【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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杏山と土居の場合

五話

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「お疲れ様でしたー!」
「気をつけてー!」

 笑顔で手を振って、俺とは反対方向の大通りに行ってしまう女の子を見送る。
 夜の賑やかなライトの下で、歩くたびに揺れる茶髪のポニーテールに口元が緩んだ。
 
 あーかわいい。
 女の子かわいい。
 
 同じファーストフード店でバイトする1つ年下の他校生。
 愛想が良くって小柄で色白で目が大きくて、俺のドストライクだった。
 もちろん「遅いから送ってくよ」っていつも声は掛けてる。
 でも、お父さんかお兄さんのどちらかが毎回お迎えにくるんだよ。ガードが堅すぎる。
 本人は「過保護すぎでしょ」って苦笑いしてたっけ。

 俺は帰りのバス停に向かうため、最短ルートである人通りの少ない脇道へと、ひとり寂しく入っていく。
 
 それにしても、今日は土居に声を掛けようとしても移動教室とか友達に声掛けられたりとか、どうにもタイミングが合わなかった。

(どうせ朝も部活があるんだろうし、1時間目の休み時間に行くか。しっかし、よくそんなに部活ばっかやってられる……ん?)

 前方に不審な動きをしている人物を発見した。
 自転車を引っ張って前に進んでは後退り、また進むという謎の行動を繰り返している。
 黒い学ランを着ているから、近所の中学生か高校生だろうか。

(下向いてるな。イヤホンでも落としたのか?)

 困っているのかもしれないし、一応声掛けとくか。危なそうな奴だったらバイト先に逃げ戻ろう。
 俺は相手の足元を見ながらゆっくり近づく。

「あのー何か落とし物でも……仔犬?」

 なんと足元には、箱に入れられた仔犬が1匹、彼を見て尻尾を振っていた。
 さっきまでは電柱の影になって見えなかったんだ。

「かわいいなー!」

 俺はすぐにしゃがんで、その仔犬を近くで見つめる。
 灰色と茶色が混ざったような毛色の、おそらく雑種だ。
 人懐っこい顔でじっと俺の方を見上げたかと思うと、かわいいとしか形容出来ない元気な声で鳴いた。
 なんて癒される存在なんだ。

「杏山?」
「えっ! 土居!?」

 頭上から降ってきた声に、弾かれたように顔をあげる。
 愛らしい仔犬の存在により、誰かに話しかけたことすら一瞬で頭から消え去っていた俺は、心底驚いた。
 昨日から頭の一部を占領している相手が、目を瞬かせて見下ろしてきている。
 変な奴だと思った相手は土居だったようだ。

「うわ、さっきまでお前のこと考えてたよ! 運命じゃん!」

 俺はケラケラと笑いながら土居を指差す。
 笑うしかない。
 どうせならこんなイカつい体型のイケメンじゃなくて、可愛い女の子と運命を感じたかった。

「俺のことを?」

 なんでそんな心底不思議そうな声なんだよ。
 告白受けたのお前だろ! とツッコミたかったが、今はそれどころではない。
 箱に入れられた仔犬、なんて。見てしまったからには何かしなければ。
 俺は目の前のふわふわを撫でたいのを、拳を握りしめてグッと堪える。

「そうそう。でもとりあえずそれは良いや。このワンちゃん、お前が捨てたわけじゃないよなまさか」
「もちろん違う。帰り道で偶然見つけたんだ」

 土居は真剣な声色で否定の言葉を紡ぐ。
 こんな時間まで部活やってたのか。もう真っ暗なのに、感心する。絶対真似できない。

 俺は頷きながら、改めて仔犬の観察をする。
 ふさふさとした小さな尻尾をくるんと丸め、舌を出してキラキラとした瞳を向けてくる姿は「遊んでくれるのか」と問いかけてきているかのようだ。
 入っている箱にはお決まりの「拾ってください」の貼り紙がしてある。
 実物は初めて見た。

「無責任が過ぎる……」

 箱の中には申し訳程度に毛布や水が入っているがそれだけだ。
 仔犬はここに連れてこられてまだ時間が経っていないのか、元気そうだし汚れてもいないのが救いだろう。
 俺は膝に力を入れて、跳ぶように立ち上がる。
 だいたい平均身長の俺が少し顎を上げるくらいのところにある瞳を見ながら首を傾げた。

「連れて帰るか迷ってるのか?」

 土居は悲しそうに眉を顰めて仔犬を見下ろし、力なく首を振った。

「うちは賃貸だから飼えない。責任取れないから拾えないんだ。でも、どうしても見捨てて帰れなくて、どうしようかと……せめて保護してくれるところがあるか調べようかと思ったところだった」

 重々しく話す様子は、土居の真面目さと誠実さが滲み出ていて。顔が良いからってモテるのが妬ましいという気持ちから、本当に良いやつなんだな、と俺の中で評価が変わった。
 俺は唸りながら、ポケットに手を突っ込んでスマートフォンを取り出す。

「うーん。警察行っても保健所連れてっても愛護団体でも、貰い手なかったら行く末は一緒だからなぁ」
「そう、なのか」

 肩を落として項垂れてしまった土居に頷きながら、夜でも見やすく光る画面をタップしていく。

「とりあえず、病院連れてって里親探ししないとだよな」

 スマートフォンを耳に当てて流れてくる音楽を聴きながら「何をしているんだ」と言いたげな土居にウインクして人差し指を唇に当てた。
 
 
「そうそう。そういうわけだから里親見つかるまでの間さー。ちゃんと夜の散歩は俺がするって!」

 機械を通すと、いつもと少し変わって聞こえるばあちゃんの声。
 多分、家で「かわいい孫の言うことでも流石に」って頭抱えてるんだろうなと想像出来る。

 俺の家は両親共に働いてるし、まだ手のかかる年の弟と妹がいるから望みが薄い。そこで前に犬を飼っていたことのある、ばあちゃんを頼ることにした。
 俺の家とばあちゃんの家は徒歩数分だから俺も面倒が見れる。なんなら、里親が見つかるまで泊まり込んでもいいし。

「わんちゃんみてくれよかわいいから! 断る気失せるから!」

 犬好きとは言っても、さすがに生き物が相手となるとなかなか首を縦に振ってくれない。説得に四苦八苦している俺を、土居はソワソワと見守っている。

 最終手段、テレビ電話モードに切り替えて仔犬を映す。
 機械を向けられた仔犬は、まるで心得ているかのように首を傾げ、キャンキャンとかわいらしく鳴いてみせた。
 ばあちゃんのデレっとした猫撫で声が聞こえた。かと思うと、即了承された。
 犬用のゲージを持って車で迎えに来てくれるらしい。

 話をつけて、ホッと一息つきながら電話を切る。
 土居も肩を撫で下ろして口元を緩めた。

「杏山…」
「里親探しは手伝ってくれよ?」

 俺は人差し指をグッと立てて笑う。
 パッと明るく笑みを深めた土居は強く頷いた。
 ポーカーフェイス気味なイメージだったから、こんなに感情が強く表に出ているのを俺は初めて見た。
 
「もちろんだ。杏山、ありがとう!」
 
 その言葉と共に、思いっきり抱き寄せられて俺は固まる。
 
 仔犬は尻尾を振って、俺たちを見上げていた。
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