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5話
しおりを挟む孤児院を逃げ出した後、ほとんど間を置かずに2人の男が追いかけてきた。
転がるように走り慣れた丘を駆け下り、朝日が昇り始めるのを感じながら街に出た。街で路地に逃げ込む頃には、足音が2人分ではなくなっていた。必死すぎて確認出来ていないが、5人ほどにはなっていただろう。
どれほど走っていたか分からない。少なくともミナトは体力があり、運動神経も他の同年代に比べて良い方だった。その彼が、気を抜くと倒れそうだと感じるほどに走り続けた。
「そんな絶望的な時に立ち塞がった大男がコウだった、というわけだ」
話を聞きながら全てを平らげたカズユキが唇を拭った親指を舐める。説明をしていたにもかかわらず、飲むように2杯目のシチューを胃に流し込んでいたミナトは頷いた。
「うん、そういうわけだ」
「終わったと思ったろ」
「マジでちびるかと思った」
ニヤリと楽しげに頬をついたカズユキに、ミナトはへらりと笑う。
朝から何も食べていなかった腹が膨れて余裕が出てきたが、その時のことは思い出しただけでも背筋凍る思いだった。
「すまん」
スプーンを止めると、コウは大きな体に似合わずしょんぼりと項垂れる。
「でも、助けてくれたからさ。だから俺は今、飯食えてるんだ。本当にありがとうな!」
明るく笑う声に、コウの表情が和らいだ。
◇
店長の依頼で買い物に出ていたコウは、何かが倒れる音を聞いて細い路地に入った。子どもが攫われる事件の話を聞いていたため、いつもより用心していたのだ。
そして正に「子どもが追われている」場面に遭遇したのである。
しゃがみ込んだミナトの「助けて」という祈りの言葉を自分に向けてのものだと判断したコウ。追ってきていた男たちを素手で一網打尽にした。
その際に安心して力尽きたのか、恐怖が限界突破したのか。ミナトが意識を失ってしまう。
荷物が多かったのもあり、気絶している男たちはそのままにして帰ることにしたのだった。
ミナトを寝かせた後に現場に戻ったが、さほど長くない時間だったにも関わらず既に誰も居なかったという。
「荷物置いて、ひとり引きずってこりゃ良かったのに」
「そこまで気が回らなかった。次からはそうする」
目を瞬かせるコウに、やれやれとカズユキは肩をすくめた。
「ま、別に一銭にもなんねぇんだから良いけどな。ミナト、お前はこれからどうすんだ」
「どう……って……」
今まで会話する中で一番真面目なトーンの言葉に、ミナトは瞳を揺らした。持っていたスプーンを自然と離して膝に手を置き、聴く姿勢になる。
「今の話じゃ、孤児院には戻れなさそうだな。かといって、この街の駐在騎士に助けを求めるのもやめといた方がいい」
「なんでだ?」
「お前のとこの院長が話してた相手が誰か分からねぇなら、信用出来る人間は少ねぇってことだ」
カズユキの言う通り、院長が話していた相手は国外に伝手がある相手のようだった。後ろに立っていたのは護衛だろう。貴族や大商人など、金や権力がある者の可能性が高い。
騎士団が命令されている、もしくは買収されているということもあり得るのだ。
「でも……」
テーブルの下で両手を握り締める。
そうなってしまうと身内の居ないミナトには頼れる相手は居なかった。自分の身を自分で守れればと思うが、それが出来れば今ここには居ない。
悲痛な表情で黙ってしまったミナトに、カズユキはピシッと指を突き付ける。
「そこで、なんだが。もし、報酬が払えるなら俺たちが護衛と捜査をしてやっても構わないぞ?」
「え?」
「俺とコウは、依頼されりゃ何でもやる『なんでも屋』さんだ。割に合ってれば店番や子どもの家庭教師とかの平和な仕事も、魔獣退治や貴族様の護衛までなんでもする」
カズユキは立ち上がると、瞳に希望の光を灯したミナトの方に2歩移動する。すぐ隣に立つと、ベリーショートの赤髪に手を置いて片目を閉じた。
「コウがひとりで何人もぶっ倒したのは見てただろ? 実力は折り紙付き。ま、高いけどな?」
「それは……あ、でも、か、金……! 金、持ってない」
「だよな。だから誠に遺憾ながら、お前はこのまま放り出すしかない。飯食ったら出てけ」
言葉尻が小さくなっていくミナトを軽快な声で見捨てる非情な言葉。良識ある大人であれば、命が掛かっているかもしれない少年にこの様な態度はとらないだろう。
しかし、残念なことにカズユキとはこういう大人であった。
離れた手の温もりに対して、ミナトは音を立てながら椅子から立ち上がる。
「人でなしか!? 助けてくれよ!!」
「カズユキ」
涙目のミナトを援護するように深い声がカズユキを呼ぶ。本日、何度目かの嗜めるようなその声にカズユキは腕を組んで眉を顰めた。
「俺はタダ働きはしないんだよ。ガキが相手でも一緒だ」
どこか拗ねた色を含んで吐き捨てるように言う。それに対して短い言葉が返された。
「俺が払う」
紅い目が大きく見開かれる。ごく稀だが、コウがこのように依頼料を引き受けると言い出すことがあった。
今回は、自分が持ち込んだ案件であるという責任を感じているのも理由のひとつだろう。
カズユキはどこか安心したような気の抜けたような空気を纏う。
しかし、瞬時に片眉を上げ挑発的な笑みに変わった。
「お前が? てことは金は……いつものか?」
基本的に、依頼で得た収入は2人の共有財産だ。そこから個人のものは小遣いのようにしている。その中でカズユキを雇えるほどの金額を用意するのは難しい。
コウは強く頷いた。
「ああ、俺の体を使えばすぐだ」
「か、体!?」
自分の命運を決める2人の成り行きをソワソワと見守っていたミナトの驚いた声が、決して広くはない部屋にこだまする。
その色違いの瞳は目の前の恩人の、服を着ていても分かる逞しい身体を凝視してしまった。
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