婚約破棄されたので魔王になります。

晴日青

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第十話

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 音も立てずにやってきたのはキッカだった。
 セランとラシードとを見て、首を傾げている。
 しかし、答える前にラシードがセランの元婚約者であると気付いたようだった。

「俺、お前に言わなきゃならねぇことがあるんだったわ」
「な、なんでしょう」

 魔王を前に、ラシードが縮み上がる。

「セランのこと、捨ててくれてありがとな」
「な……」
「お前が捨てたから、俺が拾えた。いつか礼をしとこうと思ったんだ。ほんと、感謝するよ」
「ちょっと、その言い方はなんなの」

 黙っていられずに口を挟んだセランを見て、キッカはくくくと笑う。

「事実じゃん?」
「人のこと捨てたとか拾うとか、そんな物みたいに言わないでよ」
「実際、拾ったのは確かだろー」

 二人がそう話している間に、ラシードはそそくさと逃げ出していた。
 あ、と気付いたときにはもういなくなっている。

「ちっ、逃げられたか」
「……もしかしてさっきの、嫌味のつもりで言ってたの?」
「いんや? ほんとにそう思ってたから言った。あいつのおかげでつがいを持てたようなもんだろ、俺」

 むむむ、とセランは唸ってしまう。
 事実だが、認めたくない。

「あいつとお前の親友のこと、ちゃんとアズィム族とタタン族の長に報告したからな」
「え……?」
「今まではお前が結婚を嫌がって逃げ出しただけだと思ってたらしい。で、あいつがあれこれ言いくるめてお前の親友を娶ったと。ちゃんと真実が伝わってねぇのは嫌だからなー。明日から、部族で肩身の狭い思いするんじゃねぇの」
「……別によかったのに。私、本当に気にしてなかったんだよ。キッカがいてくれるだけでいいから」
「何回言ってもわかんねぇ奴だな。俺が嫌なんだって言ったじゃん」

 キッカの声が優しくて、少し泣きそうになる。
 翼の下に生きる者すべてを守る金鷹の魔王。その優しさはつがいのセランにも惜しみなく向けられる。どの生き物へ向ける情よりも、深く。

「わざわざこのために、あちこちから部族を集めたんでしょ」
「そりゃあなー。水のことを伝えるいい機会だと思ったってのもあるよ」

 目の前がにじむ。顔を上げていると涙がこぼれそうでうつむいた。
 そんなセランの頭に、キッカの手がぽんと乗せられる。

「ほんとはさ。さっきの話、聞こえてたんだ」
「そうなの?」
「好きになる条件、もう一個付け足してくれねぇかな」

 どういうことだと涙を飲み込んで顔を上げる。
 セランの目の前に差し出されたのは、金色の羽根。

「金の尾羽を持ってること。……これ、重要だろ?」

 今までお守りにしていたものではない。それなら、セランの懐にしまってある。
 だとすると、キッカが持っているそれは。

「なん、で……」
「逆に聞くけど、なんで今まで気付かなかったんだよ。金の羽根なんか持ってるの、この世界に俺だけだぞ」
「だって……作り物だと思ってたから……」
「作り物にこんな色出せるかよ。俺の自慢の羽根だってのに」

 キッカはセランに羽根を握らせた。
 お守りのそれよりも一回りほど小さい。だが、輝きは同じだった。

「昔……人間の子供にあげたことがある」
「え……」
「仲間が攫われたって聞いて、そんじゃ全員殺してやろうと思ったんだけどな。そこに向かう途中で、ふらふら歩いてるちびっ子がいたから」
「そ、れ……」
「たぶん、アズィム族の集落の近くだったんじゃねぇかな」

 こくりとセランの喉が鳴る。
 そこでなにが起きたか、セランはよく知っていた。

「そんなことがあったってことすら忘れてたよ。けど、お前がお守りって言って見せてくれたとき、思い出した」
「そのとき……その子になんて言ったか覚えてる?」

 今もあのときの人の顔は思い出せない。
 ――それは、そもそも顔が見えていなかったからなのではないか。

「覚えてねぇよ。俺、鳥だもん」

 キッカの言葉が真実かどうか、表情から判断できないせいでわからない。
 でも、セランは覚えている。
 あの人が自分を守ってくれたことを。

「じゃあ、私の告白も忘れちゃった?」

 思いがけない事実が判明して嬉しくなりながらも、あえて茶化して誤魔化す。
 どう返すのかと思いきや、キッカは肩をすくめた。

「当たり前だろ。全部忘れたよ」
「えー」
「だからさ」

 キッカがセランにくちばしをこすり付ける。

「毎日きかせろよ。俺が忘れねぇように」
「……いいよ。キッカも言ってね」
「やだ」
「なんで!」
「『なんで』って言う癖、昔から変わらねぇのな」

 またキッカに笑われてしまう。
 悔しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちでいっぱいになった。
 セランにくちばしはない。だから今までは抱き締めるだけで気持ちを伝えてきた。
 だが、今日はもう少しやり方を変えてみる。
 仮面で隠した場所にも熱が伝わるよう、こすり付けてくるくちばしにキスを贈った。
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