上 下
62 / 84
第3章 高校1年生 2学期

   閑話 タヌキは何を化かしたか。

しおりを挟む
 加藤 神楽視点のお話です。


◆◇◆◇◆


「冬馬君、それはこう処理した方がいいよ」
「それだと遠回りじゃないですか?」
「一見そうなんだけど、事後の処理が楽だから、長い目で見れば神楽君の言うやり方の方が早いのよ」
「なるほど」

 生徒会選挙を終えた初めての日曜日。
 冴子、冬馬、僕の3人は食堂に集まっていた。

 休日返上で生徒会の仕事を冬馬に叩き込んでいる。

「ちょっと休憩いれましょうか。いくら冬馬君だって一度に全部は覚えきれないでしょうし」
「オレはまだいけます」
「無理は良くないよ。少し集中力が切れてきているようだからね。それに僕も少し疲れたよ」

 まったく、面倒だ。
 でもこれも全て佳代のため。

 そう。
 全ては佳代のためなんだから。

「時に冬馬君。一条 景宗なる人物を知ってるかい?」
「!? どこでその名前を」
「先日、ちょっとしたことがあってね」


◆◇◆◇◆


 それは生徒会選挙の立候補期間中の、とある休日のことだった。
 僕のスマホに佳代の写真付きで呼び出しのメールが送られてきた。
 文面に従って校外の指定された場所へ行くと、その男は現れた。

「加藤 神楽君だね?」
「貴方は?」
「ボクは一条 景宗。まぁ、ボクのことはどうでもいい。キミに『お願い』したいことがあって来たんだ」

 何がお願いだ。
 佳代の写真など使って、完全に脅迫じゃないか。

 景宗なる人物は得体のしれない男だった。
 40代にも20代にも見える整った容姿。
 恐らく、口元に浮かんだ無邪気な笑みが原因だろう。
 
 そして、底の知れない昏い瞳。

 僕の本能が訴えている。
 この男は危険だ。

「うかがいます」
「なーに簡単だよ。一条 和泉に危害を加えて欲しい。方法はこちらで用意するから、キミはその通りにしてくれればいい」

 一条家の関係者だろうか?
 それにしては、同じ家の者に危害を加える事を望むとはどういうことだ?

「事情をうかがっても?」
「いやいや。それはキミが知るべきことじゃないよ」

 景宗は愉快そうに笑っている。
 僕も笑顔の仮面を使うけれど、この男のそれは僕のそれより一層不気味だ。
 目が全く笑っていない。

「断ったらどうなりますか?」
「そうだねぇ……。キミの妹さんは確か佳代ちゃんと言ったっけ?」
「佳代に危害を加えると?」
「さぁ? ご想像にお任せするよ」

 笑みが深くなり、瞳に宿した闇もまた一層暗くなる。
 この男、本気だ。

 たしか夏休みの終わり頃から、一条 和泉の周りにはきな臭い噂が立っていた。
 佳代も脅迫の手紙を受け取ったと言っていたし。
 十中八九、この男が首謀者……でないにしても、関係者であることは間違いない。

 さて……どうしようか。

「一条 和泉の周りは、今、一条家の他に東城家の者をはじめ、何重にもガードが敷かれています。それを突破して危害を加えるのは難しいと思いますよ」
「んー。そうだねぇ。あの子も結局失敗してくれちゃったしねぇ……」

 あの子?
 誰のことだ?

 いや、今は時間を稼がなければ。

「外堀から埋めていくのはどうでしょう?」
「というと?」
「東城 冬馬が今年の生徒会長に立候補しています」
「……続けて」
「彼が当選すれば、東城家の百合ケ丘への影響力は確実なものとなります。自然、一条 和泉に危害を加えるのは更に難しくなるでしょう」
「そうだね」

 今でも学園に対する東城家の力は相当なものだが、まだ有力出資者という立場でしか無い。
 彼が生徒会長に当選すれば、東城家の影響力は直接的なものとなる。

「彼が生徒会長になるのを阻止します」
「どうやって?」
「僕が対抗馬として立候補します」
「へぇ? 勝てるの?」
「負けられない理由が出来ましたから」
「あっはは! そりゃそうだ!」

 景宗は本当に愉快そうに笑った。
 しかし、目は昏い闇を湛えたままだ。

「しかし……。やけに素直だねぇ? そんなに妹さんが大事かい?」
「ええ。この世の何よりも」
「あっはは! いいねぇ。キミはボクに近いものを感じるよ」

 一緒にするな、クズが。

「だからこそ、信用ならない。ボクのことを他言したら、学園内にいるボクの『駒』が妹さんに何をするか分からないからね?」
「ええ」
「それと、ちょっとボディーチェックさせて貰おうか」

 くっ……!
 ポケットに潜ませていたスマホを奪われ、僕はほぞをかんだ。

「……やっぱりね。会話を録音してたか。キミも相当のタヌキだね」
「……」
「でも、甘い。これで分かったろう? キミはまだまだ子どもだ。子どもは大人の言うことを聞くものだよ」
「……はい」
「じゃあ、選挙が終わった頃にまた会おう。精々、頑張ってね」
「はい」


◆◇◆◇◆


「あの野郎……。神楽先輩にまで」
「あれほど怖い思いをしたのは久しぶりだったなあ」
「それで、結局どうしたの? 約束は果たせなかったんでしょう?」
「まあね」

 結局、選挙には敗れた訳だし。

「喋っていいんですか? 生徒会室ならまだしも、ここ食堂ですよ? 景宗の配下がこっちを窺っているかもしれないのに……」
「大丈夫。もう手は打ったから」


◆◇◆◇◆


「負けたみたいだね」

 前と同じように僕を呼び出した景宗は、心底おかしそうに笑いながら言った。

「最善は尽くしました」
「大事なのは結果さ」
「……」
「まぁいい。次の手を考えよう」

 今度は何だ?

「次の手?」
「そう。周りくどいことはなし。キミ、一条 和泉を乱暴してよ」
「!? そんなこと、出来る訳が――」
「出来るできないじゃない。やれって言ってるんだよ」

 強気で来たな。

「断ったら?」
「おや? キミ程度の頭でも、それくらいの結果は分かるんじゃないかい?」
「……」
「何よりも大事な妹さんなんだろう?」
「……」
「返事は?」

 完全に僕を見下した目だ。
 気に食わない。

「――る」
「うん?」
「断る」
「……ふーん? 妹さんがどうなってもいいんだ?」

 僕は制服の胸ポケットからICレコーダーを取り出した。

「会話を録音しました」
「馬鹿だなぁ。既に見破られた手を使うなんて」
「これにはwifi機能が付いていましてね?」
「!?」

 景宗の顔に一瞬動揺が走った。

「キミ……」
「すでに会話は転送されています。これを取り上げたって無駄ですよ」
「……」
「やれやれ。散々困らせてくれましたけれど、貴方程度の頭でも、もうどうなるかお分かりでしょう?」

 僕は勝ち誇った笑みを浮かべた。

「やるね……。一度承諾するふりをしたのは、それを手に入れる時間を稼ぐためか」
「ついでに言えば、妹に懸想している輩を排除するのにも利用させて貰いました。妹は僕のものですから」

 弥彦のことだ。
 何を血迷ったか、あの猿は佳代に惚れたらしい。
 僕に仲介を頼むなんて言ってきやがった。

 まぁ、佳代の溢れすぎる魅力がいけないんだけれど。
 あんな粗暴な奴、佳代にはふさわしくない。
 佳代の目の前で暴れさせてやったから、これで万が一にも猿に佳代がなびくことはないだろう。

「さて、警察に行きましょうか?」
「……」
「どうしました?」
「あっはは! キミいいね! 最高だよ! やっぱりキミはボクに似てる!」
「クズが。一緒にするんじゃない」
「あー、ダメダメ。仮面は最後までかぶり続けなきゃ」

 ちっちっと立てた人差し指を左右に振る景宗。

「面白いキミに免じて、妹さんからは手を引いてあげるよ。じゃあね」
「待て。こっちには録音が――!」
「構わないさ。それくらいのスリルがあった方が面白い」
「なに?」

 この男は一体何を……?

「これはゲームさ。楽しいゲーム。さて、ボクは勝つかな? 負けるかな?」

 手をひらひらと振って、景宗は立ち去った。


◆◇◆◇◆


「と、言うわけさ」
「……危ない橋を渡りましたね」
「無茶するんだから……」

 確かに危なかった。
 自分より優れていると思った男に会ったのは初めてだ。

「で、冬馬君には協力をお願いしたい」
「協力?」
「和泉ちゃんや佳代を、あの男から守る協力さ」
「それは構いませんが……」
「良かった。生徒会でのフォローは任せてくれていいよ。ああ。これ、最後に会った時に録音した景宗の声」

 これが何かの手がかりになればいいけど。

「預かります。警察や学園にも手を回しましょう」
「頼むよ」

 冬馬の力を借りるのは癪だけど、使えるものは何でも使う。

 そうさ。
 例え相手が誰であろうと。

 佳代は僕が守るんだから。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...