ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

文字の大きさ
26 / 125
第1章 ギルド受付嬢の日常

第26話 ヒューゴさんの秘密

しおりを挟む
 夜猫亭は大通りから細い路地に入った先、静かで人通りが少ない場所にぽつんとある小さな酒場だ。店の名前の由来である看板猫の「エボニー」は気まぐれなのでいつも店にいるとは限らない。明るい時間は近所を散歩したり、屋根の上で寝ていたりするらしい。

 私はアレイスさんを夜猫亭に連れて行った。アレイスさんはこの通りに入ったことがなかったみたいで、夜猫亭の存在すら知らなかったみたいだ。ここは商店が並ぶ大通りの裏側にあたる場所で、店自体が殆どない。商人以外はあまり用のない場所だから、ミルデンに来て間もないアレイスさんが知らないのは当然だ。

 看板猫エボニーは珍しく、店のドアの前で寝そべっていた。

「エボニー、ごめんね。中に入りたいんだけど」

 エボニーに声をかけると、エボニーは面倒臭そうな顔で私を見上げ、また目を閉じた。仕方がないので「ちょっと失礼」と声をかけてエボニーを抱き上げ、邪魔にならない場所へ下ろす。

「大人しい猫だね」
「そうですね、大人しいというか……ふてぶてしいというか」

 私に無理矢理抱き上げられても平然としているエボニーに、アレイスさんは目を細めていた。

「番犬よりも役に立ちそうだ」
「番犬より? エボニーは寝ているだけですよ」
「気づかない? エルナ。この子は普通の猫じゃないよ。エボニーからわずかに魔力を感じる」
「えっ!?」

 私は驚いてエボニーを見つめる。私から見るとごく普通の長毛の黒猫にしか見えないけど、アレイスさんには何か感じるのだろうか。だとしたら、どうしてエボニーがダナさんとヒューゴさんに飼われているのかも気になる。


 
 店の中に入ると、早い時間ということもあり他に客の姿はない。それどころかダナさんの姿もなかった。カウンターの中ではヒューゴさんが何やら作業をしている。

「こんにちは、ヒューゴさん。今いいですか?」
「ああ、あんたか。別に構わ……」

 顔を上げたヒューゴさんは、後ろに立つアレイスさんの姿に気づくと、明らかにその顔に動揺が浮かんでいた。
 私が人を連れて来たから彼が驚いたのかと思ったけど、そうではなかった。後ろのアレイスさんに目をやると、アレイスさんもヒューゴさんを見て驚き、目を丸くしていたのだ。

「久しぶりだね、ヒューゴさん!」
「……あんた……アレイスじゃねえか!?」

「二人は、知り合いなんですか!?」

 思わず大きな声が出てしまった。アレイスさんとヒューゴさんが知り合いだったなんて、想像すらしていなかった。だって王宮魔術師で討伐者のアレイスさんと、料理人のヒューゴさんに接点があるなんて思いもしない。

「まあ、知り合いっつうか……アインフォルドではたまに顔を合わせたな」

 ヒューゴさんは気まずそうな顔でアレイスさんを見ている。

「ヒューゴさんが討伐者を辞めて料理人になっていたなんて、ちっとも知らなかったよ。いつからミルデンに?」
「ここは二年くらいだな……アインフォルドを離れた後、ストームクロウに移ってレストランでしばらく働いて……その後姉さんと店を出すことになって、ミルデンに来たってわけ」
「なるほどね。ヒューゴさん、昔から料理が得意だったもんね」
「まあ、好きではあったからな」
 
「ちょ、ちょっと待ってください。え? ヒューゴさんが元討伐者?」

 私は頭が混乱していて、二人の会話が理解できない。ヒューゴさんが元々別の町で料理人をしていたというのは知っている。ストームクロウに行ったことがあるとも話していた。ヒューゴさんは行ったことがあるどころか、ストームクロウで働いていたのだ。元々料理人で生きていた人だと思っていたから、まさか彼が討伐者だったとは驚きだ。

「黙ってて悪かったな。あんたがミルデン支団の受付嬢だって知ってたから、なんか話しにくくてな。討伐者を辞めてもう何年も経つし、昔の話ってことで。それより二人とも、座れよ。何か食うだろ?」

 私は戸惑いを隠せないまま、アレイスさんと並んでいつものカウンターに腰を下ろした。


 
 私とアレイスさんの前には、たっぷりとカップに入ったエールが二つ。アレイスさんがここのお勧めを食べたいと言ったので、私は魚のフライを注文した。アレイスさんはアーティチョークのフリットも一緒に頼んだ。アレイスさんはアーティチョークのフリットが好きらしく、いつも行く食堂でよく注文するらしい。やがて料理が出来上がり、私とアレイスさんは乾杯をした。

 いつものように美味しい料理とお酒。アーティチョークのフリットは、ここでは注文したことがなかったけど、お芋みたいにホクホクしてほんのり甘くて、凄く美味しい……でもそれどころじゃなかった。アレイスさんとヒューゴさんが知り合いだったという事実に、私の好奇心はもう体からあふれ出そうだ。聞きたいことは山ほどある。

「アレイスさんとヒューゴさんは、同じ討伐者仲間だったってことですよね? 一緒に討伐へ行ったりしたんですか?」
「うん、何度か一緒に戦ったよ。ヒューゴさんは頼りになる剣士でね。魔術師はどうしても力で押されるから……ヒューゴさんが盾になってくれると、安心して戦えるんだ」
「体だけは頑丈ってだけだ」

 カウンターの向こうで料理の仕込みをしていたヒューゴさんは、面倒臭そうに呟いた。

「ヒューゴさんが突然ギルドを辞めたって聞いた時は残念だったな。ヒューゴさんとは相性がいいと思っていたから」
「悪かったな。膝を怪我して、もう戦えなくなったんだ。ストームクロウで当時姉さんも暮らしてたから、姉さんを頼って移住したんだよ」

 私とアレイスさんは無言で目を合わせた。ヒューゴさんは膝を悪くして、討伐者としてはやっていけなくなったみたいだ。確かに怪我や病気で討伐者を引退する人は多い。第二の人生として、職人ギルドに入る元討伐者がいるという話もよく聞く。
 考えてみれば、ヒューゴさんは料理人にしておくにはもったいないくらいの体格の良さだった。腕まくりした袖から覗く硬そうな筋肉、大きな背中。元剣士だと言われれば、確かに納得できる。

「そういう事情だったんだ。でもヒューゴさんが元気そうで安心したよ」
「俺のことはいいんだよ。あんたこそ、アインフォルドにいたはずじゃなかったのか? ここで何やってんだよ」
「ミルデンで相変わらず討伐者をしているよ。この前、ようやく二級に上がったんだ」
「ギルドを変えると階級リセットだろ? よくやるよそんな面倒なこと」

 ヒューゴさんは呆れたような顔をしていて、アレイスさんは平然とした顔で魚のフライを食べている。アレイスさんのようにギルドを移る人はたまにいるけど、前のギルドでの階級は持ち越せないので再び最下級からのスタートになる。階級が低いと受けられる依頼のレベルも低いので、当然報酬も安い。よほどのことがなければギルドを移るようなことはしない。

「向こうのギルドでなんかあったのか?」

 ヒューゴさんの発した言葉に、アレイスさんは一瞬動きを止めた。その後ごまかすように笑い、エールを一気に流し込んだ。

「別に何もないよ。ここの支団長に来ないかって誘われて、新天地で頑張るのもいいかと思っただけさ」

 私はアレイスさんの言葉に、なんとなく嘘の匂いを感じた。だけどアレイスさんはそれ以上、そのことに触れて欲しくなさそうだったので、私は黙っておくことにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

処理中です...