44 / 83
二章
43話 戸惑い
しおりを挟む
そして、会話していても変なことがある。
特に何をするわけでもなく、ただピングの顔をじっと見つめてくる時があるのだ。
端正な顔に意味もなく見られていると居心地が悪いことをピングは知った。
「……私の顔に何かついてるか?」
「はい。青空を宝石に閉じ込めたみたいな瞳がついてますね」
甘い微笑みを浮かべて、ピングを真っ直ぐと見つめながら、歯の浮くような台詞が次から次へと形の良い唇から流れてくる。
日によっては髪の煌めきを褒め、声の心地良さを褒め、指の仕草の美しさを褒め。
さすがにピングが訝しんで、
「お前、頭でも打ったのか?」
と、眉を顰めても。
「俺は正気です。常々そう思ってました」
などと頬を撫でながら言ってくるのだ。
「聞いたことないぞ!」
勢いよく払いのけたが、触れられた頬は桜色を通り越して深紅の薔薇のようになっていた。
アトヴァルに向けていた下心全開の視線や言動とも少し違う。
まるで口説かれているようで、勘違いしそうになる。
(女性しか好きにならないくせに揶揄って……)
その都度ドキドキするこっちの身にもなって欲しい。舞い上がりそうになるのを押さえつけるのに必死だ。
回廊に無遠慮な足音を響かせ、生徒と生徒の間を縫い歩き、軋む胸を腕に抱えた本で抑える。
幼いころからずっと一緒にいて、ティーグレを恋愛対象だと思ったことはなかった。
失恋やアトヴァルとの直接的な喧嘩、魔法薬準備室での触れ合いに夢での温もり。全てがピングを混乱させているに違いない。
ティーグレは乳兄弟で幼なじみで親友。
それ以上は求めてはいけないと心に刻み込もうとする。
考え込んで歩くピングの視界は、どんどん狭くなっていく。回廊を抜けて校庭に出た時、前を向いていても景色は霧がかかったようにぼんやりとしか見えていなかった。
だから、目の前に人が来たことに全く気が付かずにぶつかってしまう。
「わっ」
「おっと……! すまん、ぼーっとしとった……あれ」
「わ、私も……あ」
衝撃を受けて重い本ごとひっくり返りそうになった時、強い力で腰を支えられた。
顔を上げると、太陽の似合う褐色の肌と炎のような髪の美青年が至近距離で覗き込んでいた。見覚えのある顔に、ピングは目を瞬かせる。
相手もピングの顔を赤い瞳に映して破顔した。
「皇太子様やん」
「ローボ」
「ティーグレ様は?」
「ま、撒いてきた」
身体を離しながら、ピングは視線を泳がせる。
当然のように聞かれるほど、ティーグレはピングと一緒に居たということか。
「最近、見かけたときにはいつも一緒やったのに」
「そ、そうなんだ。ちょっと私も訳がわからない……過保護が加速してる」
今も教室を出るピングについてこようとしたティーグレが教師に呼ばれた隙に一人になったのだ。
いくらドキドキするからといって、今更一緒にいるのが嫌なわけではない。しかし最近はティーグレに手伝ってもらいすぎている。自分で出来ることは自分でさせてくれるが、助けてくれるタイミングが早い。
一体どうしたというのかと頭を悩ませているピングだが、ローボは顎に指を添えて納得したように頷いた。
「なんや遠慮しとるなーと思っとったけど……もう吹っ切って迫ることにしたんちゃう?」
「何の話だ」
「なんのって……」
真面目に首を傾げるピングに、ローボは目を丸くする。対照的な青と赤の瞳が見つめ合った。
瞬きの限界までそうした後、ローボはフッと口元を緩めて目を閉じる。
「流石に野暮やな。黙るわ」
ローボは何かを知っているのだとピングは察した。そういえばティーグレと一緒にいるところはほとんど見たことがないのに、話している様子は親しそうだった。
「ローボ、あの」
ティーグレの様子がおかしくなった理由を聞こうとピングは口を開きかけたが。
「ほんで、その本を抱えて温室か?」
サラリとピングのセリフを遮ったローボは、腕に抱えた植物の本をつっついてきた。聞いても笑って流されてしまうのだろうと感じたピングは、諦めて首を左右に振る。
「今日は森だ」
「一人で大丈夫か? 一緒に行ったるで」
学園の裏にある森は薬草や毒草、鉱石や魔石も採れる、魔術のための素材の宝庫だ。
学園としてはありがたい場所だが、危険もある。
奥深くには魔力を持った魔草や魔獣などもいるため、上手く対応出来ないと恐ろしい目に遭う可能性があった。ローボはそれを心配してくれているのだ。
まだ成績が基準に達していなかったピングは今まで一人で赴くことが出来なかったが、ようやく許可が下りた。
ローボの申し出はありがたかったが、一人で行ってみたいと言う気持ちも強い。
許可が下りてからも絶対についてきていたティーグレと離れたかった理由のひとつでもある。
「子どもじゃないんだ。ティーグレが居なくてもできるところを見せてやらないとな!」
「偉いやん。ほな頑張ってな」
「ああ、失礼する」
拳を握りしめてやる気を見せるピングを止めず、ローボはふわふわした金髪を撫でてから背中を押してくれた。
ピングは背筋を伸ばし、改めて森への足を踏み出した。
特に何をするわけでもなく、ただピングの顔をじっと見つめてくる時があるのだ。
端正な顔に意味もなく見られていると居心地が悪いことをピングは知った。
「……私の顔に何かついてるか?」
「はい。青空を宝石に閉じ込めたみたいな瞳がついてますね」
甘い微笑みを浮かべて、ピングを真っ直ぐと見つめながら、歯の浮くような台詞が次から次へと形の良い唇から流れてくる。
日によっては髪の煌めきを褒め、声の心地良さを褒め、指の仕草の美しさを褒め。
さすがにピングが訝しんで、
「お前、頭でも打ったのか?」
と、眉を顰めても。
「俺は正気です。常々そう思ってました」
などと頬を撫でながら言ってくるのだ。
「聞いたことないぞ!」
勢いよく払いのけたが、触れられた頬は桜色を通り越して深紅の薔薇のようになっていた。
アトヴァルに向けていた下心全開の視線や言動とも少し違う。
まるで口説かれているようで、勘違いしそうになる。
(女性しか好きにならないくせに揶揄って……)
その都度ドキドキするこっちの身にもなって欲しい。舞い上がりそうになるのを押さえつけるのに必死だ。
回廊に無遠慮な足音を響かせ、生徒と生徒の間を縫い歩き、軋む胸を腕に抱えた本で抑える。
幼いころからずっと一緒にいて、ティーグレを恋愛対象だと思ったことはなかった。
失恋やアトヴァルとの直接的な喧嘩、魔法薬準備室での触れ合いに夢での温もり。全てがピングを混乱させているに違いない。
ティーグレは乳兄弟で幼なじみで親友。
それ以上は求めてはいけないと心に刻み込もうとする。
考え込んで歩くピングの視界は、どんどん狭くなっていく。回廊を抜けて校庭に出た時、前を向いていても景色は霧がかかったようにぼんやりとしか見えていなかった。
だから、目の前に人が来たことに全く気が付かずにぶつかってしまう。
「わっ」
「おっと……! すまん、ぼーっとしとった……あれ」
「わ、私も……あ」
衝撃を受けて重い本ごとひっくり返りそうになった時、強い力で腰を支えられた。
顔を上げると、太陽の似合う褐色の肌と炎のような髪の美青年が至近距離で覗き込んでいた。見覚えのある顔に、ピングは目を瞬かせる。
相手もピングの顔を赤い瞳に映して破顔した。
「皇太子様やん」
「ローボ」
「ティーグレ様は?」
「ま、撒いてきた」
身体を離しながら、ピングは視線を泳がせる。
当然のように聞かれるほど、ティーグレはピングと一緒に居たということか。
「最近、見かけたときにはいつも一緒やったのに」
「そ、そうなんだ。ちょっと私も訳がわからない……過保護が加速してる」
今も教室を出るピングについてこようとしたティーグレが教師に呼ばれた隙に一人になったのだ。
いくらドキドキするからといって、今更一緒にいるのが嫌なわけではない。しかし最近はティーグレに手伝ってもらいすぎている。自分で出来ることは自分でさせてくれるが、助けてくれるタイミングが早い。
一体どうしたというのかと頭を悩ませているピングだが、ローボは顎に指を添えて納得したように頷いた。
「なんや遠慮しとるなーと思っとったけど……もう吹っ切って迫ることにしたんちゃう?」
「何の話だ」
「なんのって……」
真面目に首を傾げるピングに、ローボは目を丸くする。対照的な青と赤の瞳が見つめ合った。
瞬きの限界までそうした後、ローボはフッと口元を緩めて目を閉じる。
「流石に野暮やな。黙るわ」
ローボは何かを知っているのだとピングは察した。そういえばティーグレと一緒にいるところはほとんど見たことがないのに、話している様子は親しそうだった。
「ローボ、あの」
ティーグレの様子がおかしくなった理由を聞こうとピングは口を開きかけたが。
「ほんで、その本を抱えて温室か?」
サラリとピングのセリフを遮ったローボは、腕に抱えた植物の本をつっついてきた。聞いても笑って流されてしまうのだろうと感じたピングは、諦めて首を左右に振る。
「今日は森だ」
「一人で大丈夫か? 一緒に行ったるで」
学園の裏にある森は薬草や毒草、鉱石や魔石も採れる、魔術のための素材の宝庫だ。
学園としてはありがたい場所だが、危険もある。
奥深くには魔力を持った魔草や魔獣などもいるため、上手く対応出来ないと恐ろしい目に遭う可能性があった。ローボはそれを心配してくれているのだ。
まだ成績が基準に達していなかったピングは今まで一人で赴くことが出来なかったが、ようやく許可が下りた。
ローボの申し出はありがたかったが、一人で行ってみたいと言う気持ちも強い。
許可が下りてからも絶対についてきていたティーグレと離れたかった理由のひとつでもある。
「子どもじゃないんだ。ティーグレが居なくてもできるところを見せてやらないとな!」
「偉いやん。ほな頑張ってな」
「ああ、失礼する」
拳を握りしめてやる気を見せるピングを止めず、ローボはふわふわした金髪を撫でてから背中を押してくれた。
ピングは背筋を伸ばし、改めて森への足を踏み出した。
177
あなたにおすすめの小説
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる