悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

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第3章 高校1年生 2学期

第41話 人間模様。

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「頼む。戻ってきてくれ」
「私からもお願いします」
「……」
「……」

 学園祭まであと一週間ほどとなった日の放課後。

 頭を下げる誠と私に、髪を両サイドでお団子にした2人の軽音部員――雪原ゆきはら 柚子ゆずさんと由紀ゆきさんの2人は戸惑うように顔を見合わせた。
 そっくりな顔が2つ「どうする?」と表情で語りあっている。
 彼女たちは一卵性双生児なのである。

 彼女たちは、私の参入で参加を辞退してしまった誠のバンドメンバーだ。
 担当はそれぞれ柚子さんがキーボード、由紀さんがドラム。
 バンドを成立させるためには、彼女たちの復帰が最低条件だ。

 今から他のメンバーを探す、という選択肢もなくはないけれど、他の軽音部員はもう既にユニットを組んでしまっているし、一般人の中からキーボードとドラムが出来る人間を探すのは至難の業だ。
 彼女たちのご機嫌を直す方が現実的だろう。

 私がボイトレでしごかれている間も、誠は彼女たちの説得を続けてくれていた。
 だが、結果は芳しくなく、こうしてもう一人の当事者である私も説得に加わることになったのだ。

「私たちがいなくたって、和泉様がいればなんとかなるんじゃないんですか?」
「そうそう」

 返事は色よくないものだったが、ここで諦める訳にはいかない。

「なんともならん。キーボードとドラムなしではユニットは成立しない。特にあの曲は」

 あの曲とはもちろん「Change」のことである。

「今からでも編曲し直せば――」
「それでは練習時間が足りない。それに、やるからには最高の演奏をしたい。そのためには、お前たち2人の力が必要不可欠だ」
「……」
「……」

 誠に必要だと言われて、柚子さんたちの顔に動揺の色が見えた。
 これはもうひと押しか。

「誠くんと私の間には何にもありません。お2人の邪魔はしませんから」
「!」
「……私たちは、別にそんなんじゃ……」

 おっと逆効果だっただろうか。
 でもこれは伝えておかないといけない情報だと思ったのだ。

「なんや、この2人が残りのメンバーかいな。えろう別嬪さんやな。よろしゅうたのむわ」
「え?」
「えっ、えっ?」

 ふらりと現れたナキが柚子さんと由紀さんの手を握った。

「おい、ナキ。まだ許しを得ている途中だ。先走るな」
「そうなん? ええやん。やろうや。楽しいで? ちょっと双子ちゃんも構えてんか」

 そう言ってバイオリンを取り出すとおもむろに「Change」の冒頭部分を弾きだすナキ。
 その旋律に驚くと同時に聴き惚れる柚子さんと由紀さん。

「ほらほら、双子ちゃん弾いて弾いて」

 無邪気に笑うナキに毒気を抜かれたように、おずおずと旋律にキーボードとドラムが加わる。

「ええな! ええな! 2人とも凄いやん。やっぱ練習しとったんやな」
「……うん」
「いい曲だって私たちも思ったから」

 弾きながら交わされる会話は、どこか熱に浮かされたようで。
 ナキの音色に柚子さんと由紀さんの本音が引き出されていく。

「いい曲だからこそ、悔しくって」
「私たちの曲なのにって」

 やはりそこか。
 2人はともに誠に懸想しているという。
 私が横入りしてきたことが気に食わなかったのだ。

「なら勝負しよや」
「勝負?」
「?」
「今度のバンドに参加してや。誰が一番曲を掴めるか。それで双子ちゃんと和泉ちゃんの3人で誠争奪戦や」

 何を言い出すのだ、ナキは。

「ナキくん、ですから私は誠くんとは別に――」
「そないなこというても双子ちゃんは納得せえへんて。いっそこういう形にしてしもうた方が後腐れないってもんや。ところで双子ちゃん、お名前おせーて?」
「柚子です」
「由紀です」
「可愛い名前やな。柚子ちゃんに由紀ちゃんな。誠なんかやめてわいに変えてもええねやで?」

 いたずらっぽく笑うナキはまだバイオリンを弾き続けている。
 答える柚子さんと由紀さんの顔は照れたような、当てられたような表情。
 これは、2人のナキへのフラグが立ったか?

「ほれ。ぼさっとしとらんと誠と和泉ちゃんも加わらんかい。練習、始めるで」

 そうしてなし崩し的に、柚子さんと由紀さんはユニットに戻ってきた。


◆◇◆◇◆


「バンド、フルメンバーでできることになったんだってー?」

 翌日の昼休み。
 例によってぼっち協定を無視したいつねさんが軽音部の話を聞きつけて話にやってきた。

「ええ」
「いざとなったら、打ち込みで鳴らすことも出来たんやけどな。それやとやっぱり生身の人間の演奏には到底及ばんからなぁ」

 打ち込みとは、主にドラムマシンやミュージックシーケンサーなどに前もって演奏情報を入力しておいて、それを再生することで演奏を実現させる技法、またはその結果としての音楽のことである。
 足りないパートはこの方法で足すことも出来るが、ナキの言う通り、やはり生身の人間の演奏には遠く及ばない。

「ますます楽しみになってきたー。そろそろ体育館での発表順が公開らしいけれど、重ならないといいなー」
「私たちの演奏は舞台袖でも聴こえると思いますけれど、いつねさんの舞台はそうはいきませんからね」
「わいもいつねちゃんの舞台は客席のええとこから見たいわ」
「えへへー。ありがとー」

 照れたように笑ういつねさんだけれど、その顔には幾分の疲れが見え隠れしている。

「練習はきつそうですね」
「うん……。ヒロイン役だからねー。先輩たちのやっかみもやっぱりあるし、しごかれてるよー」
「大変やなー」
「大変だけど、やり甲斐はあるよー。やっかむ先輩たちも黙らせてやるつもりー」

 疲れは隠せていないが、それでも力強く笑ういつねさん。
 この子は……強いな。

「頑張って下さいね」
「いずみんもねー。学園祭、頑張ろうねー」


◆◇◆◇◆


 その日の放課後、軽音楽部に顔を出すと、誠と柚子さん、由紀さんが何や深刻そうな顔をしていた。

「何かあったんです?」

 誠は4つに折りたたまれたA4用紙を手渡してきた。
 開いてみるとそこには――。

『一条 和泉に近づけば、学園祭での演奏は失敗する』

 またも脅迫の文面が書かれていたのであった。

「あったまきた」
「こんなのに負けてられないよね」

 柚子さんと由紀さんは、脅迫状に屈するどころか、逆にご立腹のご様子。

「絶対に成功させようね」
「柚子姉にも和泉様にも負けないんだから」

 頼もしい2人の様子に、私はほっと胸をなでおろした。

「なら、今日も練習いくぞ」
「「「はい」」」
「へーい」

 ナキはもうちょっと気合入れろ。

 こうして5人ユニットでの練習が始まったのだった。
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