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【晦 成楓】
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あんな事件を起こしたのだ。
テレビやネットなどに俺の名前が挙がっていても不思議ではない。
男はきっとそれを見たのだろう。
「ですがご安心を。ここに俗人が入ることはありません。だから君は安心して修行に励めますよ」
「修行、って...?」
「それを今から説明しようと思って君を探していたのです」
それからカイジツ様と呼ばれていた男から修行の説明があった。
まず、俺の奥底に眠る罪悪感を緩和させる。
その方法はひたすら自分と向き合って、自分の行いを振り返る。
なるべくその時の行動を鮮明に。
匂いも感触もゆっくりと思い出しながら、その状況を冷静に受け入れられるまでそれを続ける。
「過去とは過ぎ去った時と書きます。ですが過ぎの字は『あやまち』とも読みます。ここでの過ちとは、すなわち自分に対する疑心。自分の中の正義を疑うこと」
「自分の中の、正義......」
「そう。俗世では同じ答え、同じ行動が求められます。権力者が正義と言えばそれは正義であり、権力者が悪と言えばそれは悪になります。ですが、それに従うあまり個人の心は抑圧され、いずれ破裂します。僕はね、人は誰しも爆弾を抱えていると思っているんだ。成楓君、爆弾に火がついて爆発した後、その一帯はどうなると思いますか?」
それはあまりにも単純明快な問いだった。
「火災や爆風で焼け野原になるんじゃないか」
「そうだね。『人の心』を爆弾と呼ぶのなら、僕はその焼け野原を『感情的に動いてしまった後悔』と捉えているんだ。でも、その後悔を自分に向ける必要は無い。だって、爆発してしまったのは君のせいじゃないから。本当に咎めるべきなのは、火をつけた周囲だ」
妖しくその口元を歪ませ、カイジツ様は更に続けた。
「難しく考える必要はありません。躊躇う必要もありません。最初は辛いでしょうが徐々に慣れていきますよ」
カイジツ様の後ろからひいなが現れる。
カイジツ様の腰くらいまでしか身長がないひいなは、俺が手にしていたガイコツのお面をじっと見つめながら薄い唇を動かした。
「死は 常に 私たちの 傍に」
老人が言っていた言葉と同じ。
これは何かの合言葉なのか?
「丁度良かった。彼の担当を君に任せようと思っていたんですよ。ひいな、引き受けてくれますか?」
「はい。 あの カイジツ様 洗礼は した ですか?」
「そうでした。その説明も必要でしたね。ふふ、僕としたことが大事なことを伝え損ねていました」
ニコニコと笑うカイジツ様とは対照的に、ひいなは一切表情を崩さない。
◆
「ここでは苗字を捨ててください。古くから苗字は家の繋がりを意味し、家族が恋しくなってそちらへ戻ろうとする人も少なくないんです。その関係を断ち切り、自分の正義に従うことがここでは求められます」
つまり、一度殺生教の門をくぐってしまえば二度と外に出られないということか。
出たところで俺の居場所は独房だろうが。
「......もし、戻りたいと言ったら?」
「戻れるとでも?」
「あくまでも仮定の話だ。どんな処罰をするのか知っておきたい」
「その時はそれ相応の対応をするつもりですよ。君もここにいれば、その光景を嫌というほど見ることになるでしょう」
人を殺すことに躊躇いがない目。
背中を這うような言葉の羅列に、生唾を呑んだ。
やはり異常だ。
異常なのに、どうして一言一言がこうも心を揺さぶってくるのだろう。
俺の中で答えはもう決まっている。
「修行、やらせてください。俺にはもうそれくらいしか後が無いので」
「ええ、喜んで。頑張りましょうね、成楓君」
歪な思考が、不道徳な考えが、頭の中を支配していく。
そちらに染った方が楽だと、手にしていたガイコツのお面が語りかけてきた気がした。
壊れた心の破片を、滅茶苦茶に繋ぎ合わせていく。
罪悪感を肯定感へと変えていく。
修行の中で、何度も聡と美子斗を殺した。
次の日にはまた生き返っている彼らを、頭の中で何度も何度も殺した。
あの時と同じ方法で。
あの時と同じ場所で。
何度も何度も鮮明に思い出しながら。
その度にその行動に正義を見出しながら。
それだけじゃない。
かつて俺をいじめた奴らも、同じように。
俺の夢を奪った家族も同じように。
けれど、どこかでやはり罪悪感が生まれてしまう。
だから俺は、残虐で非道なもう一人の『私』を作った。
テレビやネットなどに俺の名前が挙がっていても不思議ではない。
男はきっとそれを見たのだろう。
「ですがご安心を。ここに俗人が入ることはありません。だから君は安心して修行に励めますよ」
「修行、って...?」
「それを今から説明しようと思って君を探していたのです」
それからカイジツ様と呼ばれていた男から修行の説明があった。
まず、俺の奥底に眠る罪悪感を緩和させる。
その方法はひたすら自分と向き合って、自分の行いを振り返る。
なるべくその時の行動を鮮明に。
匂いも感触もゆっくりと思い出しながら、その状況を冷静に受け入れられるまでそれを続ける。
「過去とは過ぎ去った時と書きます。ですが過ぎの字は『あやまち』とも読みます。ここでの過ちとは、すなわち自分に対する疑心。自分の中の正義を疑うこと」
「自分の中の、正義......」
「そう。俗世では同じ答え、同じ行動が求められます。権力者が正義と言えばそれは正義であり、権力者が悪と言えばそれは悪になります。ですが、それに従うあまり個人の心は抑圧され、いずれ破裂します。僕はね、人は誰しも爆弾を抱えていると思っているんだ。成楓君、爆弾に火がついて爆発した後、その一帯はどうなると思いますか?」
それはあまりにも単純明快な問いだった。
「火災や爆風で焼け野原になるんじゃないか」
「そうだね。『人の心』を爆弾と呼ぶのなら、僕はその焼け野原を『感情的に動いてしまった後悔』と捉えているんだ。でも、その後悔を自分に向ける必要は無い。だって、爆発してしまったのは君のせいじゃないから。本当に咎めるべきなのは、火をつけた周囲だ」
妖しくその口元を歪ませ、カイジツ様は更に続けた。
「難しく考える必要はありません。躊躇う必要もありません。最初は辛いでしょうが徐々に慣れていきますよ」
カイジツ様の後ろからひいなが現れる。
カイジツ様の腰くらいまでしか身長がないひいなは、俺が手にしていたガイコツのお面をじっと見つめながら薄い唇を動かした。
「死は 常に 私たちの 傍に」
老人が言っていた言葉と同じ。
これは何かの合言葉なのか?
「丁度良かった。彼の担当を君に任せようと思っていたんですよ。ひいな、引き受けてくれますか?」
「はい。 あの カイジツ様 洗礼は した ですか?」
「そうでした。その説明も必要でしたね。ふふ、僕としたことが大事なことを伝え損ねていました」
ニコニコと笑うカイジツ様とは対照的に、ひいなは一切表情を崩さない。
◆
「ここでは苗字を捨ててください。古くから苗字は家の繋がりを意味し、家族が恋しくなってそちらへ戻ろうとする人も少なくないんです。その関係を断ち切り、自分の正義に従うことがここでは求められます」
つまり、一度殺生教の門をくぐってしまえば二度と外に出られないということか。
出たところで俺の居場所は独房だろうが。
「......もし、戻りたいと言ったら?」
「戻れるとでも?」
「あくまでも仮定の話だ。どんな処罰をするのか知っておきたい」
「その時はそれ相応の対応をするつもりですよ。君もここにいれば、その光景を嫌というほど見ることになるでしょう」
人を殺すことに躊躇いがない目。
背中を這うような言葉の羅列に、生唾を呑んだ。
やはり異常だ。
異常なのに、どうして一言一言がこうも心を揺さぶってくるのだろう。
俺の中で答えはもう決まっている。
「修行、やらせてください。俺にはもうそれくらいしか後が無いので」
「ええ、喜んで。頑張りましょうね、成楓君」
歪な思考が、不道徳な考えが、頭の中を支配していく。
そちらに染った方が楽だと、手にしていたガイコツのお面が語りかけてきた気がした。
壊れた心の破片を、滅茶苦茶に繋ぎ合わせていく。
罪悪感を肯定感へと変えていく。
修行の中で、何度も聡と美子斗を殺した。
次の日にはまた生き返っている彼らを、頭の中で何度も何度も殺した。
あの時と同じ方法で。
あの時と同じ場所で。
何度も何度も鮮明に思い出しながら。
その度にその行動に正義を見出しながら。
それだけじゃない。
かつて俺をいじめた奴らも、同じように。
俺の夢を奪った家族も同じように。
けれど、どこかでやはり罪悪感が生まれてしまう。
だから俺は、残虐で非道なもう一人の『私』を作った。
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