【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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王弟殿下と公爵令嬢

愛しい婚約者

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 それから二日後。

 手紙の予告通りエラディオがナディアの元へ訪れた。


「エディ様!」

「ナディ、会いたかったぜ」


 エントランスで出迎えるとフワリと抱き寄せられる。
 まさかこんな場所で抱擁されると思わなかったナディアは、慌ててエラディオの胸を押した。


「ちょ、エディ様!こんな所でくっつかないでくださいませ!」

「何だよ、連れないな。お前に会いたくて色々と前倒しにして頑張ったのに、そのご褒美くらいくれてもいいだろ」

「ご褒美って…」


 そうは言ってもここは我が家のエントランスだ。
 使用人達の視線が辛い。

 そしてナディアの背後には両親も弟もいるのだ。


「ゴホン、エラディオ殿下。まずは応接室へどうぞ。さあさあ、行きましょう」

「そうですよ、エラディオ殿下。コーレイン殿もよければご一緒に」

「いえ、私は…」

「さあさあ、遠慮せずにこちらへ」


 バルテルもフィリップやレイナードに促され、エラディオと共に応接室へと案内される。
 途中、廊下でバッタリとオブライエンと遭遇し、エラディオが「おっ」と声を上げた。


「オブライエンじゃないか。久しぶりだな!」

「はっ、ザクセン王弟殿下。お久しぶりでございます」


 かしこまってお辞儀をされ、エラディオが苦笑する。


「よせよ、知らねぇ仲じゃねぇんだ。あ、そう言えばチャドの奴はどうしてる?」

「チャドなら今は訓練所ですね」

「珍しいじゃねぇか。ナディの側から離れるなんて」

「今はお嬢様の護衛から外されてますので」

「そうなのか?」

「はい。流石にご結婚を控えたお嬢様の側にいるにはふさわしくないでしょう」

「あー…まぁなぁ…」


 オブライエンが控えめに言ってはいるが、チャドはナディアに想いを寄せている。
 そしてそれを本人は隠すつもりもなく、周知の事実となっている。
 こうなると、護衛としては最適かもしれないが、さすがに婚姻前の令嬢の側に置くのは問題になってくる。
 フィリップはチャドの忠誠心を信用していたがために、あえてチャドをナディアの護衛として側に置いていたが、ナディアがエラディオと婚姻する事が決まった今、ナディアの側に置く訳にはいかなくなったのだ。


「本人も納得していますので、お気になさらず」

「いや、気にしてるわけじゃねぇよ」


 ただ少しホッとしたのだ。
 ナディアの気持ちを疑っている訳ではないが、それはそれこれはこれだ。
 やはり自分の婚約者を護衛する者が、普通ではない気持ちを抱いていれば気にならないはずがない。


「では、私はこれで失礼します」

「ああ。チャドにもよろしく言っといてくれ」

「はい」


 オブライエンは軽くお辞儀をすると、颯爽とその場を立ち去って行った。
 その後姿を一瞥し、エラディオも踵を返して応接室へと向かう。

 ソファに座りしばらくすると、ナディアが応接室に現れた。


「エディ様、お待たせしました」

「いや、そんなに待ってねぇよ。それよりもその装い、似合ってるぜ」

「ありがとうございます」


 はにかむように微笑み、ナディアは自然にエラディオの隣に腰掛ける。
 そこへフィリップとルディ、それにレイナードも登場し、全員がソファに座った。
 その場にバルテルの姿もある。

 執事にお茶の用意を言付け、メイドがティーセットを用意する。
 一通り整ったと同時に、フィリップが口を開いた。


「エラディオ殿下、今回の訪問は随分と急ですな」

「ん?まあな。一日も早くナディに会いたかったってのもある」

「そうですか。ですがザクセンでの仕事を放り出して来られてるのかと思いましたが」

「ちょっ、お父様っ」


  いきなりのフィリップの嫌味にナディアがギョッとする。が、それを見ていたルディアがクスクスと笑いだした。


「大丈夫よ。ナディアがお嫁に行くのが寂しくて意地悪言ってるだけだから」

「おい、ルディア」

「あら、本当の事でしょう?」

「う…」


 少々気まずそうな顔ををしたフィリップを、ナディアが信じられないとばかりに眺める。
 相手は隣国の王族だと言うのに、わが父ながら心が狭いような気がする。
 そもそもエラディオとの婚約はフィリップも認めた事なのだから、そんな風に嫌味を言うのはどうかと思う。


「お父様、意地悪を言うような事はおやめください」

「仕方ないだろう。手塩にかけて育てた娘を奪われるのだ。このくらいの嫌味は嫌味のうちに入らん」

「えー…」


 思わず間延びした声を上げてしまい、斜め前に座るレイナードに視線を向ける。
 が、意外な事にレイナードはうんうんと同意するように頷いていた。


「ちょっとレイナード、何で頷いているの?」

「それはもちろん父上の意見に同意するからですよ。この際だから言わせてもらいますが、自国のアホ王子のように姉上を蔑ろにしたら許しませんよ、エラディオ殿下」

「言われるまでもねぇよ」

「本当ですか?こう言っては何ですが、エラディオ殿下は飄々としすぎて、いまいち姉上に対しての気持ちが分かりにくいんですが」

「俺の気持ちはナディが分かっていればいいだろ。お前だって姉の色恋を根掘り葉掘り聞きたいか?」

「そういう俗っぽい事を言ってるんじゃないんですよ。姉上に対しての気持ちは本物なのかどうかと言う点です」

「ちょっと、レイナード!」


 何故か少々ケンカ腰にエラディオに突っかかるレイナードに、ナディアも驚いて声を上げる。が、一歩も引く気はないと、チラリともこちらを見ないレイナードは話を続けた。


「本当なら姉上を王族に嫁がせるのはもう嫌だったんです。何しろ王族は後継者ができなければすぐに次の妃を迎えるので。つまり、気に入らなければ閨事をしなければいい。そうすれば『子ができない』と言って新しい女性を迎えることができますよね」

「まあそうだな」

「それじゃあ姉上は幸せにはなれない」

「レイナード…」


 驚いた。
 レイナードがそこまでナディアの事で心を痛めていたとは思わなかったからだ。
 せいぜい公の場で婚約破棄をされて恥をかかされた事を怒っているくらいだと思っていたからだ。

 確かにジョバンニの事を嫌っている節はあったが、単に性格が合わないくらいだと思っていた。
 だからこそ、ナディアにあのような仕打ちをしでかしたジョバンニを、さらに嫌いになったのだと。


「誰だって身内が不幸になるのを黙って見て居られない。エラディオ殿下の元へ嫁げば何かしらの嫌がらせは受けるでしょう。勿論姉はそのくらいの事は平気で対処するでしょうけれど、その時に姉上を理解してくれる人でないと任せられません」

「…まあ、あのア…げふん、ジョバンニ殿下は最悪だったからな」

「最悪なんてものじゃないですよ。浮気をしておきながら全てを薬のせいにするなんて。学園で姉上は殿下とその取り巻き達に虐められていたのに、逆にあの性悪女を虐めたとか言いがかりをつけてきて…」

「確かに、最悪どころではない。最低な行いだったな」

「お、お父様…レイナード…、ジョバンニ殿下の事はもういいわ。私も気にしておりませんし、それにエディ様は…」

「ナディ、ご家族の不安は全て聞いておきたい」

「ですが…」


 これではただの愚痴大会だ。
 ルディアはニコニコと微笑んでいるが、フィリップとレイナードはひたすら黒い顔をして毒を吐いている。
 けれどエラディオはナディアに向けて微笑み、そして真っ直ぐにレイナードに視線を向けた。


「だがこれだけは言いたい。俺は生涯誰とも添うつもりはなかった。兄上の治世を脅かすような事はしたくなかったし、日陰者で構わないと思っていたからだ」

「では何故姉上に求婚をされたのですか?」

「簡単な事じゃねぇか」

「え?」


 そう言われてもピンとこないレイナードが首を傾げると、エラディオは悪戯が成功した子供のような顔をして、迷いなく告げる。


「心の底からナディに惚れたからだよ」

「ちょっ、エディ様!」


 まさかそんなセリフをしらっと言われるとは思わず、ナディアがぎょっとする。
 けれどエラディオは平然と言葉を続けた。


「ナディを初めて見た時から、ずっと興味があった。最初はジョバンニの婚約者で変わった令嬢だから、何となく気になってたのかと思ってた。けど、サルトレッティ公爵領で初めてナディと会話した。ナディの初めて作ったクッキーを食べた。会いたくなって会いに行けば迷惑そうにされて可笑しかった。そうしたらナディはいなくなった」

「ああ…そうでしたね」

「追いかけて見つけてどれだけ嬉しかったか分かるか?笑顔を見せられて感じたんだ。『ああ、好きだな』って」

「う…」


 ブワッと顔が赤くなるのが分かる。
 と言うか、この場には家族が全員いるのだ。
 そろそろやめて欲しい。恥ずかしくて死にそうになるが、エラディオはやめる気配がない。


「ジョバンニから解放されて自由になったナディは輝いてた。早く掴まえねぇとまたどこかに行ってしまうと思ったんだよ。だからあの時、王家のブローチを渡した」

「あれはさすがに引きましたわ…」

「そんな顔してたな」


 クッと楽しそうに喉の奥で笑うエラディオだったが、あのブローチはいまだに着けれなくて大切に保管している。


「なあ、レイナード。理屈じゃねぇんだよ、こういう事は。好きだと思ったら、自覚したらもう落ちていくだけだ。それが兄上に対して、国の為に立てた誓いを覆す程にナディアを愛している」

「…!エ、エディ様、さすがにもう…!」

「誰に対しても堂々と言える、俺の本音だ」


 止めようとするナディアを無視し、エラディオはきっぱりと言い放つ。
 しばらくの静寂の後、レイナードが小さく溜息を吐いた。


「…そうですか。そこまで姉上を想ってくださっているのなら、僕はもう何も言いません」

「気に入らねぇ事があればいつでも言えばいいさ。ちゃんと解決していきたい。これから俺達は家族になるんだからな」

「そう、ですね。分かりましたよ、

「レイナード、貴方…」


 義兄と呼んだレイナードをナディアは驚いたように見つめると、恥ずかしかったのかフイっとそっぽを向かれた。
 何となく隣に座るエラディオを見る。


「何だ、ナディ?」

「…いえ、ありがとうございます」


(愛しい人…)


 ふと自然とそう想う。
 そして気付かぬうちにナディアは嬉しそうに微笑んでいた。

 そんな二人をフィリップとルディアが温かく眺めていたのだった。



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