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どちらもが花婿で花嫁だ

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「俺は……お前に何も出来てないのに」

 ずっと引っかかっていることだった。
 自分が本気になるほどの雄が何故、と。

 ディランは本来は自己肯定感が高く、自分の長所ならいくらでも答えられる。
 だがどれも、影千代がディランを好きになる理由に結びつかないのだ。
 影千代も、困ったように眉を下げた。

「何かしてもらったから、好きになったわけじゃない。ディランは私に命を助けられたから、好きになったのか?」

 そう言われると、首を傾げるしかなかった。
 思い返してみれば、それとこれとは別だ。
 溺れている者を助けるのも、毒矢に打たれた味方の毒を吸い出すのも、動けない者を抱えて馬を走らせるのも。

 実際に行える力があるかどうかはともかく、「そうしよう」と思うのは何も特別なことではない。当然のことだった。
 そして、力があるから影千代に惹かれたかと言えばそうではない。
 だが、それで影千代との信頼関係が深まったこともまた事実で。
 
 考えが上手くまとまらず、頬を包む影千代の手に己の右手を添えて唸る。

「そういうわけじゃねぇけど。ただ、お前が……今みたいな目で、俺を見るから……移った、っうお!」
「そういうところだ。ディラン、お前は可愛い」

 影千代は、重なったディランの右手を引いて抱きしめた。
 油断していたディランは見事に影千代の体の上に倒れこむ。
 そして、起き上がることなく首筋に鼻先を埋めた。

「……悔しい……なんでこんなに好きなんだ」

 息を吸うと、影千代の匂いが普段より濃く感じる。
 ディランは自分だけが胸を熱くしているのではなく、影千代の心も昂っていることを知れた気がして気分が良い。
 そのまま匂いを嗅いでいると、影千代の手が耳を緩く擽った。

「……っな!?」

 ゾクッと背筋を震わせて顔を上げると、すかさず口づけられた。
 温かく柔らかい唇が、キスに応える間もなく音を立ててすぐに離れる。

「初めて会った時からこうしたかった」

 愛おし気な声と表情、髪に差し込まれる手。
 抗議する気にもならずに、次はディランから唇を重ね合わせた。
 瞼を下し、熱い息を交換する。
 舌も使わず、ただ唇を合わせるだけ。
 それにもかかわらず、脳が快感に支配されるような、体の奥が痺れるような不思議な感覚に陥っていく。

「っふ……」

 どちらともなく離れて息をする。
 熱に浮かされた青と金茶が見つめあう。
 物足りなさを感じて再び顔を下げようとしたディランだったが、影千代の言葉を反芻して動きを止める。

「……って、それって要するに一目惚れだろ。お前が好きなの俺の顔じゃねぇか! さっきのは綺麗さっぱり忘れろ!」

 心を交わした直後とは思えない剣幕でディランは言葉を放つ。
 自分の容姿が魅力的であることは自覚していたが、結局それが効果を持つのは一瞬だとディランは重々承知していた。
 それだけでは、気持ちは続かないのだ。
 今まではそれでよかったが、影千代だけは我慢ならない。

「逃すか」
「離せ!」

 今度こそ立ち上がろうとしたディランの腰を、影千代は自分の体に腕で縛りつけた。
 藻掻くディランの髪に口づけ、真剣な声で語り始める。

「一目惚れの何が悪い。あくまでもきっかけだ。そんなにどこに惹かれたのかを聞きたければ、初夜で地に落ちた好感度がどのように上がっていったのかをいくらでも聞かせてやる」

 初夜の件については何も言い返せず、ディランは顔を引き攣らせた。

「や、やっぱり地に落ちてたか……」
「あの時の私の期待を返せ。今から、お前の部屋で」
「ここにもベッドはあるぜ」

 すねた声になってしまった影千代に思わず笑ってしまう。
 出来れば気持ちが盛り上がっている今ここで、という希望もあっての提案だったのだが。

「花嫁殿の部屋で初夜をやり直す、と言っているんだ」

 影千代は形式にこだわる性質のようだ。
 だがそれも、ディランは嫌ではなかった。
 楽しみが少し先に伸びただけだ。

「初夜は花婿の部屋でするもんだ」

 言外にお前の方が花嫁なのだと言ってやる。
 影千代の国では妻の部屋に行くようだが、このリーオ帝国の皇族は逆だ。
 最早、呼び方などにこだわっているわけではないが、このやりとりも少し気に入っていた。

「なら、どちらもが花婿で花嫁だ」 

 そう言って口づけて来た影千代も、全く同じ気持ちのようだった。
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