89 / 94
第十話
10
しおりを挟む
音も立てずにやってきたのはキッカだった。
セランとラシードとを見て、首を傾げている。
しかし、答える前にラシードがセランの元婚約者であると気付いたようだった。
「俺、お前に言わなきゃならねぇことがあるんだったわ」
「な、なんでしょう」
魔王を前に、ラシードが縮み上がる。
「セランのこと、捨ててくれてありがとな」
「な……」
「お前が捨てたから、俺が拾えた。いつか礼をしとこうと思ったんだ。ほんと、感謝するよ」
「ちょっと、その言い方はなんなの」
黙っていられずに口を挟んだセランを見て、キッカはくくくと笑う。
「事実じゃん?」
「人のこと捨てたとか拾うとか、そんな物みたいに言わないでよ」
「実際、拾ったのは確かだろー」
二人がそう話している間に、ラシードはそそくさと逃げ出していた。
あ、と気付いたときにはもういなくなっている。
「ちっ、逃げられたか」
「……もしかしてさっきの、嫌味のつもりで言ってたの?」
「いんや? ほんとにそう思ってたから言った。あいつのおかげでつがいを持てたようなもんだろ、俺」
むむむ、とセランは唸ってしまう。
事実だが、認めたくない。
「あいつとお前の親友のこと、ちゃんとアズィム族とタタン族の長に報告したからな」
「え……?」
「今まではお前が結婚を嫌がって逃げ出しただけだと思ってたらしい。で、あいつがあれこれ言いくるめてお前の親友を娶ったと。ちゃんと真実が伝わってねぇのは嫌だからなー。明日から、部族で肩身の狭い思いするんじゃねぇの」
「……別によかったのに。私、本当に気にしてなかったんだよ。キッカがいてくれるだけでいいから」
「何回言ってもわかんねぇ奴だな。俺が嫌なんだって言ったじゃん」
キッカの声が優しくて、少し泣きそうになる。
翼の下に生きる者すべてを守る金鷹の魔王。その優しさはつがいのセランにも惜しみなく向けられる。どの生き物へ向ける情よりも、深く。
「わざわざこのために、あちこちから部族を集めたんでしょ」
「そりゃあなー。水のことを伝えるいい機会だと思ったってのもあるよ」
目の前がにじむ。顔を上げていると涙がこぼれそうでうつむいた。
そんなセランの頭に、キッカの手がぽんと乗せられる。
「ほんとはさ。さっきの話、聞こえてたんだ」
「そうなの?」
「好きになる条件、もう一個付け足してくれねぇかな」
どういうことだと涙を飲み込んで顔を上げる。
セランの目の前に差し出されたのは、金色の羽根。
「金の尾羽を持ってること。……これ、重要だろ?」
今までお守りにしていたものではない。それなら、セランの懐にしまってある。
だとすると、キッカが持っているそれは。
「なん、で……」
「逆に聞くけど、なんで今まで気付かなかったんだよ。金の羽根なんか持ってるの、この世界に俺だけだぞ」
「だって……作り物だと思ってたから……」
「作り物にこんな色出せるかよ。俺の自慢の羽根だってのに」
キッカはセランに羽根を握らせた。
お守りのそれよりも一回りほど小さい。だが、輝きは同じだった。
「昔……人間の子供にあげたことがある」
「え……」
「仲間が攫われたって聞いて、そんじゃ全員殺してやろうと思ったんだけどな。そこに向かう途中で、ふらふら歩いてるちびっ子がいたから」
「そ、れ……」
「たぶん、アズィム族の集落の近くだったんじゃねぇかな」
こくりとセランの喉が鳴る。
そこでなにが起きたか、セランはよく知っていた。
「そんなことがあったってことすら忘れてたよ。けど、お前がお守りって言って見せてくれたとき、思い出した」
「そのとき……その子になんて言ったか覚えてる?」
今もあのときの人の顔は思い出せない。
――それは、そもそも顔が見えていなかったからなのではないか。
「覚えてねぇよ。俺、鳥だもん」
キッカの言葉が真実かどうか、表情から判断できないせいでわからない。
でも、セランは覚えている。
あの人が自分を守ってくれたことを。
「じゃあ、私の告白も忘れちゃった?」
思いがけない事実が判明して嬉しくなりながらも、あえて茶化して誤魔化す。
どう返すのかと思いきや、キッカは肩をすくめた。
「当たり前だろ。全部忘れたよ」
「えー」
「だからさ」
キッカがセランにくちばしをこすり付ける。
「毎日きかせろよ。俺が忘れねぇように」
「……いいよ。キッカも言ってね」
「やだ」
「なんで!」
「『なんで』って言う癖、昔から変わらねぇのな」
またキッカに笑われてしまう。
悔しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちでいっぱいになった。
セランにくちばしはない。だから今までは抱き締めるだけで気持ちを伝えてきた。
だが、今日はもう少しやり方を変えてみる。
仮面で隠した場所にも熱が伝わるよう、こすり付けてくるくちばしにキスを贈った。
セランとラシードとを見て、首を傾げている。
しかし、答える前にラシードがセランの元婚約者であると気付いたようだった。
「俺、お前に言わなきゃならねぇことがあるんだったわ」
「な、なんでしょう」
魔王を前に、ラシードが縮み上がる。
「セランのこと、捨ててくれてありがとな」
「な……」
「お前が捨てたから、俺が拾えた。いつか礼をしとこうと思ったんだ。ほんと、感謝するよ」
「ちょっと、その言い方はなんなの」
黙っていられずに口を挟んだセランを見て、キッカはくくくと笑う。
「事実じゃん?」
「人のこと捨てたとか拾うとか、そんな物みたいに言わないでよ」
「実際、拾ったのは確かだろー」
二人がそう話している間に、ラシードはそそくさと逃げ出していた。
あ、と気付いたときにはもういなくなっている。
「ちっ、逃げられたか」
「……もしかしてさっきの、嫌味のつもりで言ってたの?」
「いんや? ほんとにそう思ってたから言った。あいつのおかげでつがいを持てたようなもんだろ、俺」
むむむ、とセランは唸ってしまう。
事実だが、認めたくない。
「あいつとお前の親友のこと、ちゃんとアズィム族とタタン族の長に報告したからな」
「え……?」
「今まではお前が結婚を嫌がって逃げ出しただけだと思ってたらしい。で、あいつがあれこれ言いくるめてお前の親友を娶ったと。ちゃんと真実が伝わってねぇのは嫌だからなー。明日から、部族で肩身の狭い思いするんじゃねぇの」
「……別によかったのに。私、本当に気にしてなかったんだよ。キッカがいてくれるだけでいいから」
「何回言ってもわかんねぇ奴だな。俺が嫌なんだって言ったじゃん」
キッカの声が優しくて、少し泣きそうになる。
翼の下に生きる者すべてを守る金鷹の魔王。その優しさはつがいのセランにも惜しみなく向けられる。どの生き物へ向ける情よりも、深く。
「わざわざこのために、あちこちから部族を集めたんでしょ」
「そりゃあなー。水のことを伝えるいい機会だと思ったってのもあるよ」
目の前がにじむ。顔を上げていると涙がこぼれそうでうつむいた。
そんなセランの頭に、キッカの手がぽんと乗せられる。
「ほんとはさ。さっきの話、聞こえてたんだ」
「そうなの?」
「好きになる条件、もう一個付け足してくれねぇかな」
どういうことだと涙を飲み込んで顔を上げる。
セランの目の前に差し出されたのは、金色の羽根。
「金の尾羽を持ってること。……これ、重要だろ?」
今までお守りにしていたものではない。それなら、セランの懐にしまってある。
だとすると、キッカが持っているそれは。
「なん、で……」
「逆に聞くけど、なんで今まで気付かなかったんだよ。金の羽根なんか持ってるの、この世界に俺だけだぞ」
「だって……作り物だと思ってたから……」
「作り物にこんな色出せるかよ。俺の自慢の羽根だってのに」
キッカはセランに羽根を握らせた。
お守りのそれよりも一回りほど小さい。だが、輝きは同じだった。
「昔……人間の子供にあげたことがある」
「え……」
「仲間が攫われたって聞いて、そんじゃ全員殺してやろうと思ったんだけどな。そこに向かう途中で、ふらふら歩いてるちびっ子がいたから」
「そ、れ……」
「たぶん、アズィム族の集落の近くだったんじゃねぇかな」
こくりとセランの喉が鳴る。
そこでなにが起きたか、セランはよく知っていた。
「そんなことがあったってことすら忘れてたよ。けど、お前がお守りって言って見せてくれたとき、思い出した」
「そのとき……その子になんて言ったか覚えてる?」
今もあのときの人の顔は思い出せない。
――それは、そもそも顔が見えていなかったからなのではないか。
「覚えてねぇよ。俺、鳥だもん」
キッカの言葉が真実かどうか、表情から判断できないせいでわからない。
でも、セランは覚えている。
あの人が自分を守ってくれたことを。
「じゃあ、私の告白も忘れちゃった?」
思いがけない事実が判明して嬉しくなりながらも、あえて茶化して誤魔化す。
どう返すのかと思いきや、キッカは肩をすくめた。
「当たり前だろ。全部忘れたよ」
「えー」
「だからさ」
キッカがセランにくちばしをこすり付ける。
「毎日きかせろよ。俺が忘れねぇように」
「……いいよ。キッカも言ってね」
「やだ」
「なんで!」
「『なんで』って言う癖、昔から変わらねぇのな」
またキッカに笑われてしまう。
悔しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちでいっぱいになった。
セランにくちばしはない。だから今までは抱き締めるだけで気持ちを伝えてきた。
だが、今日はもう少しやり方を変えてみる。
仮面で隠した場所にも熱が伝わるよう、こすり付けてくるくちばしにキスを贈った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる