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第2話:静かなる決別と、絶対零度の眼差し
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ーー翡翠の小龍たちが歓喜の声を上げ、狭い室内を光の尾を引いて飛び回る中、空気は一瞬にして凍りついた。
真っ先に動いていたのは、幼馴染の俊介だった。
彼は蓮華を守るべく背に隠すように一歩前へ出ると、部屋に踏み込んできた銀髪の武官——変装した皇帝・龍炎を真っ向から見据えた。
「……どちら様でしょうか? ここは白家の令嬢の私室です。……不躾な振る舞いは困ります」
おそらくこの時点で相手の正体に薄々気付いていたであろう俊介は、それでも蓮華を守るべく立ち向かう。
ーーその言葉に、龍炎の金の瞳が不快げに細められた。
そう、何せ愛しい「番」を必死に捜し求めて二年も費やしたというのに、ようやく見つけた番である彼女が、見知らぬ男と密室で二人きりなっていたのだ。
ーー気に食わない。
すでにただの武官の仮面が剥がれ落ちている龍炎から発せられている、その威圧感は、普通の人間ならば気絶してしまうであろうほどに鋭い。
「ーー俊介、大丈夫よ。……お疲れ様………龍炎(りゅうえん)」
さすがに大切な幼馴染みである俊介が罰せられたら困る…と、俊介を止めると、蓮華は椅子に座ったまま、やれやれと首を振っていた。
ーーそう、彼女にはわかっていた。
いや、理解しているといった方がいいのかもしれない。
自分の中に宿る龍の魂が、目の前の武官姿の男に共鳴して激しく脈打っている。
ーーそう、彼こそがこの国の頂点であり、自分の唯一無二の半身なのだと。
ーーこの一触即発の空気を破ったのは、龍炎の背後に控えていた側近の男だった。
「お控えください。……失礼いたしました。白蓮華様、私は皇帝陛下にお仕えする文官の李(リ)と申します」
そこで胸に手を当てて、軽く丁寧に一礼する。
「単刀直入に申し上げます。あなたは龍神に選ばれた皇帝の『番』であり、未来の皇妃になりましたので、本日ただいまより、皇都へお連れするためにお迎えに参りました」
李の説明は丁寧だけど、蓮華に拒否権など微塵も感じさせない重みが見え隠れしていた。
「……断っても、無駄なのでしょうね?」
それでも、聞いてみることにした。
……これからの自分のためにも……。
「左様にございますね。国法と神託に基づき、そして、何よりもその身に宿る存在こそが紛れもない事実ですので……」
そこに李の言葉に先程はなかった気遣いが少しだけ見えたような気がする。
蓮華は短く溜息をつき、静かに頷き、
「わかりました。……では、準備をします」
ーー逃れない運命とやらを受け入れた。
ーーまあ、準備と言っても、蓮華がこの家に未練を感じるものは少なかった。
「ーー荷物はこれだけか?」
龍炎が低く、どこか苛立ちを含んだ声で部屋を見渡していた。
飾り気のない質素なこの部屋には、亡き母から受け継いだ古い衣装箪笥が一つと、小ぶりな化粧棚、そして母の遺品である小さな宝石箱が一つあるだけだった。
……豪華な調度品などは何もなかった。
「……ええ。この部屋にあるもの以外は、今は私の持ち物ではありませんから」
その言葉の端々に、彼女がこの家でどのような扱いを受けてきたのかが透けて見え、龍炎の拳が微かに震えていた。
ーー俊介が手慣れた様子で、あらかじめ用意していた頑丈な木箱に翡翠の置物を収めていく。
龍たちは俊介が翡翠の置物に触れるのを許しているので、その様子を面白そうに箱の中を覗き込んでいる。
蓮華は俊介に「残った家具の保管」を頼むと、龍たちの翡翠の置物が入った箱を自ら抱えて立ち上がった。
ーー部屋を出ると、龍たちが何かしたのか、部屋の入り口にいつもより強い結界を感じる。
それを横目に廊下を歩いていくと、龍炎は当然のように蓮華のすぐ隣を陣取る。
俊介が反対側に並ぼうとすると、龍炎は無言でサッとその間に割り込んで隣に並べないようにした。
その独占欲に、蓮華は心の中で苦笑してしまう。
ーー屋敷の玄関先に辿り着くと、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。外に出てみると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
兵たちに押さえつけられて、地面に這いつくばっている継母・胡蝶と義妹・麗蘭が、そこから抜け出そうとジタバタとしていて、蓮華の姿を見つけるなり金切り声を上げた。
「蓮華! こいつらをなんとかしなさいよ……って、あんた、何よそれ!? 髪が銀の髪になっているなんて異常だわ! 何か呪いでも受けたんじゃないの? ……まったく陛下の使いを騙すなんて、万死に値するわよ
!」
と、相変わらず一方的に怒鳴り付けてくる継母。
「……そうよそうよ! 呪われたあんたが皇帝の妃になるなんて間違いよ! 私の方がずっと綺麗で特別で………そうよ。龍の巫女である私の方が皇帝のお妃様にふさわしい……いいえ! なるべきなのよ!!」
と、義妹は自分こそが皇帝の妃にふさわしいだとか、龍の巫女だとか、言ってはならないことを、しかも二つも言ってしまった。
見苦しく嫉妬まみれで噛みついてくる、そっくりな似た者は母娘二人は、情けをもってなのか蓮華が口を開く前に、二人の男が同時に彼女を遮るように前に出ていた。
……俊介と、そして武官姿の皇帝だった。
「……下がれ、愚物が」
龍炎の口から漏れたのは、魂を凍てつかせるような絶対零度の声で、
「その汚らわしい口で、我(われ)の片割れの名を二度と呼ぶな。……次があれば、そちらの一族全員根絶やしにするぞ」
と告げる。
ーーその圧倒的な強者の覇気に、胡蝶と麗蘭は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまい、初めて売っては受けない相手に喧嘩を売ったことを実感して声も出せずにガチガチと歯を鳴らした。
その場にいた全員が恐怖に背筋を寒くしていたが、ただ一人、蓮華だけは龍炎がきちんと『罰するべき者』を罰すると言ってくれていたことに気がついていた。
ーーその時、門の外で何かが激しく衝突する音と、数人の男たちが言い争うような怒鳴り声が響いてきた。
「——どけっ! ここは私の屋敷だ! なぜ礼部の長官である私が自分の屋敷に入れんのだ!? ……そうだ。蓮華! 私の娘の蓮華は無事なのか!!」
久しぶりに聞けた、どこか聞き覚えのある、けれどいつもよりもずっと必死で、明らかに表情も変わっているであろう掠れた父の声。
蓮華は驚きつつも目を見開き、騒がしい門の方へと視線を向けたのだった。
真っ先に動いていたのは、幼馴染の俊介だった。
彼は蓮華を守るべく背に隠すように一歩前へ出ると、部屋に踏み込んできた銀髪の武官——変装した皇帝・龍炎を真っ向から見据えた。
「……どちら様でしょうか? ここは白家の令嬢の私室です。……不躾な振る舞いは困ります」
おそらくこの時点で相手の正体に薄々気付いていたであろう俊介は、それでも蓮華を守るべく立ち向かう。
ーーその言葉に、龍炎の金の瞳が不快げに細められた。
そう、何せ愛しい「番」を必死に捜し求めて二年も費やしたというのに、ようやく見つけた番である彼女が、見知らぬ男と密室で二人きりなっていたのだ。
ーー気に食わない。
すでにただの武官の仮面が剥がれ落ちている龍炎から発せられている、その威圧感は、普通の人間ならば気絶してしまうであろうほどに鋭い。
「ーー俊介、大丈夫よ。……お疲れ様………龍炎(りゅうえん)」
さすがに大切な幼馴染みである俊介が罰せられたら困る…と、俊介を止めると、蓮華は椅子に座ったまま、やれやれと首を振っていた。
ーーそう、彼女にはわかっていた。
いや、理解しているといった方がいいのかもしれない。
自分の中に宿る龍の魂が、目の前の武官姿の男に共鳴して激しく脈打っている。
ーーそう、彼こそがこの国の頂点であり、自分の唯一無二の半身なのだと。
ーーこの一触即発の空気を破ったのは、龍炎の背後に控えていた側近の男だった。
「お控えください。……失礼いたしました。白蓮華様、私は皇帝陛下にお仕えする文官の李(リ)と申します」
そこで胸に手を当てて、軽く丁寧に一礼する。
「単刀直入に申し上げます。あなたは龍神に選ばれた皇帝の『番』であり、未来の皇妃になりましたので、本日ただいまより、皇都へお連れするためにお迎えに参りました」
李の説明は丁寧だけど、蓮華に拒否権など微塵も感じさせない重みが見え隠れしていた。
「……断っても、無駄なのでしょうね?」
それでも、聞いてみることにした。
……これからの自分のためにも……。
「左様にございますね。国法と神託に基づき、そして、何よりもその身に宿る存在こそが紛れもない事実ですので……」
そこに李の言葉に先程はなかった気遣いが少しだけ見えたような気がする。
蓮華は短く溜息をつき、静かに頷き、
「わかりました。……では、準備をします」
ーー逃れない運命とやらを受け入れた。
ーーまあ、準備と言っても、蓮華がこの家に未練を感じるものは少なかった。
「ーー荷物はこれだけか?」
龍炎が低く、どこか苛立ちを含んだ声で部屋を見渡していた。
飾り気のない質素なこの部屋には、亡き母から受け継いだ古い衣装箪笥が一つと、小ぶりな化粧棚、そして母の遺品である小さな宝石箱が一つあるだけだった。
……豪華な調度品などは何もなかった。
「……ええ。この部屋にあるもの以外は、今は私の持ち物ではありませんから」
その言葉の端々に、彼女がこの家でどのような扱いを受けてきたのかが透けて見え、龍炎の拳が微かに震えていた。
ーー俊介が手慣れた様子で、あらかじめ用意していた頑丈な木箱に翡翠の置物を収めていく。
龍たちは俊介が翡翠の置物に触れるのを許しているので、その様子を面白そうに箱の中を覗き込んでいる。
蓮華は俊介に「残った家具の保管」を頼むと、龍たちの翡翠の置物が入った箱を自ら抱えて立ち上がった。
ーー部屋を出ると、龍たちが何かしたのか、部屋の入り口にいつもより強い結界を感じる。
それを横目に廊下を歩いていくと、龍炎は当然のように蓮華のすぐ隣を陣取る。
俊介が反対側に並ぼうとすると、龍炎は無言でサッとその間に割り込んで隣に並べないようにした。
その独占欲に、蓮華は心の中で苦笑してしまう。
ーー屋敷の玄関先に辿り着くと、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。外に出てみると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
兵たちに押さえつけられて、地面に這いつくばっている継母・胡蝶と義妹・麗蘭が、そこから抜け出そうとジタバタとしていて、蓮華の姿を見つけるなり金切り声を上げた。
「蓮華! こいつらをなんとかしなさいよ……って、あんた、何よそれ!? 髪が銀の髪になっているなんて異常だわ! 何か呪いでも受けたんじゃないの? ……まったく陛下の使いを騙すなんて、万死に値するわよ
!」
と、相変わらず一方的に怒鳴り付けてくる継母。
「……そうよそうよ! 呪われたあんたが皇帝の妃になるなんて間違いよ! 私の方がずっと綺麗で特別で………そうよ。龍の巫女である私の方が皇帝のお妃様にふさわしい……いいえ! なるべきなのよ!!」
と、義妹は自分こそが皇帝の妃にふさわしいだとか、龍の巫女だとか、言ってはならないことを、しかも二つも言ってしまった。
見苦しく嫉妬まみれで噛みついてくる、そっくりな似た者は母娘二人は、情けをもってなのか蓮華が口を開く前に、二人の男が同時に彼女を遮るように前に出ていた。
……俊介と、そして武官姿の皇帝だった。
「……下がれ、愚物が」
龍炎の口から漏れたのは、魂を凍てつかせるような絶対零度の声で、
「その汚らわしい口で、我(われ)の片割れの名を二度と呼ぶな。……次があれば、そちらの一族全員根絶やしにするぞ」
と告げる。
ーーその圧倒的な強者の覇気に、胡蝶と麗蘭は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまい、初めて売っては受けない相手に喧嘩を売ったことを実感して声も出せずにガチガチと歯を鳴らした。
その場にいた全員が恐怖に背筋を寒くしていたが、ただ一人、蓮華だけは龍炎がきちんと『罰するべき者』を罰すると言ってくれていたことに気がついていた。
ーーその時、門の外で何かが激しく衝突する音と、数人の男たちが言い争うような怒鳴り声が響いてきた。
「——どけっ! ここは私の屋敷だ! なぜ礼部の長官である私が自分の屋敷に入れんのだ!? ……そうだ。蓮華! 私の娘の蓮華は無事なのか!!」
久しぶりに聞けた、どこか聞き覚えのある、けれどいつもよりもずっと必死で、明らかに表情も変わっているであろう掠れた父の声。
蓮華は驚きつつも目を見開き、騒がしい門の方へと視線を向けたのだった。
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