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緑と茶色とワンピースの妖精
しおりを挟む通普に戦闘服という名の変態タイツを押し付けられた日の放課後。
俺は重い足取りで帰り道を歩いていた。それほどに俺にとって、通普に言い負かされてタイツを着ることになったのはショックなのだ。
「……はぁ」
手に持ったタイツの入っている袋がとても重たく感じる。いっそのことどこかに捨ててしまおうか。いやでも、そうしたら通普の言う通り、素顔をさらした状態で変態と行動を共にすることになってしまう。
まさに八方塞がり。逃げ道のない俺はおとなしくこの変態タイツを着ることになってしまった。
「……はぁ」
もう何度目になるかもわからないため息をつく。
そうやってのそのそと歩いていると、いつの間にか家の近くまで来ていた。そこの角を曲がればあと五分も歩かないうちに家へとたどり着くだろう。
――その曲がり角に、何やら黒のワンピースを着た少女が立っていた。
ああ、ついに幻覚まで見えてきたか。もしかしたらあの少女は、疲れ切った俺にワンピースの神様が寄越した使いではないだろうか。……うん、俺は末期かもしれない。
「……はぁ」
「さっきから何をため息ばかりついているのだ、緑よ」
あれ、少女が話しかけてきた。しかも俺の名前を知っている。
いや、このワンピースガールは神様の使いだからな。名前ぐらい知っていても不思議ではないか。
しかし何だろう、どうにもこの少女がココア・ブラウンに似ている気がしてならない。
昨日ワンピースを着たココア・ブラウンを見たからだろうか。
「おい緑、いったいどうしたのだ。そんな疲れた顔をして」
「……ココア・ブラウン、ワンピース似合ってたからなぁ」
「へあっ!?」
あの時着ていたのはダークグリーンのワンピースだったが、黒もいいな。ここまでワンピースの似合っている少女もそうそういないのではないか? そうか、つまりこの少女はただのワンピースの神様が寄越した使いではなくて……
「なな、何を言っているのだ緑!」
「……ワンピースの妖精だったのか」
「よっ、よよよよ、よう、妖精!?」
それなら納得だ。ワンピースの妖精ならこれだけ似合っていてもおかしくない。むしろ似合っていなければならない。だってワンピースの妖精なんだから。
「そ、そうか……妖精、妖精か……われが妖精……ふへっ」
でも何だろう、なんかこの妖精、すごいだらしない顔をしている。
……まあ気にすることはよそう。もしかしたら天界から人間界にやってきたことで、不具合が生じているのかもしれない。
もしかしたら、ずっと人間界にいることは出来ないのではないか? 天界に戻る時間制限があって、もうすぐいないくなってしまうかも。
そしたら大変だ。いなくなってしまう前に、このワンピースの妖精に俺を導いてもらわなければ。
俺は目の前でなぜかあわあわとしている少女の手を取った。
「……あれ?」
「ど、どうしたのだ緑! いきなり手を握って!」
……触れる? なんで触れるんだ? これは俺の幻覚ではなかったのか?
でも触れたということは実体があるということで。
つまりこれは幻覚ではないということで。
「……ど、どうしたのだ緑?」
じゃあこのココア・ブラウンの姿をしている少女は、ワンピースの妖精ではなく……?
「……本物のココア・ブラウン!?」
「おぬしはさっきまで一体何だと思っていたのだっ!」
なんてこった!
まさかワンピースの妖精とココア・ブラウンを間違えるだなんて!
俺としたことが、一生の不覚!
「くっ、まさか神様の使いに化けて接近してくるとは! ココア・ブラウンめ、侮れない奴だ!」
「緑の言っていることの意味が分からん!」
「それに何でお前がこんなところにいるんだ!」
「ああ、それはおぬしを待っておったのだ。おぬしの通う高校から家までは、この道を通ることはわかっておるからな」
くそ、通普のやつ、何が仲間になればココア・ブラウンは近づいてこないだ! さっそく待ち伏せされてるじゃないか!
しかも俺の高校と帰り道まで把握されてるし!
「おいココア・ブラウン。何で俺を待ち伏せしていたんだ?」
仲間になることは昨日の時点で断ってるし、違う目的があると思うけど……。
ま、まさかこいつ、俺を洗脳しに来たのか!?
「い、いやー、それはそのー……こ、ここで待ってれば……えっと、その」
あり得る。ココア・ブラウンのこの様子、俺の質問をはぐらかそうとしているんだ! 俺を油断させて、隙ができたところで俺を洗脳するつもりだ!
でもどうする。洗脳されることは避けたい。こいつに洗脳されたら何をさせられるかわからない。絶対に俺に変態行為をさせるに決まっている。
そうだ! 変態タイツだ! あれを着れば洗脳機の電波を遮断できるかもしれないと通普は言っていた!
あれを着るのは嫌だったが、もはや背に腹は代えられない。今からタイツに着替える余裕もないし、気休めでも、せめて仮面だけでも!
袋から急いで仮面を取り出し装着する。学生服で仮面をつけるのは、これはこれで変態に見えるかもしれないが、今はしょうがないだろう。
「な、何だ緑。いきなりそんな慌てて……」
「ふふん、無駄だぜココア・ブラウン。俺にはこれがあるからな」
あっけにとられるココア・ブラウンに、装着した仮面を見せつける。仮面だけでどれだけ洗脳機を無効化できるのかはわからないが、つけないよりもマシなはずだ。
「どうだココア・ブラウン! お前の狙いは読めているんだ!」
「お、おぬしその仮面は!」
俺のつけた仮面を見て、ココア・ブラウンは驚きの声を上げる。
この反応、やはりこの変態タイツには洗脳機の電波を遮断する効果があるんだ!
「おぬしその仮面は……それは……やはりあやつ、あやつが……っ!」
……あれ、ココア・ブラウンの様子がおかしくないか?
なんか怒っているような、信じたくない現実を突きつけられたような。
わなわなと震え、何かを堪えているような、そんな風に見える。
「おぬし! やはりあやつがそうなのかぁっ!」
「……え、何が?」
「待っておれ緑! 近いうちにわれが必ず……必ずぅっ! うわぁーん!」
「おい! マジで何言って――ってはやっ!」
急に走り出したと思ったらもう見えなくなった。すごい足の速さだ。
それにしても、本当にココア・ブラウンはいったいどうしたのだろうか。
仮面をつけたままのことも忘れしばらく考え込んだが、いくら考えてもさっぱりわからなかった。
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