【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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梅木と水坂の場合

十一話

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 完全に喧嘩したみたいになってしまった。
 他人と争ったことなんてほぼ無い俺は、翌日登校拒否したい気分だった。
 でも、鬱々とした気持ちでもなんとか登校した。俺は偉い。

 ずっと、別れ際の水坂の表情が頭から離れない。

(あんなに辛そうな顔しなくても……俺が悪いみたいじゃんか)

 せっかく善意で忠告してくれたのに突っぱねたのは俺だから、俺は悪くないとは言えないかもしれないけど。
 それでも水坂の言い方は横暴だったと思うし、俺は間違ったことは言っていないと思う。

(あとなんか、なんかこう……悲しいというか空しくなったというか……なんでだろう)

 授業中ずっと、頭の中がもやもやとしたままだ。先生の話なんて入ってきやしない。

 頬杖をついて離れた席に座っている水坂の方をちらちらと見る。
 真面目にノートをとる整った横顔は、いつも通り涼しげだ。
 こっちはこんなに頭を悩ませてるっていうのに。
 あの傷ついたような表情はなんだったのだろう。

『どうせ期間限定のごっこ遊びなんだから!』

 そう改めて口にしたとき、なんだか胸がちくりとした気がする。
 今も、思い出しただけなのに落ち着かない。

(友だちとしては、悪いやつじゃないし……卒業したら縁が切れるっていうのは寂しいかも……)

 そんなことを考えていると、バチっと水坂と目が合ってしまう。
 慌てて逸らしたけれど、見ていたのはバレてしまっただろうか。
 もう一度視線を向けると、水坂はまだこっちを見ていて。
 俺は思わず開いた教科書で顔を隠した。

 そして。
 次の休み時間、水坂に声を掛けられてしまった。
 
 水坂は「ふたりきりで話したい」と言って、俺をわざわざ1階の階段下まで引っ張って来た。
 個室ではないが、人通りの少ない隅っこの階段下は、確かに人目に付きにくく「ふたりきり」という状態と言えるだろう。

 澱んだ沈黙を破ったのは、頭を下げた水坂だった。

「ごめん」
「え?」
「昨日は勝手なこと言った。お前のことが、心配で」
「……俺も、水坂の方が正しいのになんか逆ギレし」

 言葉を荒げてしまったことを謝ろうとしたのだが、途中で水坂の人差し指が俺の唇に触れた。
 強い瞳に射抜かれ、そのまま口を閉じてしまう。

「俺がやりすぎた。お前もそう思うだろ」
「……ちょっと思う」

 また苛立たせる可能性も考慮しつつ正直に答えると、水坂はどこか嬉しそうに口元を緩めた。
 意外だ。
 お前が悪い、と言ったようなものなのに機嫌が良さそうなのは不思議だった。

 けれど、続いた言葉で頭の中のことは全て吹っ飛ぶ。

「お前が好きだから、将来のことも心配なんだ」
「!?」

 俺は目を見開いた。
 聞き間違えだろうか。
 サラッと何か言われた気がするけど。

「え、なん、なんて?」
「聞こえなかったのか? お前が好きだ」

 改めて、ハッキリと言われた。

 水坂が、俺のことを、好き?

 心臓がバクバクと早くなっていく。
 そんなこと、あるはずがない。
 恋人ごっこなんかしているからおかしくなってしまったんだろうか。
 そういえば俺も、水坂といると脳がバグるのか、本当の恋人といるような感覚に陥ることがある。

 俺は出来るだけ、なんでもなく聞こえるように首を振った。

「そんなの勘違いだろ。恋人ごっことかしてるから」
「勘違いじゃない……っ」

 水坂は、低い声と共にドンっと壁を叩く。両手が俺の顔を挟むようにして壁に付いている。
 退路を塞がれた俺は、壁ドンだ! などと感動する余裕もなく身をすくめた。
 覆いかぶさってくる水坂の顔が近い。
 俺を見つめる真剣な瞳に、胸が更に高鳴るのを感じた。

「お前といるとドキドキする。楽しい。お前は、全然そういうのはないのか」
「あ、あるわけ……」

 ない、と言い切ってしまえばいいのに目が泳ぐ。
 今、正にドキドキ中だ。
 しかも、そんな風に言われて嫌な感じはしない。
 顔もどんどん熱を持ってくるのが分かる。

 言い淀んでいると、顎に指を添えられた。
 水坂の顔しか目に入ってこない状態になる。

「なぁ真守、ちゃんとこっち見て答えろ」
「ひぇ、あの……!」

 俺はただ口を開閉させた。

 というか、今、下の名前で呼んだ!
 怖い! 自然すぎて怖い!
 水坂の少女漫画適正が高すぎて怖い!
 もうキャパオーバーだ。

「急に名前で呼ぶのはいかがなものかと……!」
「杏山は良くて俺はダメなのか」
「あいつは幼なじみで……! て、なんってベタなこと言わせるんだよ!」

 不服そうな声に言い返しながら、ついにツッコミを口に出してしまった。

 俺は少女漫画に転生でもしたのか!?
 いや乙女ゲームか!?
 ヒロインの代わりに攻略対象に溺愛されるモブか!?

 俺がとてもどうでもいい事を考えて現実逃避していることなど水坂は知る由もない。
 必死の形相の美形が、声のボリュームを上げた。

「親しかったら呼んで良いなら、俺とお前は充分仲が良いだろ!」
「そおかなぁ!?」

 物心ついた時から家族ぐるみの付き合いがある杏山りょうと、ついこないだから恋人ごっこを始めた水坂では全然親しいの度合いが違うし。
 俺のこと真守って呼ぶのは家族と杏山りょうだけだし。
 なんて言ったらきっと火に油だから言わないけど。

 もうこの際、呼び方なんてどうでもいい。
 言わなければならないことは一つだ。

「と、とにかく! 俺はそんな気ないから! 遊びで終われないなら恋人ごっこはおしまいだ! 罰ゲームの告白、言いふらしたければ言いふらせよ!」

 俺は言いたいことだけ捲し立て、水坂の胸をドンっと強く押した。

 意外にもアッサリ離れた体に、一瞬物足りなさを感じながらも、顔を見ないようにしてその場を逃げだした。
 
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