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第3章 受付嬢エルナの勇気
第96話 私だって
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「ちょっとエルナ、まさか本当に行くつもりじゃないでしょうね?」
中庭へ行こうとした私の腕を、リリアは強く掴んだ。
「そのつもりだけど」
「どうしてよ。エルナが行く必要ないじゃない」
声を押し殺しながら、リリアは私に訴えた。周囲では、どうするか迷う声があちこちから聞こえていた。
「分かってるけど私……私だって、役に立ちたい」
「エルナ……」
リリアはため息をつき、私を見つめた。ここ数日、ドラゴン討伐のために働く人たちを見てきた。みんなそれぞれ自分を犠牲にしながら、できることをやっているのだ。
それなのに自分だけ何の役にも立てていないようで、もどかしかった。避難者のお手伝いも大切な仕事だし、受付の仕事を続けることだって大事だ。それは分かっているけど、私はじっとしていられなかった。
本音を言えば、アレイスさんが命がけで向かう現場に、少しでも近づきたかった。自分でも馬鹿げていると思うけど、どうしてもアルーナ山の近くに行きたい。
「大丈夫よ、私はお手伝いするだけだから」
「……まったく。エルナって変なところで頑固なのよね」
呆れたようにリリアは笑った。
「リリア、しばらく受付の仕事はできないけど、フローレのことをよろしくね」
「そんなこと気にしなくていいから。いい? 少しでも危ないと思ったらすぐに引き返して。自分の命が一番よ、分かった?」
「うん、分かってる」
「もう! ほんとに分かってるの?」
リリアの怒気を含んだ声が、いつの間にか涙声になっていた。私も思わず目頭が熱くなったけど、今は泣いている場合じゃない。
「じゃあ、行ってくるね」
震える声を抑え、リリアに別れを告げた私は支団長室に急いだ。
♢♢♢
「失礼します」
支団長室に入ると、アメリアさんは机の上の書類を手際よくめくりながら、何やら書き物をしていた。
「エルナ! まさかあなたが?」
顔を上げたアメリアさんは、私を見て明らかに驚いていた。私が名乗り出るとは思っていなかったのだろうか。
「はい、私もお手伝いさせてください」
「でも、あなたは……」
アメリアさんは困ったような顔で私を見た。少し天井を見上げて考え込んだあと、息を吐いて再び私に視線を戻した。
「もう一度確認するけれど、本当にいいのね? エルナ」
「はい」
「分かったわ。あなたの決断に感謝します。ありがとう、あなたはやはりルーベンの娘ね」
そう言ってアメリアさんはかすかに微笑んだ。
♢♢♢
私は一度支団長室を出て、職員食堂に戻った。避難に協力してくれる討伐者を集めるあいだに、私は出発の準備を整えなければならない。まずは母に伝話をかけ、このことを伝えなければ。職員食堂には伝話が置いてあり、職員が自由に使えるのだ。
母はきっと、私の決断を怒るだろう。私が討伐者になることすら反対していた人だ。命がけで避難者のお手伝いに行くなんて、なぜそんなことを決めたんだと怒鳴られるかもしれない。
緊張しながら伝話に向かい、薬師ギルドに繋いだ。通話に出た相手に母を呼び出してもらう。二枚貝のような形をした伝話の中の透明な玉を見つめながら、母が出るのを待った。
『……エルナ? どうしたの急に。何かあった?』
「お母さん」
伝話の向こうにいる母は、仕事中に私が連絡してきたことを不思議に思っているようだった。私は早口で、避難する人のお手伝いに今からアルーナ地方へ行くことを話した。
「――そういうわけで、今から出発なの。急な話でごめんね」
『……そう』
母の声は沈んでいた。いつもの母なら「どうして?」とか「あなたが行くことないじゃないの!」とか、大きな声でわめくところだ。なのに母は押し黙り、沈黙が続いた。
「あの……お母さん」
『……血は争えないわね』
ようやく母の声が聞こえた。
『ルーベンのときもそうだった。私に何の相談もなく、ただ一言、ドラゴン退治に行くことにしたって。誰かが行かなきゃいけないなら、自分が行くって……』
「お母さん、あのね。私はあくまで討伐者さんのお手伝いで同行するだけだから。避難を終えたらすぐに帰ってくるつもりで……」
『ルーベンには似て欲しくないと思っていたのに、あなたはどんどんあの人に似てくるのね。まるでルーベンがあなたを連れて行こうとしているみたい』
私は伝話の前で息を飲んだ。深呼吸をしてから、母に語りかける。
「お母さん、私はお父さんみたいにならないよ。このままだと、逃げ遅れてしまう人たちがいるの。誰かが彼らを助けなきゃいけない。この大事な役目を、討伐者さんだけに負わせるわけにいかないの。私は討伐者ギルドの一員として、やれることをやりたいの」
私の気持ちが母に伝わるか分からない。でも今の気持ちを精一杯伝えた。
『そう……分かったわ。私はエルナを信じるわね。危ないところには行かないって約束して』
「うん、約束する」
私は母との通話を終えた。最後の母の言葉には、力が戻っていた気がする。きっと母は分かってくれたんだと思いたい。
自分にそう言い聞かせ、私は一旦自宅に戻った。荷物は持っていけないけど、せめて服だけでも着替えたかった。スカートだと動きにくいので、ズボンに着替える。靴も頑丈なブーツに履き替え、私は鏡の前に立つ。
ふと思いついて、私はアレイスさんから新しくもらった深い緑色のリボンに付け替えた。アレイスさんが私のために持ってきてくれたもの。アレイスさんの『お守り』があれば、きっと大丈夫だ。
すっかり私はアレイスさんの『お守り』に依存している気がする。これがないと不安で、他のリボンをつけられなくなってしまった。鏡の前で頭を動かし、揺れるリボンを見る。アレイスさんが私のそばにいてくれる気がして、心が落ち着いた。
家を出る前、私は父の絵を前に祈った。どうか避難が無事に終わり、全員が安全に帰ってこられますように。
「行ってきます、お父さん」
最後に父に声をかけ、私は家を出た。
中庭へ行こうとした私の腕を、リリアは強く掴んだ。
「そのつもりだけど」
「どうしてよ。エルナが行く必要ないじゃない」
声を押し殺しながら、リリアは私に訴えた。周囲では、どうするか迷う声があちこちから聞こえていた。
「分かってるけど私……私だって、役に立ちたい」
「エルナ……」
リリアはため息をつき、私を見つめた。ここ数日、ドラゴン討伐のために働く人たちを見てきた。みんなそれぞれ自分を犠牲にしながら、できることをやっているのだ。
それなのに自分だけ何の役にも立てていないようで、もどかしかった。避難者のお手伝いも大切な仕事だし、受付の仕事を続けることだって大事だ。それは分かっているけど、私はじっとしていられなかった。
本音を言えば、アレイスさんが命がけで向かう現場に、少しでも近づきたかった。自分でも馬鹿げていると思うけど、どうしてもアルーナ山の近くに行きたい。
「大丈夫よ、私はお手伝いするだけだから」
「……まったく。エルナって変なところで頑固なのよね」
呆れたようにリリアは笑った。
「リリア、しばらく受付の仕事はできないけど、フローレのことをよろしくね」
「そんなこと気にしなくていいから。いい? 少しでも危ないと思ったらすぐに引き返して。自分の命が一番よ、分かった?」
「うん、分かってる」
「もう! ほんとに分かってるの?」
リリアの怒気を含んだ声が、いつの間にか涙声になっていた。私も思わず目頭が熱くなったけど、今は泣いている場合じゃない。
「じゃあ、行ってくるね」
震える声を抑え、リリアに別れを告げた私は支団長室に急いだ。
♢♢♢
「失礼します」
支団長室に入ると、アメリアさんは机の上の書類を手際よくめくりながら、何やら書き物をしていた。
「エルナ! まさかあなたが?」
顔を上げたアメリアさんは、私を見て明らかに驚いていた。私が名乗り出るとは思っていなかったのだろうか。
「はい、私もお手伝いさせてください」
「でも、あなたは……」
アメリアさんは困ったような顔で私を見た。少し天井を見上げて考え込んだあと、息を吐いて再び私に視線を戻した。
「もう一度確認するけれど、本当にいいのね? エルナ」
「はい」
「分かったわ。あなたの決断に感謝します。ありがとう、あなたはやはりルーベンの娘ね」
そう言ってアメリアさんはかすかに微笑んだ。
♢♢♢
私は一度支団長室を出て、職員食堂に戻った。避難に協力してくれる討伐者を集めるあいだに、私は出発の準備を整えなければならない。まずは母に伝話をかけ、このことを伝えなければ。職員食堂には伝話が置いてあり、職員が自由に使えるのだ。
母はきっと、私の決断を怒るだろう。私が討伐者になることすら反対していた人だ。命がけで避難者のお手伝いに行くなんて、なぜそんなことを決めたんだと怒鳴られるかもしれない。
緊張しながら伝話に向かい、薬師ギルドに繋いだ。通話に出た相手に母を呼び出してもらう。二枚貝のような形をした伝話の中の透明な玉を見つめながら、母が出るのを待った。
『……エルナ? どうしたの急に。何かあった?』
「お母さん」
伝話の向こうにいる母は、仕事中に私が連絡してきたことを不思議に思っているようだった。私は早口で、避難する人のお手伝いに今からアルーナ地方へ行くことを話した。
「――そういうわけで、今から出発なの。急な話でごめんね」
『……そう』
母の声は沈んでいた。いつもの母なら「どうして?」とか「あなたが行くことないじゃないの!」とか、大きな声でわめくところだ。なのに母は押し黙り、沈黙が続いた。
「あの……お母さん」
『……血は争えないわね』
ようやく母の声が聞こえた。
『ルーベンのときもそうだった。私に何の相談もなく、ただ一言、ドラゴン退治に行くことにしたって。誰かが行かなきゃいけないなら、自分が行くって……』
「お母さん、あのね。私はあくまで討伐者さんのお手伝いで同行するだけだから。避難を終えたらすぐに帰ってくるつもりで……」
『ルーベンには似て欲しくないと思っていたのに、あなたはどんどんあの人に似てくるのね。まるでルーベンがあなたを連れて行こうとしているみたい』
私は伝話の前で息を飲んだ。深呼吸をしてから、母に語りかける。
「お母さん、私はお父さんみたいにならないよ。このままだと、逃げ遅れてしまう人たちがいるの。誰かが彼らを助けなきゃいけない。この大事な役目を、討伐者さんだけに負わせるわけにいかないの。私は討伐者ギルドの一員として、やれることをやりたいの」
私の気持ちが母に伝わるか分からない。でも今の気持ちを精一杯伝えた。
『そう……分かったわ。私はエルナを信じるわね。危ないところには行かないって約束して』
「うん、約束する」
私は母との通話を終えた。最後の母の言葉には、力が戻っていた気がする。きっと母は分かってくれたんだと思いたい。
自分にそう言い聞かせ、私は一旦自宅に戻った。荷物は持っていけないけど、せめて服だけでも着替えたかった。スカートだと動きにくいので、ズボンに着替える。靴も頑丈なブーツに履き替え、私は鏡の前に立つ。
ふと思いついて、私はアレイスさんから新しくもらった深い緑色のリボンに付け替えた。アレイスさんが私のために持ってきてくれたもの。アレイスさんの『お守り』があれば、きっと大丈夫だ。
すっかり私はアレイスさんの『お守り』に依存している気がする。これがないと不安で、他のリボンをつけられなくなってしまった。鏡の前で頭を動かし、揺れるリボンを見る。アレイスさんが私のそばにいてくれる気がして、心が落ち着いた。
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「行ってきます、お父さん」
最後に父に声をかけ、私は家を出た。
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