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第一章

がんばれー!

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 入学式から2週間ほどが過ぎた。
 初日のドタバタからは想像不可能なほど、平穏に学生生活を送る事ができている。

 皇太子と仲が悪いという噂のせいで、声を掛けてくる生徒が少ないのも、静かで良い。
 
 そう、皇太子と仲が悪いという噂が消えないのである。
 
 アレハンドロはあの日から何回も、食事が終わった後に私の部屋にやってきた。
 私があの広い部屋に行くこともあった。

 ただ雑談したいだけの時もあれば、課題を一緒にやる時もあり、普通の友人として過ごしている。
 一度私の部屋で鉢合わせて、ネルスも含めて3人で過ごした夜もあった。
 
 どう考えても仲良しなのである。
 
 それなのに何故、未だに仲が悪いと周囲に思われているのか。
 それは皇太子の謎すぎる態度にある。

 日中の校内で出会ったときに目が合うと、冷たく即座に目を逸らし、お取り巻きたちと一緒にさっさとどこかへ行ってしまうのた。
 
 部屋に居る時にそのことについて一度聞いてみると、

「貴様に手なづけられたと思われそうで癪だ。」

 と。
 わけがわからない。
 めっちゃ懐いてるくせに。
 
 お母さんに外で会いたくない思春期か!
 
 そんなん言われたら、みんなの前ですっごくフレンドリーに話しかけたくなるじゃないか!
 
 本気で怒ってきそうなので、今のところは本人の意思を尊重しているのだが。
 
 そういう訳で、ちょっと意味不明なことはありつつも、緩やかに日々は過ぎていっている。

 このまま一気に3年経ってくれ。
 
 
 ◇
 
 
 今日は授業が午前で終わる日であった。

 エラルドは授業が終わると毎日剣の修練場やら運動場やらへ行く。
 毎日毎日鍛錬して、素晴らしいことだ。

 普段は放課後に食堂で用意されるアフタヌーンティーを一緒に楽しんだ後に鍛錬に行くのだが、今日は昼食をとってから別れることになった。

「またおやつの時間になったら休憩するから、シンが良ければ一緒に行こう!」

 と、百万ドルの笑顔でお誘いを受けたため、図書室で時間を潰すことにした。
 

 この学校の図書室はとても大きい。
 わざわざ別館が立っているので、図書室というよりは図書館である。

 壁一面を埋め尽くすように本が並んでいる様子は圧巻だ。
 上の方の本を取るには梯子を使ってとるしかない。

 初めて入ったときはワクワクして、目につく本を手当たり次第手に取っていたら外が暗くなってきていた。
 テレビもスマホもないこの世界で、時間を潰すのにこれほど適した場所はない。
 
(何かまた面白い小説とかないかなー)
 
 私にとってこの国の物語は、ノンフィクションでさえフィクションだろうというほど面白い。
 やはり私は、騎士の友情物とか、そういうのが好きですね、はい。
 
 入り口から一番離れたところにある創作物語の棚へと歩いていく。

 そうすると途中で女子生徒が1人、届くか届かないかの高さにある本をとろうとしているのに出くわりた。
 目一杯背伸びをし、腕を伸ばしている。
 おあつらえ向き。

(ちょっと行けば台があるのになー。でも分かる、それが面倒なんだよね)

 もしかしたらアンネとエラルドのフラグを壊しちゃったのかなと勝手に引きずっている二次元脳の私はついつい、他に助けようとしている人がいないかを確認する。
 特に誰も見当たらないので颯爽とその子の隣まで足を運んだ。

「これかな?」

 細い指先が触れていた白い背表紙の本を取って渡す。
 これじゃなかったら恥ずかしい。

「ありが……! えっ、し、シン様!? あ、ありがとうございますっ!」

 黒い髪を揺らして頭を下げた際、思わずと言った風に声が大きくなったその子は、パッと口元を覆った。
 こっちは知らないけど向こうは知っている、という状況にも私は慣れてしまっていた。

「どういたしまして。魔術の勉強、頑張ってくれ」

 そして、本があっていたようでホッとした。
 魔術のコントロールに関する本を両手で受け取る女子生徒に微笑みかけてからその場を後にする。
 しばらく背中に視線を感じた。
 
 せっかくイケメンなので、今のベタなやつ、1回やってみたかったんだ!
 ラッキー!楽しい!!
 
 気持ちの上ではふわふわスキップしながら進むと、また本に手を伸ばして頑張っている姿を見つけた。
 普通2人も見つけるか?
 
 と、思ったらネルスだった。
 既に1冊片手に抱えており、伸ばしている指先はほぼ本に掛かっている。
 あと少しで取れそうだ。

 手を貸しても良かったが、必死な顔がかわいいので心の中で応援しながら見守ることにした。

(あと少しーっがんばれー!)
 
 しかし、立ち止まってすぐのこと。
 私とは反対側の通路から背の高い男子生徒が現れた。
 ネルスの背後を通り過ぎようとした際、プルプルと震えながら頑張っている様子を見下ろし、手を伸ばした先を見る。

 そのまま白い指先が掛かっていた本へと手をやった。
 
(えええええええええ)
 
 私はすかさず本棚の影に隠れ、2人の様子を盗み見る。
 怪しすぎる自信があったので、周りには自分の状態が分からないように魔術も施した。
 絶対に魔術はこんな使い方をしてはいけない。
 ここ、テストに出ます。
 
 長身の男子生徒はネルスよりも一つ頭くらい大きい。
 身体つきもしっかりしていて、細身のネルスが後ろからすっぽり覆われてしまった。

 あっさりと取れた本を、驚いて見上げているネルスに渡している。
 声は聞こえないが、お礼を伝えているらしいネルスに軽く頷いているのが見えた。

 男子生徒は短く暗い赤髪を無造作にオールバックにしていて、切長の目は黒っぽい色だ。
 遠目からにはなるが、表情はあまり動いていないので近寄り難い空気な気がする。

 そしてこういう時に登場する人、やっぱり顔がいい。何故なのか。

 その後も何やら指を差しつつ会話をしているが、図書室であるため、2人とも声を抑えていて聞こえない。

(盗聴……じゃなくて、音を拾う魔術使いたいー!)
 
 流石の私もそこまでは出来ない。
 可能だが倫理的に出来ない。

 2人が離れるまで、視覚だけで体格差萌えを堪能した。
 
 
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