誘拐犯と僕

理崎

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手を引かれるままにお風呂場に入った。

「ほら、バンザーイ。」

あっという間にすっぽんぽんになってしまった。

ふと洗面台の鏡を見ると、僕のほっぺが赤くなっていて、それを佐藤は見つめていた。

「ふふ、可愛いねぇ。真っ赤だよ?」

僕にだって恥じらいくらいある。余計赤くなってしまった。

「み、見ないでよ。てかなんで服ぬがしたの?」

「んー?一緒に入りたくない?」

「やだよ。なんで今日会った人とお風呂入んなきゃいけないの?」

「分かった、圭一郎くんがお風呂の入り方覚えるまでの辛抱ね。」

そう言って、佐藤はお風呂場のドアを開けた。

瞬間感じる熱。

「うわっ……!」

「んー?圭一郎くんはもうちょっとぬるめが好みかなぁ?」

お湯を、佐藤は手ですくった。

「湯船に入る前に洗っちゃおうね。」

シャワーでお湯を出し、僕の髪を濡らす。十分に濡れるとシャンプーでわしわしと洗いはじめた。

抵抗するも遮られ、されるがまま。

力は強いのに、怖くない。優しい触り方だった。

誰かにこんな風に触られたことなんて、あっただろうか。
あの大きな手が怖かった。パーでもグーでも殴られた。

僕は母さんや父さんを否定したくない。僕たち家族にとっては、あれが普通だったんだ。
でも佐藤が優しいから。また、泣きそうになる。

気付くと身体中洗い終わっていて、佐藤は僕を手招きしていた。

「一緒に入ろ?」

「湯船…いいの?」

「もちろん。」

つま先をお湯につけてみた。足先からじんわりと広がるあたたかさ。
シャワーであったかくなったと思っていた。こんなに…こんなにいいものだったっけ。

湯気を立ち上らせるそれに誘われ、どんどん体を滑り込ませていく。
肩までつけてみると少しお湯が溢れた。だから少し体を持ち上げたけれど、佐藤が「ばっしゃーん」ともっと溢れさせるから、また僕もつからせた。

もう何年も触ってない、お湯。お風呂に入らなかった訳じゃない。お湯が嫌いな訳でもない。それが、僕の普通だったからだ。

「気持ちいいでしょ?」

「……うん。あったかい。」

「ふふ、それは良かった。」

佐藤は大きな欠伸をした。それを見ると、僕も欠伸が出る。佐藤はくすりと笑った。

「いーい?最低でも100秒は湯船につかること。圭一郎くんがちゃんと慣れるまで、約束だからね。」

「ん、分かった。」

2人してせーので数えだした。
佐藤は時々数が分からなくなって、それを僕が笑う。また佐藤も笑いだす。

それは何よりも幸せな時間だった。



でも。少しだけ、ほんの少しだけ。
誰かが僕を刺した気がした。
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