【完結】婚約破棄はブーメラン合戦です!

睫毛

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王弟殿下と公爵令嬢

ザクセンへ向かう

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 いよいよ出発の日。
 ナディアはサルトレッティ家の門の前で、家族との別れの挨拶をしていた。


「お父様、お母様。先に向こうで待ってますね」

「うむ。気を付けて行くんだぞ」

「体調を崩さないようにね」

「レイナード、お父様とお母様をよろしく頼むわね」

「大丈夫だよ。それよりも姉上、義兄上に迷惑かけないようにしてくださいよ」

「まあ、何よそれ。失礼ね」


 プッと頬を膨らませてフイっとそっぽを向く。
 そんな様子を見ていたエラディオがクックッと喉の奥で笑った。


「仲がいいのはいいこった。義父上と義母上も、ナディの事はお任せください」

「絶対に泣かさないでくださいよ」


 フィリップがジトっと睨むように見据えながら告げると、エラディオは苦笑を漏らしながらも「勿論」とだけ返答する。
 そしてルディアはナディアをそっと抱き寄せ、ポンポンと背中を優しく叩いた。


「辛いことがあればいつでも頼りなさい。お嫁に行っても貴女は私の娘ですから」

「…はい、お母様。婚約式でお待ちしてます」


 そっと体を離して微笑むと、ルディアが少し涙ぐんでいた。
 けれどそれほど期間を開けずに婚約式がある。
 けれどドルフィーニ国の王都から馬車でゆっくりと向かう為、二週間かけて帰還する予定だ。
 戻ればすぐにでも婚約式の準備に入る為、王都へ向かう道中は旅行を兼ねているとエラディオはナディアに告げた。


「ザクセンに向かうまで、色んな領地を通るだろ?これからはあまり立ち寄れないだろうから、ゆっくりと見て回ろうぜ」


 そう言って屈託なく笑うエラディオにナディアは心の中で感謝した。
 きっと、ザクセンに行けばドルフィーニに来る事は極端に少なくなる。
 里帰りするにしても、サルトレッティ家の領地か、ナディアが慰謝料に貰ったマルモンテル領に行くくらいだろう。


「エディ様のそういう所、とても好きです」


 嬉しそうに微笑みながら告げると、エラディオが目を丸くして固まる。
 そしてゲフンゲフンとわざとらしく咳ばらいをし、誤魔化すように馬車の外の景色に視線を向けた。


「…急になんつー事言うんだ、ったく…」


 ぽそっと呟いたエラディオの声はナディアに届かなかったらしく、ナディアも楽しそうに窓の外を見ている。
 これからザクセンに戻ればいよいよナディアはエラディオの正式な婚約者だ。
 今もそうなのだが、名実ともにそうだと大声で言えるようになる。


(本当に、人生どこで何があるか分かんねぇモンだな)


 実際に初めてナディアを見た時は、まさか自分と婚約するとは思ってもみなかったのだ。
 何しろナディアはジョバンニの婚約者で、ドルフィーニ国の未来の王妃だったのだから。
 それが回りまわって自分の伴侶になると言うのだから、何だか運命的なものを感じる。


「エディ様、向こうに見える川の水がとても綺麗ですね。キラキラと輝いてます」

「ああ、本当だな」


 何てことのない景色を嬉しそうに眺めるナディアに愛しさが湧いてくる。
 じっとナディアの横顔を眺めていると、ナディアがエラディオの視線に気付いた。


「何ですか、ずっとこちらを見てますけど…」


 不思議そうに見つめ返すナディアだったが、エラディオがずっと気になっていた事をナディアに言ってみた。


「なあ、ナディはいつまでそんな他人行儀な話し方をするつもりだ?」

「え」

「エルシオン領では随分と砕けてたじゃねぇか。俺に取り繕う必要はねぇだろ」

「それは…」


 ぐっと言葉を詰まらせ視線をさ迷わせるが、ナディアはなかなか返答をする様子がない。
 それでもただじっとエラディオがナディアの言葉を待っていると、ナディアが観念したように呟いた。


「…エディ様にあのように接してしまったら、今後ザクセンで他の貴族や王族の方達の前でボロを出してしまうかもしれないでしょう?そんな訳にいきませんもの」

「そんな心配してたのかよ?」

「当然です!ただでさえ敵陣のど真ん中に嫁ぐんですよ?弱みを見せたらどうなるか…」

「敵陣て、んな大げさな」

「大げさではありませんわ!現に以前ザクセンの王宮でゴメス公爵親子に絡まれましたもの」

「あー、そんな事もあったなぁ」


 あの時はナディアが完全にリシュア・ファン・ゴメスをやり込めていた。
 ゴメス公爵もそうだが、リシュアもなかなかにしつこい令嬢で、実際エラディオはほとほと困っていたのだ。


「あの時のナディはかっこよかったぜ」

「やめてください」

「何でだよ?実際惚れ直したからな」

「なっ…」


 カアッと一気に顔を真っ赤にさせ、ナディアが唇を尖らせて俯く。


(こういう所がなんつーか…)


 素直に可愛いと感じるのだ。
 普段毅然とした態度でどんな相手にも挑むナディアが、エラディオの言葉一つで年相応の令嬢らしく恥じらうのだ。
 何も思うなと言う方が無理だろう。


「と、とにかく!まだまだ気を抜けないんですっ」


 そう言ってそっぽを向いていたナディアをエラディオが楽しそうに眺めながら、ザクセンへの道のりを楽しむのだった。





 ※ ※ ※





「エラディオは戻ったか?」

「そろそろ到着と伺っております」

「そうか。なら派手に歓迎してやらんとな」


 ザクセンの国王であるエーベルハルトがニヤリと人の悪い笑みを浮かべるが、それを見てゴメス公爵が溜息をつく。


「恐れながら、非常に悪い顔をしておりますが何を企んでおいでで?」

「悪い顔とは酷い言い様だな、ゴメス宰相。お前まだ自分の娘とエラディオをくっつけようとしてんのか?」

「まさか」


 ゆるゆると首を横に振り否定する。
 そんなゴメス公爵を楽しそうに眺めていたエーベルハルトは、この男が娘にとてつもなく甘い事も知っている。
 そしてあの娘がエラディオを執拗に狙っていた事もだ。


「ほぉ?あれほどの執着を見せていた令嬢も、さすがにエラディオが想い人を連れて来たとあって諦めたのか?」

「諦めた…と言いますか…」

「何だ?お前の娘がエラディオに近付こうとする他の令嬢達をけん制していた事は有名だろう。俺の元に挨拶に来た帰りに襲撃したのも知っているぞ?」

「あ、あれは…ごほん、もう済んだことですので蒸し返さないでいただきたい」

「ふぅん?」


 玉座に左肘を置き、頬杖を付きながらじっとゴメス公爵を眺める。
 一国の宰相だけあって表情には出さないが、一瞬の動揺をエーベルハルトが見過ごすはずもなく。


「ま、エラディオの奴に返り討ちにされたか。ああ、それともサルトレッティ公爵令嬢の方か?どっちにしてもあの二人は手ごわいぜ。それに…」


 すっと姿勢を正してエーベルハルトが真顔になる。
 表情の変化にゴメス公爵もハッとなり、改めて背筋を伸ばしてエーベルハルトの言葉を待つ。
 それに満足したのか、エーベルハルトがニッと唇の端を持ち上げて笑みを浮かべた。


「あんまり虐めるとエラディオがこの国から出て行ってしまうからな。そんな事態になったら俺は元凶を許さない」

「…」


 そんな事はありえないと言いたいが、エラディオの性格を考えると十分にありえるだろう。
 正直、常に国にいないエラディオではあったが、彼の功績や仕事ぶりは手放すのに惜しい存在だ。
 国王の弟という立場も考えると、最低でも今の王太子が一人前に使えるようになるまで必要なのは考えるまでもない。


「そのような事にならないよう、最善を尽くします」

「そうしてくれ。お前の娘もそうだが、他にも色々と不安要素はあるだろう」

「恐れながら申し上げますが、女性の問題はかのご令嬢ご自身で解決するべきでしょう。それができないようであれば、王弟殿下の隣に立つにふさわしくありますまい」

「そういうところだぞ、宰相」

「は?」


 呆れたようにエーベルハルトが告げると、本当に理解できていないと言った表情でゴメス公爵が視線を返す。
 それを見て盛大に溜息をつき、エーベルハルトがジロリとゴメス公爵を見る。


「いいか?ナディア・フォン・サルトレッティ公爵令嬢はただの令嬢じゃねぇんだ。お前も知っているだろう?コルト国の大公やサーシス国の第一王子だけでなく、数多の国の王族から求婚された、今や時の人だ。婚約破棄をしでかしたドルフィーニ国のジョバンニ王子は王太子から降ろされ、嘲笑の対象だ」

「それは…存じておりますが」

「いいや、わかってないな。身分、容姿、頭脳、教養…挙げて行けばきりがないが、全てにおいて完璧な令嬢なんて各国に必ず一人はいるだろう。高い教育を施し王族に嫁がす事を考えて育てられるのは、高位貴族の令嬢にありがちだがらな」

「はい」

「だが、努力ではどうする事もできない事ってのは、残念ながら存在するだろう?」

「それは…」


 エーベルハルトが言わんとする事を理解し、ゴメス公爵がハッとする。
 その表情を見て満足げにエーベルハルトが頷いた。


「生まれ持った素養、人を惹きつける魅力と言えばいいのか。大勢の中にいても埋もれない、自然と視線が向けられる、華々しい気質だな。ナディア嬢にはそれがある」

「…!」

「ただ美しいだけの令嬢なんてごまんといる。エラディオはその中で珠玉を見つけた、それだけだ」

「…は」


 これ以上は言葉が出ない。
 エーベルハルトにここまで言わすナディアと言う令嬢が、未知の生物のように思える。

 あの日。
 確かに娘とかのご令嬢は対峙していた。

 リシュアは親の贔屓目を抜きにしても美しい娘だ。
 身分も見た目も申し分なく、実際に婚姻の申し出も多い。
 リシュアがエラディオに懸想していると分かっていても、婚姻の申し出が後を絶たないくらいだ。

 勿論それにはゴメス公爵家という後ろ盾がある事も大きい。
 が、次期社交界の華とも言われるリシュアが、他国の婚約破棄をされた令嬢に負けるはずがないと思っていた。

 だが。

 エーベルハルトとの謁見を終わらせ、謁見室から出てきた二人を待ち伏せしていたゴメス公爵は、エラディオの隣に立つナディアを見て一瞬言葉を失った。


(何と目を引く令嬢か)


 素直にそう感じたのだ。
 だがすぐにその感情は振り払い、可愛い娘の為にエラディオと話をしたのだが。

 鼻で笑うように一蹴され、仕方なくリシュアを迎えに向かった。
 エラディオがナディアを迎えに行った事は分かっていたので、自分は違う方向からリシュアを迎えに行ったのだが。
 そこで二人の会話を耳にした。

 そこで目にしたのは、何とも娘の稚拙な事か。
 それに対峙したナディアの堂々とした振る舞い。

 簡単に言えば格の違いを見せられた。

 そして、エラディオに対する想いの違いもだ。


(しばらくは色々と忙しくなりそうだ…)


 あの時の事を思い出しながらも、ゴメス公爵が諦めにも似た溜息を付いているのを、エーベルハルトが面白そうに眺めていた。



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