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第3章 高校1年生 2学期

第56話 選挙戦を終えて。

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「終わってみれば、とーまくんの圧勝って訳ねー」
「そうなります」
「いつねさんもいらしていれば、きっと笑えましたわよ」

 生徒会選挙を終えた次の日曜日。
 私たちは報告を兼ねていつねさんのお見舞いに来ていた。

「冬馬のアホ、わいらスタッフにも内緒にしよってんな」
「それは多分、あの馬鹿兄を警戒したんじゃないかな?」
「どういうこと、佳代ちゃん?」

 佳代さんの発言に、実梨さんが首をかしげる。

「うちのクラスにも、内通者っぽいことを押し付けられた人がいないとは限らないってことじゃない?」
「あー、なるほどなー」

 幸さんの推察に、嬉一が感心する。

「……神楽先輩は、本当に腹黒い人だったのだろうか?」
「どうなんでしょうね?」
「真っ黒よ」

 真偽の程が今ひとつ定かではないので、誠の疑問には私も首をひねるしか無いのだけれど、妹の佳代さんはそう断言する。

「討論会の直後に馬鹿兄が送ってきたメールがこれよ」

 みなで佳代さんのスマホを覗きこむ。

『散々小細工を弄したのに、東城にしてやられた。(ー_ー;
 あの子狐め!(>o<#
 佳代、慰めておくれ。(;_;』

 一同、爆笑。
 っていうか、神楽様は顔文字使う人なのか。
 案外、可愛い所があるね。

「佳代ちゃんのお兄さんって、本当は面白い人なんじゃないの?」
「私もそんな気がしてきた」

 実梨さんと幸さんもそんなことを言い出す。

「まあ、裏表はあるけれど、結局うまく行かない人なのよね。そこが可愛いっていう人も……いないか」

 佳代さん、やはり神楽様にはどこまでも辛辣である。

「神楽先輩はおいとくにしても、冴子先輩はホンマ手ごわかったなー。キレイな顔してえげつなかったわ」
「本当に。私、もうダメかと思いましたわ」

 冴子先輩は公約にも討論にもほとんど隙らしい隙がなかった。
 冬馬がいなければ、確実に冴子様が当選していただろう。

「でも冬馬様の方が一枚上手でしたね」
「ああいう話の流れに持っていくとはね……」
「冬馬様GJ」

 3人組の言う通り、冬馬の地力を褒めるほかない。

「ところで当のとーまくんはー?」

 いつねさんが不思議そうに尋ねて来た。

 そう。
 冬馬は今日、お見舞いに同行していないのである。

「見事、生徒会長に当選した結果、忙殺されています」
「あー、そっかそっかー」

 討論会で一杯食わされたとあって、冴子様と神楽様が可愛がっているらしい。
 それはそれはみっちりと。

「さすがの冬馬くんでも、やはり最初は勝手が分からないことの方が多いでしょうから、しばらくは缶詰でしょう」
「アハハ。百合ケ丘初の1年生生徒会長さんも形無しだねー」

 とは言え、冴子様も神楽様も優秀な人だ。
 それほど長くはかかるまい。

「そういや、大将や冴子先輩は出馬の動機が何となく想像着くけど、神楽先輩の動機って何だったんだ?」
「知らないわよ。一番になりたかったとか、権力が欲しかったとか、どうせ下らない理由に決まってるわ」

 嬉一の疑問に佳代さんが肩をすくめる。

「まあ、百合ケ丘の生徒会長と言えば、それなりのステータスではあるな」
「受験には有利そうですね」
「確かに」

 誠や実梨さん、佳代さんが言うように、百合ケ丘の生徒会長と言えば、過去何人もの政治家や学者、企業人となった有能な人ばかりだ。
 当然、大学受験や就活にも大きく影響してくる。
 出馬動機としてはやや不純かもしれないが、現実的という見方もできる。
 実際、神楽様は狸かもしれないが、優秀な人物ではある訳だし。

「ともあれ、みんな選挙お疲れ様ー! これお父さんから貰ったからみんなで食べよー?」
「お。村上のクッキーやん。美味そ」

 そう言えばいつねさん、遠足の時も村上のクッキーを持ってきてたな。

 村上は正式には村上開新堂という明治7年創業の老舗洋菓子店である。
 日本洋菓子の草分け的存在で、今日に至るまで妥協のないお菓子作りを続けている。

 ちょっとレトロな感じの味付けが多いので、実は好みは分かれる。
 昨今のバターたっぷりのクッキーとは少し違って、小麦粉の味が少し強いし少し固め。
 それでも、ショートニングを使わないなど、色々なこだわりを持って作られており、親子何代ものファンは多い。

 また、当然ながら高級店で、一番小さい缶入りクッキーでも5000円を超える。
 一見さんお断りであることもあって、ここのクッキーは贈答品にすると価値が分かる人には大変喜ばれる。

「私たちもお見舞いの品を用意して来ました」
「えっ? そんな。いいのに……」

 恐縮するいつねさんだが、むしろ前回、前々回と手ぶらで来てしまった私が悔やまれるくらいである。
 もっとも、最初はお見舞いの品が頭に浮かぶ余裕などかけらもなかったのだが。

「私は塩瀬のお饅頭ですわ」

 これも仁乃さんが遠足の時に持ってきていた。

 塩瀬は日本でも最も古い和菓子店と言われている。
 創業はなんと室町時代初期の1349年。
 ここの本饅頭はかの徳川家康にも献上されたとか。
 今では宮内庁御用達ともなっている和菓子の名店である。

 今日仁乃さんが持参したのは、日持ちしない当日売り切りの本饅頭ではなく、箱詰めの志ほせ饅頭。
 これは皮に小麦粉を一切使わず、上新粉(米粉)と山芋(大和芋)だけでつないだ、正統の薯蕷饅頭じょうよまんじゅうである。
 薯蕷饅頭は上用饅頭とも書き、その店のレベルが分かると言われるほど、シンプルなのに基本を問われるお菓子。
 総合的な技術とセンスが問われるため、職人の技量が現れるのだ。

 ちなみに、私たちがいつお見舞いの品を用意したかといえば、ほんの数日前である。
 家の者に頼んだり、通販を利用したりして用意した。

「うわ。こんないいものー。ありがとー。みんなもどうぞー」

 そこそこ数があったので、いつねさんの好意でみんなで頂く。
 さすがに美味しい。

「わいはツッカベッカライ カヌヤマのザッハトルテやな」

 バイオリニストのナキらしいチョイスだ。

 カヌヤマはオーストリア国家公認コンディトールマイスター、つまり菓子職人の最高位を取得した、栢沼かぬやま みのる氏の洋菓子店である。
 日本でこの資格を持っているのは氏ただ一人。
 店頭販売も行っているが、あまりの人気に毎日品薄な状態が続いており、事実上電話予約は必須である。

 ザッハトルテは音楽の都市ウィーンの伝統的なチョコレートケーキ。
 チョコレートのスポンジにアプリッコットのジャムがかけられ、この店ならではの特別なチョコレートでコーティングされている。
 オプションの生クリームも添えられていて、これがまた美味しいのだ。
  
「ザッハトルテ大好きなんだー。まさか入院していて食べられるとは思わなかったよー」

 いつねさん大喜びである。
 こちらも切り分けてみんなで頂いた。

「俺はこれだぜ!」

 嬉一が用意してきたのはちょっと見慣れないお菓子だった。
 蓋に「これでよしなに」と書いてある。

「開けてみ?」

 いつねさんが蓋を開けると、中には小袋に入った平たいものが20枚ほど。
 袋を破くと――。

「わ。これ面白い」

 小判の形をした瓦せんべいが出てきた。

「これでよしなにって、越後屋とお代官様的なあれですか……」
「そそ」
「あはは。きーくんお主も悪よのう」
「うわははは。五和様こそ」

 2人して定番のやりとりをしてひとしきり笑う。
 それにしても、ユーモアが効いていて楽しくなる品だ。
 やるな嬉一。

「あと仁乃とナキ。病院のお見舞いに生菓子は本当はダメだぜ?」
「あ。そうなん?」
「失礼しましたわ」
「でも、美味しかったし、あたしは嬉しかったよー」
「ま、バレなきゃいいか」

 看護師さんたちに見つからないように、みんなで証拠隠滅に励んだ。

「私たちからはこれです」
「あんまりひねり無いけどね」
「まあ、気持ちってことで」

 実梨さんたち3人組が用意したのは、プリザーブドフラワーのバスケット。
 プリザーブドフラワーは、生花や葉を特殊液の中に沈めて水分を抜いたもの。
 誤用としてブリザードフラワーと言われることもあるが、preserved flowersなので、プリザーブドが正しい。

「わー、綺麗。ありがとー」

 お花はお見舞いの品としては定番だけれど、取り扱いが結構面倒だったりするものだ。
 その点、プリザーブドフラワーなら、水を与える必要がなく生花のような短期劣化もないことで、お見舞いのお花としてはうってつけである。

 お見舞いのマナーに従って、血が連想される赤い花や、香りのきつい花、シクラメンなど語呂の悪い花(「死」+「苦」なので、縁起が悪い)などは丁寧に避けられている。
 バスケットなので花瓶も必要ないところにも、3人の細やかな心遣いを感じる。

「俺はこれを持ってきた」

 誠が取り出したのは小型のMP3プレイヤー。
 うるさくなり過ぎないように音量を絞ってスピーカーモードにすると――。

「あ。これひょっとして?」
「ああ。学園祭でやった曲だ」

 誠が作曲したChangeを録音したものだ。

「おー。いずみんの歌も入ってる」
「インストも入れておいたが、やはり和泉の歌が入っていないとな」
「うんうん。まこ君は分かってるねー」
「私は正直ちょっと恥ずかしいです」

 この為に何回も録り直しさせられたのだ。
 いや、いつねさんのためならそれくらいの労は何でもないんだけれど、やはり自分の歌を聴かれるというのは恥ずかしい。

「早く良くなるといいな。退院したら、生で聴かせてやる」
「うん! 楽しみにしてる!」

 で、最後は私なのだけれど――。

「私はこれです」

 鞄から数冊のノートを取り出していつねさんに渡す。

「うわ。これ凄い」
「何や?」
「何が書いて有りますの?」
「学校の授業のまとめノート、いずみん版だよー」

 いや、別にどこも凄くない。
 むしろみんなの気の利いたお見舞い品に比べたら申し訳ないくらいだ。

「凄くカラフルですね」
「色別に重要事項とかコツがまとめられているのね」
「これ私も欲しい」

 3人組がノートをのぞきこんでそんな風に評した。

「一応、自習はしてるけど、やっぱり分からないとことかあるから、本当に助かるー。ありがといずみん、愛してる」
「お粗末さまでした。それから、これを預かってきました」

 私は先程よりも少し分厚い紙束を渡した。

「! これ……」
「演劇部の次の台本だそうです」

 Romeo and Juliet――ロミオとジュリエット。
 ギリシャ神話のピュライモスとティスベを元に、かのシェイクスピアが作った有名な戯曲である。

「部長さんからの伝言です。お前のジュリエットが見られることを心待ちにしてる――だそうです」
「部長が……」

 いつねさんは台本をぎゅっと胸に抱いた。

「みんな、いつねさんが元気になるのを待っていますよ。私も…………寂しいです」
「! ――いずみん……」

 いつねさんの表情が一瞬崩れた。
 けれど――。

「ありがとー、いずみん。ありがとーみんな。あたし、頑張るね!」

 春のひなたのような微笑みで、いつねさんはそう言った。
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