【完結】青春は嘘から始める

虎ノ威きよひ

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桜田と空の場合

九話

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 昼休みの後は大変だった。

 凪とのキスのことばっかり考えてしまって、授業なんて全く耳に入ってこなかった。元々、ほとんど聞いてないんだけどな授業。
 それだけならまぁまだ許容範囲だ。
 でも、やっぱり思い出すと顔から火が出そうというか、とにかく恥ずかしくなってしまう。

 なのに、完全に頭はキスに占拠されている。
 気持ち良かったとか、ドキドキしたとか、いつも以上に凪がキラキラして見えたとか。
 謎なことが多すぎる。

 俺は終いには沸騰しそうな頭を抱えて、勢いよく机に額をぶつけた。
 
 そんなんだから、放課後の部活は散々だった。
 いつもなら頭を真っ白にしてサッカーに集中出来るのに。調子が悪すぎて皆に心配された。

 しかし驚くべきことに。
 最後の方に校庭の隅に姿を現した凪が目に入ると、一変した。
 いつもなら校門で待っているはずの凪が、わざわざ来てくれた。
 そう思ったら、良いところを見せたくて。
 少しの時間だったけど集中できたんだ。
 我ながらゲンキンだよなー。
 
 遠目で凪の表情はよく見えなかったけど、ちょっとはカッコいいって思ってくれてないかなぁなさそうだなぁ。
 
「お疲れ桜田。さっきのいい動きだったな」

 着替える為に部室に移動すると、後ろから声を掛けられた。
 振り返ると、坊主とまではいかないが、短くさっぱりした黒髪の男前が立っていた。

 日焼けした肌、生真面目そうな凛々しい眉、相手に好印象を与える爽やかな雰囲気。加えて長身。

 俺たちが嘘告白のターゲットにしたモテモテイケメンのうちのひとり。
 野球部主将の土居誠一どいせいいちだ。

 そういえば杏山あんずが告白して、OK貰った後にそのまま付き合ってるんだった。
 俺が言うのもなんだけど、そんなことあるか?
 数多の女の子が、野球を理由に玉砕してるって噂なのに。

 他の部員には先に部室に入ってもらって、俺はちょっとだけ土居と話すことにする。
 
「土居もお疲れ! 野球部も遅くまで大変だな!」
「どこも夏に向けて頑張ってるからな」

 俺が向き直って話す姿勢を見せると、土居は片手を腰に当てて、帰る準備をしている他の生徒たちを見渡す。
 それだけで様になる。

 所々が土で汚れた野球のユニフォームを着ていても、格好がいいなぁ。誤魔化せない服だからこそ、スタイルが良いのがよく分かる。
 凪と身長が近いから、見上げる角度が同じくらいだななんて、関係ないことも考えてしまう。

 勝手に凪と重ねていると、不意に真剣な目になった土居が俺を見下ろす。
 ちょっと緊張しているように見えて、なんだろうと身構えてしまう。
 
「あの、桜田って杏山きょうやまと仲良かったよな?」
「え、あ、お、おう」

 後ろめたい気持ちがあるせいか、杏山あんずの名前が出て飛び上がりそうだった。
 よく考えたら、土居がわざわざ俺の名前を呼んで声をかけてくるなんて、何か用事があったに決まってる。
 お互い見知っているから話すのは違和感ないけど、基本的にはグループが違うしな。

「どこでバイトしてるか知ってるか?」
「ああ、知ってるぞ! ……なんでだ?」

 意外と普通の質問でほっとした。
 そのくらいなら本人に聞けばいいのに。
 首を傾げると、土居の口元がふわりと弧を描いた。

「終わるって言ってた時間に間に合いそうだったら迎えに行こうかと思って」
「今からか!?」

 もう空は星が瞬いている。
 こんな時間に、しかも体を全力で動かしてクタクタだろうに。
 土居は、わざわざ会いに行くと言っているんだ。

 大きなリアクションをとった俺に、今度は土居が目を丸くして首を傾ける。
 本当に、何に驚いているのか分からないという不思議そうな表情で。

「変か?」
「変っつーか……なんで?」

 俺は同じ言葉を繰り返した。
 場所を答えたくないなんてことは全くなかったんだけど。分からなすぎてついつい問い詰めるような言い方になってしまった。

「なんで、って……」

 土居は困ったように口を閉じた。
 言葉を探しているのか、目線を泳がせて顎に手を添えている。
 まるで、本当にどうしてそうしようと思ったのか分からないみたいだ。
 しばらくそうしてから、ようやく口が動く。
 
「会いたい、から?」
 
 そう言ってはにかんだ。
 女子が見たら恋心を一突ひとつきにされそうだな。
 
 あと。
 罪悪感がすごい。
 杏山あんずに、告白が嘘だったって言う時には心して伝えるように後で連絡しよう。
 俺も一緒に謝った方がいいな絶対......。
 
 でもなんでだろう。
 すごく杏山あんずが羨ましい。
 そう感じながら、凪がいる方へ視線をやった。
 
 あれ、そういえば凪も、いつも遅くまで待ってくれてるな。
 昼なんか、キスもしてきたし。
 もしかして、俺に会いたいとか、思ってくれてるんだろうか。
 
 そう思うと、急に気持ちがふわふわと踊り出した。
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