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光安と桃野の場合
終
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気を抜くと背中が見えなくなりそうだ。
(足、速いなー!!)
俺も足は速い方のはずなんだけど。
なかなか捕まえられないまま足を動かしていたが、だんだん人が少なくなってきた。
そろそろ行き止まりだ。
「つか、まえた……!」
進む先が無ければスピードを落とすしかない。
そうなってなんとか、細い手首を掴んだ。
「……! 離せ……っ」
腕を振り解こうとしても、力じゃ負けない。
俯いていて表情が見えない。
お互い、全速力だったから肩で息をしながら手を掴んでいるという妙な状態だった。
首元に汗が滲むのを感じる。
「桃野、こっちきて」
「……」
観念したらしく、大人しく腕を引かれてついてくる。
桃野はがむしゃらに走ったのだと思うが、運よく進路相談室が目に入る。
俺は部屋の中に誰も居ないのを確認して、「使用中」の札をした。
「ごめん!」
逃げられないように扉の前に立って、深々と頭を下げる。
「嫌だ! 聞きたくない!!」
壁を背にした桃野は、耳を塞いで目を閉じてしまった。
初めて聞く大声に一瞬体が固まる。
「桃野……本当にごめん。俺の話を聞いてくれ」
肩に手を伸ばすと、身を捩って避けられた。
これは、完全に嫌われた。
酷く取り乱している様子なのもあり、俺は拳を握りしめて一回黙った。
どう謝ればいいのか考える。
どう考えても傷付けた方が悪いのに、拒否されたショックで頭が上手く回らない。
重い沈黙が流れる。
そうしていると、耳元の手をゆっくりと下ろしながら桃野の方から口を開いた。
「……ごめん。謝るのは俺の方なんだ。罰ゲームだってことを知っていたんだ……」
「え……」
背中を力なく壁に預け、眉を下げた弱々しい表情が俺を見つめた。
「でも、お前のことが、好きだったから……」
驚くべき言葉が耳に入ってくる。
一体、何を言われたんだろう。
都合の良い幻聴だろうか。
桃野はその美しい両目を右手で覆う。
「転校してきた日に一目惚れして、それで…ずっと見てた。そしたら罰ゲームの話が聞こえて…知ってたけど黙ってた……」
桃野の声が掠れていく。
鼻が赤く色づいてきて。
「……少しだけ、夢見たくて……っ、少しのつもりだったんだ。でも...一緒にいたらもっと好きになって…終わらせたくなくてさっき逃げた」
手で覆われていた目元から、頬に涙が伝ってくるのが見えた。
「付き合わせて、ごめ」
俺は、何も言葉が出てこないまま抱きしめた。
泣いている人を目の前に、こんなに気持ちが舞い上がってしまうことがあるだろうか。
濡れた頬に片手を添え、そのまま唇を触れ合わせる。
しかし、ドン、と胸を拳で叩かれた。
涙でぐしゃぐしゃになった桃野が見上げてきている。身を捩っているが、本気で逃げようとしている気がしない。そのまま抱きしめ続けた。
「頼む、期待させるのは、もうやめ」
「ごめんな、告白、嘘だったんだ」
震える桃野の言葉を容赦なく遮って、ようやく伝えることができた。
告白した日から、ずっと言わないといけなかったこと。
好きになってから、言いたくなくなったこと。
でも、言わないと胸に引っかかって仕方なかった。
やっと言った。
まず、これが言えないと始まらない。
言えて気持ちが切り替わり、スッキリしている俺。逆に、桃野の目からは大粒の涙が先程よりも止め度なく落ちていく。
感情が表に出ない桃野が腕の中でしゃくり上げるほどに泣いていて可哀想なのに、俺のことが好きだから泣いているんだと思うと嬉しくなってしまって。
自分で思ってるより性格悪かったのかな俺。
どうにも口元が緩んでしまう。
「ごめん。……桃野って、泣いた顔も綺麗だな」
「ふざけるな……」
俺は親指で桃野の目元の涙を拭う。
すると、眉を寄せて睨まれた。しかも、今度こそ腕から逃れようとしているのが動きから伝わってくる。
そんな顔されても全然怖くないし、絶対離さない。
俺はめげずに強く抱きしめる。
肩が少し濡れる感じがした。
「好きだ」
「……! え……」
耳元で伝えると、腕の中の体の抵抗が一瞬止まった。
「本当に、好きになったんだ」
「同情はやめてくれ! 信じない…!」
動揺した声とともに腕を掴まれる。
引き剥がされるわけにはいかない。
なんとか、きちんと気持ちを伝えないとってそればかりだった。
「もうお前に、嘘つかないから」
暴れようとする体を壁に押し付けると、両頬を包んで再び唇を重ねた。
柔らかい感触と共に、少ししょっぱい味が舌に触れる。
お互いの吐息が混ざる程の近さで目を見つめる。
「桃野、好きだ」
「……ずるい……そんなのずるい……」
桃野の腕が首に回る。
泣き顔が近づいて来るのを受け入れる。
キスをしながら、本当に、俺はずるいなぁと思う。
後出しジャンケンみたいで申し訳ない。
だって、あんな話を聞いてしまったら、首を縦に振るまで離す気にならないじゃないか。
唇が離れると、濡れていつもより輝いて見える黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「好きです。俺と付き合ってくれ」
はっきりと、心からの気持ちを口に出す。
桃野は手の甲で涙を拭って鼻を啜る。
それから、今まで見たことないくらい明るく微笑んだ。
「俺で、良ければ……!」
光安と桃野の場合・終わり
(足、速いなー!!)
俺も足は速い方のはずなんだけど。
なかなか捕まえられないまま足を動かしていたが、だんだん人が少なくなってきた。
そろそろ行き止まりだ。
「つか、まえた……!」
進む先が無ければスピードを落とすしかない。
そうなってなんとか、細い手首を掴んだ。
「……! 離せ……っ」
腕を振り解こうとしても、力じゃ負けない。
俯いていて表情が見えない。
お互い、全速力だったから肩で息をしながら手を掴んでいるという妙な状態だった。
首元に汗が滲むのを感じる。
「桃野、こっちきて」
「……」
観念したらしく、大人しく腕を引かれてついてくる。
桃野はがむしゃらに走ったのだと思うが、運よく進路相談室が目に入る。
俺は部屋の中に誰も居ないのを確認して、「使用中」の札をした。
「ごめん!」
逃げられないように扉の前に立って、深々と頭を下げる。
「嫌だ! 聞きたくない!!」
壁を背にした桃野は、耳を塞いで目を閉じてしまった。
初めて聞く大声に一瞬体が固まる。
「桃野……本当にごめん。俺の話を聞いてくれ」
肩に手を伸ばすと、身を捩って避けられた。
これは、完全に嫌われた。
酷く取り乱している様子なのもあり、俺は拳を握りしめて一回黙った。
どう謝ればいいのか考える。
どう考えても傷付けた方が悪いのに、拒否されたショックで頭が上手く回らない。
重い沈黙が流れる。
そうしていると、耳元の手をゆっくりと下ろしながら桃野の方から口を開いた。
「……ごめん。謝るのは俺の方なんだ。罰ゲームだってことを知っていたんだ……」
「え……」
背中を力なく壁に預け、眉を下げた弱々しい表情が俺を見つめた。
「でも、お前のことが、好きだったから……」
驚くべき言葉が耳に入ってくる。
一体、何を言われたんだろう。
都合の良い幻聴だろうか。
桃野はその美しい両目を右手で覆う。
「転校してきた日に一目惚れして、それで…ずっと見てた。そしたら罰ゲームの話が聞こえて…知ってたけど黙ってた……」
桃野の声が掠れていく。
鼻が赤く色づいてきて。
「……少しだけ、夢見たくて……っ、少しのつもりだったんだ。でも...一緒にいたらもっと好きになって…終わらせたくなくてさっき逃げた」
手で覆われていた目元から、頬に涙が伝ってくるのが見えた。
「付き合わせて、ごめ」
俺は、何も言葉が出てこないまま抱きしめた。
泣いている人を目の前に、こんなに気持ちが舞い上がってしまうことがあるだろうか。
濡れた頬に片手を添え、そのまま唇を触れ合わせる。
しかし、ドン、と胸を拳で叩かれた。
涙でぐしゃぐしゃになった桃野が見上げてきている。身を捩っているが、本気で逃げようとしている気がしない。そのまま抱きしめ続けた。
「頼む、期待させるのは、もうやめ」
「ごめんな、告白、嘘だったんだ」
震える桃野の言葉を容赦なく遮って、ようやく伝えることができた。
告白した日から、ずっと言わないといけなかったこと。
好きになってから、言いたくなくなったこと。
でも、言わないと胸に引っかかって仕方なかった。
やっと言った。
まず、これが言えないと始まらない。
言えて気持ちが切り替わり、スッキリしている俺。逆に、桃野の目からは大粒の涙が先程よりも止め度なく落ちていく。
感情が表に出ない桃野が腕の中でしゃくり上げるほどに泣いていて可哀想なのに、俺のことが好きだから泣いているんだと思うと嬉しくなってしまって。
自分で思ってるより性格悪かったのかな俺。
どうにも口元が緩んでしまう。
「ごめん。……桃野って、泣いた顔も綺麗だな」
「ふざけるな……」
俺は親指で桃野の目元の涙を拭う。
すると、眉を寄せて睨まれた。しかも、今度こそ腕から逃れようとしているのが動きから伝わってくる。
そんな顔されても全然怖くないし、絶対離さない。
俺はめげずに強く抱きしめる。
肩が少し濡れる感じがした。
「好きだ」
「……! え……」
耳元で伝えると、腕の中の体の抵抗が一瞬止まった。
「本当に、好きになったんだ」
「同情はやめてくれ! 信じない…!」
動揺した声とともに腕を掴まれる。
引き剥がされるわけにはいかない。
なんとか、きちんと気持ちを伝えないとってそればかりだった。
「もうお前に、嘘つかないから」
暴れようとする体を壁に押し付けると、両頬を包んで再び唇を重ねた。
柔らかい感触と共に、少ししょっぱい味が舌に触れる。
お互いの吐息が混ざる程の近さで目を見つめる。
「桃野、好きだ」
「……ずるい……そんなのずるい……」
桃野の腕が首に回る。
泣き顔が近づいて来るのを受け入れる。
キスをしながら、本当に、俺はずるいなぁと思う。
後出しジャンケンみたいで申し訳ない。
だって、あんな話を聞いてしまったら、首を縦に振るまで離す気にならないじゃないか。
唇が離れると、濡れていつもより輝いて見える黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「好きです。俺と付き合ってくれ」
はっきりと、心からの気持ちを口に出す。
桃野は手の甲で涙を拭って鼻を啜る。
それから、今まで見たことないくらい明るく微笑んだ。
「俺で、良ければ……!」
光安と桃野の場合・終わり
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