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24話
しおりを挟むコウは丘の中腹で止まる。
目を閉じて気配を探った。
(1、2、3…? いや、5匹と、人間は…6人、か。)
この丘は魔獣の住処からは遠い位置にある。孤児院が建てられる場所の条件の1つだ。
ここに来るためには魔物は騎士団の駐屯所の近くを通る必要もある。通常なら辿り着くまでに暴れるか見つかるかしているはずだ。
だが、暴れた後の興奮した様子もなく気配を殺して近づいて来ている。
つまり、意図的に誰かがここまで連れてきたのだ。
(誰か、じゃない。)
先程の会話に出てきた人物。
彼ならば、魔物もそれをコントロールするための道具も人材も思うままだ。
静かに息を吸う。
音もなく駆け降りていくと、まず1匹目を見つけた。馬のような体だが、蹄ではなく鋭い爪がある。口元からは大きな牙が2本見えていた。
そして、その背には斧を持った筋肉質な男が乗っている。
どちらもまだ、コウに気づいてはいない。
「ん? 何かいるか?」
走ってくるコウに男が気づいた、その瞬間。
辺り一体に響き渡る音量で絶叫する魔物から、男は振り落とされた。
何が起こったか分からないままに、腹に衝撃を受けて声もなく倒れ込む。
男に膝蹴りをした張本人のコウは舌打ちをした。
「しまった。この魔物の声帯はここじゃなかったのか。」
厄介なことに魔物は種類によって体の構造が違う。声を出されないように喉元目掛けて手刀を繰り出していたのだが、間違ったせいで周りに異変を知らせてしまった。
「…ああ、でもその方が楽か。」
一斉に自分に向かって来る気配を感じながら、薄らと唇が弧を描く。
両手の指を鳴らした男の、青い瞳が闇夜に光った。
◇
「おし、とりあえずこれでこの中は大丈夫だな。」
光を発する魔法陣が白い建物を囲む。
カズユキは満足気に腰に手を当てた。
魔獣の声が聞こえてきたのはコウが動き出した証拠だ。周囲に気を配るが、今のところ怪しい気配はなかった。
コウを援護に行きたいところだが、取り逃した魔獣がこちらに来ないとも限らない。気配探知の魔術を丘の上一帯に敷きながら待つことにした。
(…魔獣が5匹と人間が6人か。魔獣は1匹死んでて人間は半分はもう動けなさそうだな。あんまりデカいやつも魔力が強いやつもいないし、コウだけでなんとかなりそうか?)
孤児院を襲うだけなら充分な戦力のはずだ。
魔獣が蹂躙したとなれば、人的な事件も不幸な事故として処理することができる。もし姿を消した子どもがいたとしても、魔獣の腹の中と結論付けられる可能性が高い。
狡猾に考えられた計画だ。
ここを狙ってきた者の誤算は、今夜この時間にカズユキたちが居たことであった。
剣から手を離さず神経を研ぎ澄ましているカズユキの鼓膜を、再び轟音が震わせた。
今度はコウのいる場所ではなく、頭上からだ。
「お、空飛ぶやつがいるのか。」
カズユキは見上げて声を弾ませた。
獲物を見つけた2匹の怪鳥が、獰猛な目を向けてきている。
カズユキは短い呪文を唱え、足に施していた魔法陣を光らせる。そして高く飛び上がると、赤い屋根に足をつけた。
怪鳥は、そこを目がけて一斉に紫色の火を吹いた。
カズユキは真正面からそれを受ける。
「この屋根に乗ってるうちは効かねぇんだよ。」
余裕を持った言葉の通り、火は屋根を避けて散っていく。
一度では学ばずに、怪鳥は息を吸うような仕草を見せる。その隙にカズユキは、刃を怪鳥に向けたまま屋根を蹴る。
勢いに乗って剣を振るうと、その首と胴体が離れた。炎と同じ色の体液を撒き散らしながらその魔物は地面に落ちていく。体液が体に掛かる不快さを感じつつ、カズユキはその隣に着地した。
頭上では、仲間を殺されたもう1匹が先程よりも大きい声で鳴き声を上げた。
「うっせぇな。焼き鳥にするぞ。」
カズユキが呪文を唱えると、剣が赤い炎を帯びる。それを構えて斬りかかろうとした瞬間、違和感を覚えた。
怪鳥の目線が逸れたのだ。
弾かれたようにカズユキもそちらを見る。
「ああ!? なんで出てきてんだ!!」
そこには5、6歳ほどの女児が、涙を流して腰を抜かしていた。
よく見ると、彼女が座り込む背後には建物の裏口があるようだ。
カズユキの魔術は外側からの攻撃に特化した分、中からは簡単に出られるものだった。わざわざ危険な外に出ようとすることがあるなど、想像もしていなかったのだ。
標的を弱い方へと変えた怪鳥がそちらへ急降下する。
(クソ…! 間に合え!!)
呪文を唱えている暇はない。
カズユキは思いっきり剣を投げた。
怪鳥の嘴が女児を貫くのが早いか、炎を纏った剣が怪鳥を貫くのが早いか。
その時。
「ハル!!」
裏口から飛び出してきた誰かが女児を抱くとともに、その勢いのまま嘴を避けた。嘴が地面に突き刺さった直後、飛んできた剣が怪鳥の心臓部を捉える。
炎に包まれたソレは、断末魔を上げて地に沈む。
カズユキがその場に辿り着くと、床に転がっていたのはミナトだった。
ハルと呼ばれた女児をあやすように撫でながら起き上がり、地面に座ったまま眉を下げてカズユキを見上げる。
「ごめん! ハル…この子、魔獣に村を襲われて最近ここにきたんだ…。魔獣の声が聞こえてパニックになっちゃって…止められなくてごめん…!」
ミナトの腕の中で、しゃくり上げて泣いている子どもをカズユキはみつめる。
他にも同じような子どもたちを大人たちが懸命に宥めているのが目に浮かぶようだった。
「いや、中から出られないようにしなかった俺のミスだ。お前がこの子を守らなかったら…! すまなか…っ、ガッ…!!」
怪鳥を仕留めて気を抜いてしまっていたのか。
気配探知の魔術に頼りすぎていたのか。
いや、それ以前の問題だ。
なんの気配もなく忍び寄っていた「ソレ」は、姿さえなかった。
それにもかかわらず。
カズユキの腹部を剣が貫いている。
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