暗闇の中で〜大学生アルファーは元ヤのつくオメガと生きていく〜

虎ノ威きよひ

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2話(颯太視点)

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 街頭が薄く照らす道路に、俺は土下座した。

「申し訳ございませんでしたっ! 責任取ります!」

 勢い良すぎてアスファルトについた手のひらが痛い。当然、全体重が乗っている脛も痛い。
 でも俺の肉体の痛みなんて、無理矢理番にされてしまったオメガの心に比べたらなんてことない。一瞬のことだ。

 目の前で車にもたれかかって気だるげに立つ男は、俺を見下ろして煙草に火をつけた。

「……責任、だぁ?」

 まるで「なんでそんなことを言うのか分からない」とでも言うような表情をしているから、俺は改めて自分のしでかしたことを口にする。

「初対面のオメガの方の頸を噛んでしまうなんて! なんて……俺はなんてことを!」
「あー、なるほどなぁ」

 相槌に反応して視線を上げると、煙草を咥えた男は乱れた黒髪を後ろに撫で付けて頷いていた。

 シルエットや触り心地でイカつめの男を想像していたけれど、街頭のおかげでようやく見えた顔はとても整っている。
 着痩せするタイプなのか、体格もオメガらしく中性的に見えた。

 第三ボタンまで外れて乱れた、真っ黒なワイシャツから覗く肌が異様に扇情的すぎる。直視したらまた俺の中のアルファーが暴れ出してしまう気がした。
 そんなわけにはいかないから、俺はまた顔を下げる。

 車の中でやりたい放題してしまった俺は、咽せ返るほどのヒートフェロモンの中で一瞬だけ正気を取り戻した。その時になんとか常備している抑制剤を飲んで、相手にも飲ませたのだ。

 抑制剤が効いていても、ヒート中のオメガはアルファーにとって刺激が強い。お互い少し落ち着いてる間に、現状をなんとかしなければ。

 地面に額を擦り付けて考え込む俺の顎に、トントンの何かが触れた。それが革靴の爪先だと認識した時には、顎の下に潜り込んで顔を強制的に上げさせられた。

 上野颯太かみのそうたっつったか? 頸を噛んだからには、落とし前つけてもらわねぇとな」
「はい! 俺はあなたの番として」
「って、言いてぇとこだけど……違うよなぁ」

 体を起こした俺の言葉を遮るように、男の口元から紫煙が吐き出される。
 顎から離れる足も、煙草を挟む指の動きも、視線の流し方も、少し掠れた声も。
 どれもこれも大人の色気が漂っていて胸が脈打った。

 黒いスラックスのポケットに片手を突っ込んだ姿が絵になる男は、もう一つ息を吐いて俺を見据える。

「どう考えても兄さんは被害者だ。ヒート事故で責任なんざ、とらなくていい。番を解消しろ」

 道路で正座して言葉を待つ俺に告げられたのは、到底「応」とは言えない言葉だった。
 俺は首を勢いよく左右に振る。

「いえ! 事故だろうとなんだろうと……! あ! もしかして将来を誓った相手がっ?」
「居ねぇよ」
「なら、解消なんてできない」

 好きな相手が今いないのであれば、俺は番として俺を好きになってもらう努力をするだけだ。

 アルファーは番を何人も作ることが出来るし、自由に解消することもできる。
 でもオメガがアルファーと番になれるのは、一生に一度だ。
 俺が番を解消したところで、それは白紙にはならない。

「番解消なんて、そんなにサラッと言わないで……って、なに!?」

 俺の言葉を最後まで聞かず、彼は急にワイシャツのボタンを外した。
 スルリと肩からシャツが落ちていくのを見て、思わず顔を覆った俺だけど、数秒後に

「これ見てもそれが言えるか?」

 と言われたら見るしかない。
 俺はそろそろと顔から手を外して、目線を上げた。
 仄かな灯りの下に浮かぶ彼の背中を見て、目を見開き息を呑む。

「これ…………っ?」

 鬼のような目がこちらを睨んでいた。
 心臓が、今までとは違う音を立てて騒ぎ出す。

 肩甲骨が美しく浮く背中一面に描かれているのは、雷神だ。教科書に載っている屏風の絵に似た、雷神の刺青が彼の背中には彫ってあった。

 とてもお洒落でいれているとは思えない迫力に気圧されていると、彼は俺の反応に満足したのか口端を上げる。

「こういうわけだから、犬に噛まれたと思って忘れな」
「嫌です」
「あ?」

 即答した俺に、彼は細い眉を寄せる。

 言葉の意味が分からないわけじゃない。
 彼は一般的には関わってはいけない、危険人物なのだろう。

 それでも、忘れろなんて無理な話だ。

 アルファーとかオメガとか、本能的なモノだとか、色々理由付けは出来るだろう。でもそんなことはどうでもいい。理由なんて全て後付けだ。

 俺はあんなに何かを欲しいと思ったことはない。
 この人の全てを欲して手に入れたのだ。
 あの強い感情を、本能のせいだとかなんだとか都合のいい言い訳で否定したくなかった。

 俺は一直線に名前も知らない彼の瞳を見つめる。

「あなたは俺の番だ」

 ぐっと言葉に詰まったような顔で、俺の番は煙草を噛んだ。
 その拍子に灰が地面に落ちていく。火傷とかしたら危ないな、と思った俺は、立ち上がって煙草を口から取り上げる。
 小さく舌打ちされたけど、意外にも怒られたり取り返されたりはしなかった。

「とにかく、ヒート中に外にいるなんて危なすぎる。家に送ります」
「家、これだ」

 ちゃんと腰を据えて話そうと思ったのに、彼は車を親指で指し示した。

 いや、いったいどういうことだよ。これは車であって家ではない。幼児でも分かる。
 車を家だと言うということは、そのままの意味で受け取っていいのだろうか。家がないということなのか。

 俺が言葉を探している間に、相手の方が先に口を開いた。

「色々あって足を洗ってな。家なし文無し。ギリギリ車だけは手元に残ったってわけだ」

 全然笑い事じゃないだろそれ。
 何が面白いのか笑って肩を竦めている彼の手首を、俺は掴んだ。

「俺の家に行きましょう。すぐそこです」
「は?」

 長いまつ毛に囲まれた目を見開く彼を、俺は強引に車に乗せた。
 免許は俺も持ってるけど保険の関係もあったから、乗せてから運転してもらうって格好つかないことになっちゃったけど。
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