く。水はどんなときでも手放せない、大切なものだった。
少しだけ、のつもりが一気に飲み干してしまう。
ほ、と息を吐くと先ほどよりもだいぶ気持ちが落ち着いた。
「まだ赤いなー。やっぱ動き回ったせいか」
「……たぶんね」
(キッカが抱き締めたりするから、なんか変な感じになっちゃったんだよ)
そう思うが、言わない。
なんでもすぐ口に出すセランでさえ言えなかった。
(……うーん、変なのは私の方かなぁ)
「まだ安心できねぇし、もう少し様子見しとくか。しばらく経ったら迎えを呼ぼう」
そう言いながらキッカが笛のようなものを振って見せる。
鳥たちの耳にだけ聞こえる音を鳴らすものらしかった。キッカいわく、非常にうるさいらしい。
更に時間が経つと、セランのおかしな気持ちも消えていった。
自分を惑わす妙な気分がなくなったことで、ほっと一安心する。
「黙ってんの苦手だから、なんか喋っていいか?」
「え? 構わないけど、改まってどうしたの?」
「なんかお前、ちょっと変だからさ。一応確認しとこうと思って」
(キッカから見ても変に映る? じゃあ、相当おかしいんだな……)
「別に気にしなくていいよ。いろいろあったから、どきどきしてただけ」
「それならいいけどさ」
「それで、話って?」
「さっきの、魔王になったら……ってやつ」
「それ、今聞くの? お城に戻ってからでもいいと思うけど……」
「あそこじゃ聞きにくいだろ。今の魔王を追い出した後にどうするかー、なんて」
「あ、確かに」
キッカの言う通りだと納得する。
「さっきちょっと言ったけど、水の問題を解決させたいな」
「それ。具体的になんか方法あるか?」
その場に座ったキッカが、セランにも座るよう促してくる。
こぶしふたつ分の距離を空けて隣に座ると、セランは空を見上げた。
「具体的に……うーん」
「人間のお前なら、鳥の俺と違う案が出るんじゃないかーって思ってるんだけど」
「期待されてるねぇ」
「お前、割と突拍子もないこと思い付くだろ。こういうとこで発揮してくれよ」
「そんなこと言われてもなぁ」
青い空を白い雲が流れていく。
以前にもこんな景色を見たような気がした。
そのときは隣にキッカがいなかったが。
「やっぱり、グウェンの持ってきた石が重要なんじゃない?」
「砂を水に変える石……か」
「うん。あれが誰の手にもあれば、争いなんて必要ないもの」
「……そうしたらいつか、ここも砂だらけの大地じゃなくなるかもなー」
ちら、とセランはキッカの方を見る。
顔が上を向いているということは、キッカも空を見ているということだ。
同じものを見ている――。たったそれだけで、少しキッカと距離が縮まったように感じる。
「俺、一面の砂を見下ろしながら飛ぶのが好きなんだよ。どこまでもだだっ広い、なんにもねぇ場所でも。生きてるって感じがするから」
「もし、ナ・ズが砂のない大陸になったら……そういうのも楽しめなくなるかもね」
「まあ、あと何百……何千年かかるかわからねぇけど」
「そのときは私、生きてないなぁ」
「でもお前、身内に鳥がいたんだろ。だったら長生きするかも」
「そうだったらいいな」
亜人は人間よりも寿命の長い者が多い。
こう話すということは、キッカもそれなりの時を生きるのだろう。
「個人的にはこの砂、なくならないでほしいな」
「へえ、なんで?」
「だってこの砂の上で行き倒れたから、キッカに会えたんだよ」
「……なに、俺に会えて嬉しいって?」
「一緒にいると楽しいし、それに――」
(よくわからない気持ちになるから)
その言葉は伝えずに飲み込む。
「キッカにはたくさん助けてもらっちゃったな。さっきだって」
「あれはまぁ、俺も自分の身を守っただけだし」
「でも私も助かったもの」
「側にいたら守るさ」
いつの間にか、キッカがセランの方を見ていた。
仮面の向こう側から、視線を感じる。
「俺の翼の下にいる限り、ずっと守ってやる」
「キッカ……」
一度は消えたはずのざわつきが、また胸の内に生まれた。
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