【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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桜田と空の場合

八話

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 結局別れないまま週末を迎え、月曜日になった。

「土日は部活がある」って話を軽くしただけだったのに、終わってスマートフォンを見たら「校門」ってメッセージが来ててさ。
 凪って本当に俺のこと好きなんじゃないか? って錯覚する。
 顔だけでモテてるわけじゃないなこれは。
 
 昼休みに飯を食ってから、今は一緒に保健室のベッドでグダグダ中だ。
 保健室の先生は凪を見て、

「体調悪い子が来たらちゃんと代わるんだぞ~留守番は任せてあげる~」

 とか言って出てってしまった。適当すぎる。
 しかも、凪の後ろにいた俺は隠れて見えなかったのかスルーされた。ちょっと悲しいぞ。
 
 保健室のベッドは、簡素な見た目に反してふかふかと寝心地がいい。
 俺は先生が居なくなった瞬間にゴロンって横になったけど、凪はベッドの端に腰掛けただけだった。

「眠くなるなー……腹いっぱいだし……」

 口元に手を当てて欠伸をする。
 すると、無表情で見下ろしてくる凪が額を撫でてきた。俺の黒い短髪が揺れるのを感じる。
 意外にも温かく、優しい手つきが心地良い。そして、下から見てもイケメンはイケメンなんだなぁと、変なところに感心する。

「寝たらいいだろ。チャイム鳴っても起こさないけどな」
「いや起こしてくれよ!」
「お前が寝たら俺も寝る」
「あー……そりゃ仕方ないよなぁ……」

 寝てる奴がいたらつられるに決まってる。
 あやす様に額を動く手のせいか、本気で眠くなってきた。
 そうしているうちに、手がぽかぽかしてきて、本当にトロンと目を閉じた。ふわふわして気持ちいい。

 夢心地の中、ギシ、と凪が動く音がして。
 なんか少し暗くなったな、と思った時には唇に柔らかいものが触れていた。

 驚いて目を開ける。
 凪が俺に覆いかぶさってキスをしていた。

「……!」

 息を飲んだ音がしたはずなのに、凪の瞼は下りていて、目が合わない。
 慌てて起き上がろうとしたけど、それに気がついたのか、肩を緩くベッドに押さえつけられた。

 全く強い力ではないのになんでか抵抗出来ないままになってしまう。
 固まっている俺には構わず、凪は俺の唇を喰む。
 体全体の温度が上がって、ドクドクと脈打った。落ち着かなくて、両手に触れるシーツを握りしめる。
 
 でも、逃げようという気にはならなかった。
 目を閉じて、キスを受け入れた。
 なんか、嫌じゃないな。

「……っ、は……」

 名残惜しそうに、そっと唇が離れていった。
 熱い吐息が漏れる。
 
 上手く呼吸が出来なかったせいで、頭がぼーっとする。
 焦点の合わない状態で凪を見上げると、熱の篭った、切ない色をした瞳と視線が交わる。

 見た事のない凪の表情。
 いや。凪だけじゃない。
 俺は、俺をこんな目で見てるやつは初めて見た。
 胸がギュッと苦しくて、誤魔化すように手を伸ばす。

「ん、なぁ……凪、もっかい……」

 自分でもびっくりするくらい甘い声で強請りながら、肩に手を置いて引き寄せようとする。
 凪は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにまた、目を閉じて顔が近づいてくる。

「……ふ、ぁ……」

 俺の頭の下に手を入れて、角度を変えて何度も何度も柔らかい口付けを繰り返す。

(気持ちいい…)

 初めての感覚に気持ちが盛り上がって、首に腕を絡ませた。すると、上半身が密着するとともに濡れた舌が唇をノックしてくる。
 
(…あ、ここ…保健室…)
 
 つられて唇を薄く開いた時、かすみがかった思考の中で今いる場所が頭を過ぎる。
 ここは学校の保健室だ。
 保健室で、ベッドの上で、キスしているなんて。
 
 舌が触れ合うか触れ合わないか、というその時。
 俺は思わずパッと凪から顔を離した。
 
 そして、頭に浮かんだことを浮かんだままに声を発する。

「あー! このシチュエーションはあれだ! ラブシーン突入の!」

 保健室なんて、夜にこっそり見る動画の中でよくある題材だ。
 
 そんな俺の声に驚いたのか、体を引いた凪。
 その顔は頬が紅潮していて色っぽく見えた。
 だけど、先程とは打って変わって完全に萎えた色をしてしまっていた。

「いや、お前。さすがに色気なさすぎだろ」
「……ご、ごめんつい……」

 謝りながら、だんだん正気に戻ってきた。
 先ほどまでの凪とのキスを思い返す。

 温かくて、優しくて、心地良くて。
 嘘の告白をしたときにされたのとは全然違った。
 
 改めて、鼓動が高鳴る。
 
 さっきまでノリノリだった自覚があるのに、急激に恥ずかしくなってきた。
 俺は、赤くなっているであろう顔を隠そうとして布団を顔までひっぱり上げる。
 座っている凪がバランスを崩して、慌てて立ち上がった。
 
 溜息混じりの声が聞こえてくる。

「……なんなんだお前……」
「ちょっと、我に返っちまった……!」

 温かい布団の中が、俺の息で温まってどんどん熱くなってくる。

「嫌だったってことか?」
「違う……!! 違うけど!」

 ワントーン低くなった声には必死で否定の声を上げる。
 むしろ、全然嫌じゃなかったのが不思議でたまらなくて。それで俺は大混乱中なんだ。
 いつもだったらさっきみたいにそのまま言ってしまうのに、上手く言葉にならなかった。
 布団のせいか他に原因があるのか、息が苦しくてたまらない。

「とりあえず、ツラ見せろ」
「……! あ!」

 言葉とともに、強い力で布団が剥ぎ取られる。
 温度差で冷たく感じる空気が、少し汗ばんだ顔に触れる。
 
 凪は、俺の顔を見て固まった。
 
 布団が無くなっても、顔どころか手足の先まで真っ赤になってるんじゃないかってくらいに熱い。
 みっともない顔してんだろうなって思っていると、再び布団を頭からかけられた。

「ぶふっ」
「……先、教室戻ってる。鏡見ていつものツラになってからお前は戻れ」

 そう言い残すと、凪は布団の上から軽く俺を叩いて、本当にひとりで行ってしまった。

「……俺、今そんなにヤベェ顔してんのかな……」

 ひとりきりになってしまった俺は、保健室の天井を見上げながら寂しく呟いた。
 凪の動揺したように揺れる瞳を思い返すと、なんでか分からないけど、やっぱり胸がキュッとした。
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