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23話
しおりを挟むヒエンの街の外れに、小さな丘がある。
賑やかな場所から離れていて少し不便なため、住む人は少ないが魔物などがいる山からは一番離れている安全な場所だ。
そこにミナトやセイゴウが育った孤児院があった。
白い石壁に赤い屋根、二階建てのこぢんまりとした建物である。
現在、子どもの人数は35人。その内の20人以上は、まだ10歳にも満たない幼子ばかりだった。
最近は以前よりも魔物の動きが活発になってきており、それらが周辺の小さな村を襲った結果である。
ミナトを含め成人が近づいている子ども達も手伝ってはいるが、部屋の数も大人の手も限界を迎えている。
どうやら、そのことが今回の出来事の発端だったようだ。
もう空には星が瞬く時間だ。
子どもたちに寝るように促している最中だったが、来客を知らせるチャイムが鳴った。院長は緊張の面持ちで、3人いる職員に後を任せて外に出る。
そして、目を見開くことになる。
ドアの先に立っていたのは、院長が想像していた人物とは違った。
金髪の優男と黒髪で長身の男、そして。
「ミナト!? …っ! ミナト!!」
慣れ親しんだ赤い髪とオッドアイを目にした人の良さそうな初老の男性は、ただ名前を呼んで自分より少し背の低い少年を抱きしめた。
ミナトはその肩に顔を埋めて、言葉なく抱きしめ返す。
(これが演技なら相当の狸だな。)
目に涙を浮かべて、存在を確かめるように何度も名前を呼ぶ姿に思わず口元が緩む。
「怪我はないのか? すまなかった、すまなかった私は…ミナト、良かった…」
頬に触れ、腕に触れ、グレーの瞳は今やミナトしか映していない。
「大丈夫…あのふたりが助けてくれたんだ…」
一歩下がって静かに再会のシーンを眺めていたふたりへとミナトが視線を向ける。しかし、カズユキと目が合うと、真っ赤になった鼻を啜り俯いた。泣き顔など今更だが、難しい年頃だ。
院長は慌てて一歩前に出てくると、カズユキの左手とコウの右手を握りしめた。
「ありがとうございます! 取り乱して申し訳ない…なんとお礼を言えば良いか…」
祈るように手を握っているため、ふたりの手の甲が触れ合う。気まずげに目線を合わせたあと、カズユキは出来るだけ誠実そうな顔を作った。
「礼には早いぜ院長さん。このまま、返してやるわけにもいかねぇんだ。」
顔を上げた院長は、心得た表情で頷いた。
◇
「あの時話していたのは、ここの支援者の商人の方なんだ…」
この国の孤児院の経営は国からの支援と貴族や商人からの個人的な支援で成り立っている。
しかし国の支援には限りがある。そのため、支援してくれる貴族や商人の確保が重要になる。
特に商人は孤児院を支援することにより必要な人材確保が簡単になったり、世間への印象を良くすることできたりといったメリットがある。
打算的ではあるが、しない善よりする偽善である。
院長によると、あの夜は人身売買といった法に触れる話をしていたわけではないらしい。
院の規模に対して人数が増えすぎた子どもたちを他国で仕事させないかと提案されていたという。他国での教育などの補助はその商人の組織で責任を持つからと。
幼い方がその地域に馴染むのが早い。そのため、年齢の低い子どもから順に何人か選んでくれと言われていたという。
普段から子どもたちといる年長者の中から誰か成人前の子も連れて行きたいと、ミナトの存在が話題に上がったのだ。健康的で一番体力がありそうだとのことだ。
実際にミナトは孤児院の誰よりも他者に馴染むのも早く、子どもたちにも懐かれていた。
そんな話の途中をミナトが聞き、逃げ出したのを見て院長は血の気が引く思いだった。
きっと何か勘違いをしたのだろうと、すぐに追いかけようとしたところを商人に止められた。「すぐに私の部下が連れ帰る」との言葉を信じてその件は待つことにする。
そして院長は、「一度面倒をみると決めた子どもを手放せない」と他国に子どもを行かせることは断ったのだ。
「そうしたらミナトは帰ってこない上に、折角の好意を無駄にするなら支援を打ち切ると言われて…」
院長は困り果てた顔で項垂れた。
子どもたちの睡眠を邪魔しないように、庭にある椅子に座って丸テーブルを4人で囲む。
息は白いが、寒さを忘れるほどに全員が聞き入った。
「セイゴウが来てくれた時に、あまりに心配でミナトのことだけ…忙しい子なのに負担をかけてしまった…」
(あいつの話と食い違いは無さそうだな…)
院長の隣に座るミナトがそっとその手を握るのを目の端に捉えながら、カズユキは腕を組んだ。
「ま、おかしい話だな。コウを信じるなら、そいつらは殺気立ってミナトを追いかけてたってことだが…?」
「そう思ったがな。」
コウの直感はなかなか外れない。ならばその通りなのだとカズユキとしては思うが、ミナトが必死に逃げていた様子に引き摺られている可能性もなくはない。
「ミナト、ちなみに追いかけられてる時になんかそいつら言ってなかったか?」
「え? うーん…俺、必死すぎて…でも、『話がある』とか『勘違いだ』とかは言われなかったと思う。『待てクソガキ!』とかは言われたけど。」
誰が聞いても、誤解を解くために子どもを追う大人の言葉ではない。
院長は顔面蒼白になってミナトを抱き寄せる。すでに冷静さを取り戻していたミナトは、他の2人の目線を気にして恥ずかしそうに身を捩った。
「支援を打ち切るとかいう脅しといい、良い感じは全くしねぇな。」
カズユキは頭をフル回転させながら、だらんと背もたれに体重をかけ星を見上げる。
おそらく、丸め込みやすい幼い子どもを国外に売ろうと企んでいるのだろう。
いくら馴染みやすいとはいえ、子どもは幼ければ幼いほど手がかかる。ただ仕事をさせたいのならば、年齢の上のものに国外に向けての勉強させた方が即戦力になるしコストもかからないはずだ。
ミナトは、本人が想像していた通り。国によってはオッドアイは神聖な扱いだったり珍しかったりと様々な理由で高く売れる。
そして残酷なことに、一番高く売れる市場は性的な愛玩を目的とした場だ。
さすがに再び口に出すことはないが、見た目も良く精通もしている年齢ならば。買い手は男女問わないだろう。
カズユキはミナトを見る。
汚れを知らない輝く瞳もこちらを見た。
「初めては好きな人がいい」と言い切ったことを思い出す。
その目から光を失わないためにも必ず、守る必要がある。
「ちなみに、その商人ってのは誰だ。」
「トクオミさんです。魔獣の研究や制御アイテムを開発したりしている…」
今朝会ったばかりの知った名前に、カズユキは目を瞬かせ隣を見た。コウもまた、驚いた表情でカズユキを見ている。
「あいつが?」
彼らの知るトクオミは商人としての顔はもちろんあるが、基本的には魔獣研究に明け暮れたい人種だ。人間よりもなによりも魔獣に興味があり、なんとか一緒に暮らせないかとの研究が今に繋がっている。
例えば魔動列車の動力も魔獣から魔力を得ているし、魔獣と共に魔獣を狩るなどということもある。それらはトクオミの研究があってこそのものだ。
「…まさか国外って、魔獣の腹の中じゃねぇだろうな…」
「え!?」
思わず呟いた言葉に、院長とミナトがショックを受けた声を出す。
人間を好物とする魔獣も存在する。ありえない話ではなかったが、コウは静かに不用意な台詞の主を睨んだ。
「カズユキ。悪い冗談はやめろ。」
カズユキとしては全く冗談ではないのだが。かわいい子どもたちが魔物に食われる想像をしていそうな院長を慮って明るい声を出した。
「あー、悪い悪い。流石にねぇよ。んじゃ、明日にでもあいつの屋敷に…」
行ってみよう、と続くはずの言葉を飲み込む。カズユキは剣の柄を掴んで、まだ何も見えない暗闇を見つめた。
「おい、コウ。」
「ああ。これは魔獣の気配だ。」
コウは立ち上がり、すぐにテーブルから離れ気配のする方向へ飛ぶように走っていった。
直ぐに見えなくなったのを確認しつつ、カズユキはゆったりとした動きで立ち上がる。
「魔獣」という単語に身を縮めたミナトと院長に笑いかけた。
「ミナト、院長。建物の中に居ろ。絶対に出るなよ?」
院長は頷くと、心配そうにカズユキを見るミナトの腕を引いて入り口へと走った。
ミナトはカズユキが片目を瞑って手を振るのを見ながら、己の無力さを噛み締めるしかなかった。
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