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第2章

【19】オルキス・オンシジウムの場合 その3!

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 ニーハイムス様のお屋敷の中庭で、ニーハイムス様とレイニー様とお茶会となりました。

 レイニー様は早口で私に色んなことを訊ねられますわ。学院のこと、学院でのニーハイムス様のこと、ニーハイムス様と私のやりとりなど(これはお恥ずかしくて答えられませんでしたけど!)

 ……レイニー様とお話ししていて気付いた点が有りますの
 このレイニー様のテンション、私がヒロさんとご一緒してる時のソレに似ているわ……って。
 はたから見るとこんな感じに見えますのね…………。

 レイニー様のトークと質問攻めが長々と続いた後、レイニー様は急に黙ってしまいましたの。

「…………」
「ほら、言わんことじゃない」
 ニーハイムス様が急いで近くのレイニー様の侍女を呼びましたわ。
「レイニーは興奮し過ぎて少し体力を使ってしまったようだ。休憩させてやってくれ」
「かしこまりました。――さ、レイニー様、お部屋にお戻りしましょう」
「嫌よ! せっかくカレンさんとお近づきになれたのに」

 私はレイニー様に言いました。
「レイニー様――またの機会に是非お話ししてやってください」
 ニーハイムス様はため息交じりにこう仰っしゃりましたわ。
「そうだぞレイニー。カレンは俺の婚約者だ。また会う機会ならいくらでも有るだろう?」
「むっ。確かにそうですわね……」

「それでえはレイニー様、また」
「ああ、レイニー、大事にな」
「……ええ、また。今日はありがとう、ふたりとも」

 レイニー様は侍女に促されて自室にお戻りになったわ。

「――――さて」
 ニーハイムス様が仰っしゃります。
「次は温室にでも行きましょうか」
 アスター家のお庭に温室が有るというお話しは伺ったことが有りますが、実際この目で見るのは初めてですわ。

「まあ! 美しい…………!!」
 温室はガラス張りで普通の貴族の館ひとつ分は有るのではないかしら?
 これだけの植物を集めて管理するだけでも大変でしょう。国立の植物園と言っても良い規模の温室ですわ――――
「ここをご紹介するだけでも丸一日掛かってしまいます」
 この温室にはあらゆる国の植物を収集して育成しているようですわ。私の見たことのない植物や図鑑でしか知らない植物が沢山……!

 ニーハイムス様は人払いをして、私とふたりきりでこの温室を巡ってくださる様子でした。 
「何かお気に召した花でもありますか? カレン」
「そうですね――バラの花は以前から好きなので、どれも気になるのですが、他にはこちらの――『グラジオラス』というお花が気になりました」
「ほう…グラジオラス……」
 ニーハイムス様は目を細めてその花を見つめましたわ。そうして、花に飾られた説明書きのカードを見てニッコリと笑いましたの。
「カレン、こちらの花言葉は読みましたか?」
「いいえ? まだ読んでおりませんでしたわ」
「そうですか。――読んだ上でこの花を挙げているのなら大胆だなと思ったのですが」
「どのような花言葉でしょう?」

 ニーハイムス様は私の腕を掴み、胸元に引き寄せましたわ。
 そうして私の耳元で囁いて――
「『挑発と密会』ですよ、カレン・アキレギア――」
 そのまま私の唇にニーハイムス様の唇がゆっくりと重なりましたわ…………。
 今までで一番永いくちづけだったのではないでしょうか?

 私から唇を離したニーハイムス様は、改めて私を抱きしめて。
「貴女に挑発されるのは、俺にとっては最高の娯楽であり苦痛ですよカレン」
「まあ、挑発なんてしたことは有りませんけれど」
「おお、無自覚なのが恐ろしい」
 本当に、挑発なんてした覚えは有りませんのに。

「こんなお戯れをするのが人払いをした目的ですの?」
「もちろん」
「まあ。――私にはあなたが恐ろしいですわ」
 そして、
「最高に優しいのですよね、ニーハイムス様は――」
 私はニーハイムス様の深く紅い瞳を見ながらそう言ったわ。
「今のそれが『挑発』というやつですよ、カレン」
 ニーハイムス様は人差し指を私の唇に置いてそう言ったわ。

「このまま私の寝室に閉じ込めてしまいたいが、それは貴女の卒業まで待ちましょう――」
「? 寝室ですか……?」
 私は数秒考えてしまったわ。どうして急に寝室なんて言い出したのかしら?
「あっ――――」
 そうして自ずと答えが解ってしまいました。
「……ニーハイムス様、いやらしいですわ!」
「…………ははは、また『挑発』されてしまった。俺は寝室に閉じ込めてしまいたいと言っただけですよ?」
「もうっ!」
 私はニーハイムス様の腕の中でむくれて、ポンポンと胸を叩きましたわ。悔しいっ!

 それから、そっと離れた私たちは、今度は温室の端にあるテーブルでひと休憩いたしましたの。
 ニーハイムス様が先に一言。
「…………平和ですねぇ」
 続いて私も一言。
「…………そうですねぇ……」
 ふふっ。まるで縁側でくつろぐおじいさんとおばあさんみたい。

 本来の『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』なら、この時期にはもう、主人公ヒロインのヒロさんは攻略対象分岐をして、誰かと一途にお付き合いをし始め、私も悪役令嬢として本格的に暗躍を始める頃合いですけれども、そういった流れはまるで有りません。

「私、まさかニーハイムス様の登場でここまで人生が変わるとは思っていませんでした」
「俺も、カレンの登場で人生が変わったことをお忘れなく」

 そう言えば、ニーハイムス様は私が5歳の時に社交界で何かしてから想ってくださっていたと仰っていたわ――
 私は5歳の頃の記憶なんて無いんですけれど。と言うか、7歳で前世の記憶を思い出したショックで、それ以前の記憶は今はもうほぼほぼ無いのです。5歳の頃の私はどんな人間キャラクターだったのでしょうか?

「……ニーハイムス様。あなたが私のことを好きになったという5歳の頃と今の私は性格は違いまして――?」
 もし、当時の理想を追いかけて幻滅させていたら申し訳ないですわ。
「いいえ、貴女は昔も今も俺の理想であり、愛する性格の人間ですよ、カレン」
「――それならば良いのですけれど……本当に思い出せなくて申し訳ないですわ」
 私は胸の指輪を握りしめてそう言いました。

「何、俺にとっては大事ですが貴女にとっては当然の取るに足らないことだったのでしょう。俺はそういうところも含め、貴女を愛しています」
 ニーハイムス様は優しい笑顔を私に向けて下さいましたわ。

「しかしそろそろ、昔の話の種明かしをしてくださってもいい頃合いでは有りませんこと――?」
 私は、5歳の頃の私が何をして今が生まれたのか興味が湧いていましたわ。
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