【完結】青春は嘘から始める

虎ノ威きよひ

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桜田と空の場合

七話

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「お疲れー!」

 サッカー部の仲間に手を振って、俺は校門へ走った。
 既に校庭を駆け回っていてヘトヘトなはずなのに、今はなぜか身体が軽い。

 薄暗くなった学校の敷地内では、他の部活の生徒も帰り始めているところだった。
 校門に近づくにつれて、通る人のほとんどがチラチラとそこに立っている生徒を見ながら通り過ぎるのが分かる。
 俺は躊躇なく、少し離れたところから手を振った。
 
「おーい! 凪! お待たせー!」

 声に反応して、スマートフォンを弄っていたらしい凪がすぐに顔を上げた。校門横の壁にもたれ掛けていた背を離して、目線を真っ直ぐこちらに寄越す。
 駆け寄っていくと、俺が隣に着くのを待ってから歩き始めた。
 
 そう。放課後、一緒に帰るようになったんだ。
 別にそうしようって約束したわけじゃなかったんだけど。
 コンビニで買い食いした次の日から、練習が終わる頃になると「校門」とだけ連絡用アプリに送られてくるようになった。

 凪が楽しんでいるかはよく分からないけど、サッカーとか食べ物とか、俺になにかしらの話題を振っては適当な相槌を打って聞いてくれる。
 ほとんど話してるのは俺だ。
 それがなんだか不思議と居心地がいい。

 身長差があるにも関わらず、凪はいつも俺のペースに合わせて歩いてくれて、自然とこっちを見てくれている。
 みんなより早歩きしないといけないことが多い俺は、そういう気遣いはすぐ分かる。
 女の子と歩くことが多いと自然にそうなるのかな。モテる男は違うな。

 でも、練習が終わるのは毎日遅くなるし申し訳なさもある。
 同じサッカー部の奴らも、彼女が運動部じゃない場合は一緒に帰るのを諦めることも多い。

 俺は、今日の数学の時間に寝てたら当てられて笑うしかなかったって話を一旦切って、ポケットに手を突っ込んで歩く金髪美形の横顔を見上げる。

「今更だけどさ、本当に待たなくていいんだぞ? 遅いし」
「暇潰してからきてる。待ってない」

 なんでもないことのように言ってるけどさ。部活が終わるまで時間を潰して、またわざわざ学校に帰ってきてるってことだろ?
 面倒だと思うんだよ。
 でもそれがなんだか嬉しくて、口元がむずむずするのを抑えられずにニヤけ顔になってしまう。

「それ、待ってるって言わないか?」
「恋人、だろ?」

 俺に近い方の手が伸びてきて、頭を撫でてくる。

「え、いや、うんまぁそうね……」

 手の動きは心地よかったが、恥ずかしくなって目線を隣から前へと逸らす。
 これじゃ本当に恋人みたいだ。
 そういうこと言って決まる男になりたい人生だった。

 氷のようだと思っていた声も表情も、短い期間ですっかり柔らかくなっている。
 凪がたった数日で変わったのか、俺が慣れてきてそう感じているだけなのか、分からないけれど。
 
「ヤりたいだけだ」とか最悪最低なこと言ってたのに、恋人との時間を大事にするやつだったのかー。
 感心しながら改めて目線を上げると、ふと、頭から離れていく手を見て気がついた。

「なんか手、怪我してないか?」

 手の甲が赤くなっている。

「ああ、まぁ……ちょっとな」

 珍しく歯切れの悪い返事に、何か後ろめたいことがあるんだと流石に察しがついた。
 逃がさないように、再びポケットに戻ろうとする手首を掴む。

「もしかして、喧嘩か?」
「……」

 真っ直ぐ見つめると、無言でふいっと目を逸らされた。

 この辺で喧嘩してる奴らとか見たことないし、女遊びの激しいファッションヤンキーかなって思ってたんだけど。どうやら喧嘩に明け暮れてるって噂も嘘でもないらしい。
 すごいな、本当に漫画やドラマの登場人物みたいだ。
 でも、これはいただけない。

「他に怪我、してねぇの?」

 手に目線を落とし、少し責めるような口調になっているのを自覚しながら、凪が気まずそうに頷く空気を感じる。じっと傷を観察すると、何かに強くぶつけて擦ったような、そんな傷だった。

 大したことはなさそうだ。
 絆創膏を貼ったりしなくてもそのままで大丈夫だろう。

「ま、このくらいなら、舐めときゃ治るかな」

 俺は安心して、笑って手を離した。
 すると、手は下に降りていかず、何故か口元に持ってこられる。
 意味がわからなくて、その手の甲を見つめて怪訝な顔をしてしまった。

「ん?」
「ここは舐めるとこだろ」
「ああ、そういやそうか……って、やるわけねぇだろ!」

 真顔でサラリと言われた言葉に、ノリで舌を出してからツッコミを入れた。
 冗談なのか本気なのか分かりゃしねぇ!
 確かに、漫画とかでそんなシーンを見たような気がしないでもないけど!

「残念だ」

 そう言って、空は自分で傷を軽く舐めた。
 思わず赤い舌の動きに目を奪われる。
 でも、怪しげに細められた目が俺を見てるのに気がついて、無理やり視線を逸らした。
 
 なんかちょっと、胸がザワザワする。
 月並みだけど、喧嘩はやめとけとか、言うつもりだったのに。

 なんだか急に言葉が喉につっかえて、何も言わずに隣を歩いた。
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