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第一章
バルコニーイベント
しおりを挟むそろそろパーティーもお開きかなと言う時間になってきた。
2階に上がってバルコニーに出ると、おあつらえ向きに星が輝いている。
熱気あふれる舞踏会の会場にいたので、顔に当たる風が気持ち良かった。
バルコニーの手すり部分に手を置いて、星や月以外には光は見当たらない外を眺める。
そんな私が、
(きっと他のバルコニーでは恋が始まったり終わったりしてるんだろうな、覗き見したいな)
などと人としてどうかと思うことを考えているとは誰も思わないだろう。
思うだけならタダ。
「シンさま……?」
後ろから声を掛けられた。
この遠慮がちな声の主は、他のところで恋愛イベント発生させていそうなのに。
「アンネか。もうすぐ舞踏会が終わってしまうぞ。最後に踊らなくていいのか?」
「はい、もう充分楽しく過ごしたので」
「そうか、それなら良かった」
笑顔で歩いてきたアンネは、いつもより歩みが遅い気がする。
また足が痛み出してきたのかもしれない。
せっかくアレハンドロが魔術をかけていたので、魔術の質の違いを見せつけるようでなんだかなと思ったが、痛いのを我慢させるのも変な話だ。
私なら治せるし、この後帰るまで靴擦れしないようにも出来る。
慣れない靴のしんどさはよく分かる。
「アンネ、足を見せてくれ。痛いだろう?」
「え?どうして分かったんですか?」
「はは、見てたら分かるさ」
アンネが感心したようにこちらを見ているので、元々靴擦れしていたのを知っていたのは秘密にしておこう。
実際、足を引きずっていることには自分で気がついたし。
アンネはドレスを少し上げて裾から左足を出す。そして立ったまま白いパンプスをずらした。
小指の付け根が赤くなって痛々しい。
アレハンドロが治療していたのは確か反対の足だった。
両方とも怪我をしてしまったようだ。
綺麗な靴はテンションが上がるが扱いが難しい。
せっかくだから両方とも治療してしまおうと、私はアンネの足元に片膝をついた。
「あの、シンさま」
「ん?」
足元に目線をやりながら返事をした。
まずは出された左足の方へ手をかざし呪文を唱える。この程度の傷なら短い時間で済むが、魔術の光が消えるまでそのままにする必要があった。
アンネは小さな声で切り出した。
「もし、もしも好きになった人が手の届かないような人だったら……諦めますか?」
「うん」
即答しちゃったわしまった。
治療に気を取られてぼんやり答えてしまったわ。
まずいと思って顔を上げると、眉を下げてわかりやすくしょんぼりした顔が見えた。
「そ、そうですか……」
正直に言いすぎた。
手の届かない人の定義にもよるけれど、アンネが言っているのはおそらく身分の高い人ということだろう。
うん、私なら諦めるしそもそもそんな人と出会う機会もなかったし。
ごめんアンネ。
でもアレハンドロは君に完全に惚れてるよって言えたら良いのに。
でももし両思いでも婚約者もいるし皇太子なんてとんでもない身分だしで前途多難だな。
「好きな人でもできたのか?」
私はアンネの様子に気がつかないふりをして左足をみる。こちらはもう大丈夫そうだった。
「そ、そういうわけじゃ……!まだ、よく分からなくて……」
尻すぼみになっていく言葉を聞きながら、左足の靴を履かせる。小さくお礼を言われた。
そして次は右足の方へと取り掛かった。
なるほど、アレハンドロがかけた魔術は痛みを和らげ、傷を守るもののようだ。
悪化はしないが傷が塞がるわけではないから、私に助けを求めるか迷っていたのか。
靴擦れくらいなら自然治癒に任せることも出来るので迷ったが、別に魔術で治したからといって体に悪影響があるわけでもないので治すことにした。
「シンさまは、婚約者さまとかお慕いされている方とかはいらっしゃるんですか?」
「そうだなぁ」
「い、いらっしゃるんですね?」
また痛そうな傷口に気を取られて生返事をしてしまった。
そのせいでそのまま詰め寄ってくるような声が聞こえる。
適当に流させはしない、という雰囲気だ。
恋バナというものがしたいのだろうか。
パトリシアとかとした方が楽しそうだけれど。
美男子らしいラブロマンスの経験はないがそれっぽく言ってみるのもいいかもしれない、と思った。
「まぁ、そうだな。婚約者ではないが……」
もう結婚してるし。
もちろんシン・デルフィニウムとしては恋愛経験は本当に皆無だが。
「どんな時でも共に助け合おうと誓った相手ならいるな」
アンネが息を呑むのが分かった。
嘘は言ってないぞ嘘は。
ちょっと結婚式の誓いの言葉は詳しくは忘れた。
治療の光がだんだんと小さくなっていく。
「それは……幸せな方ですね」
「そう願うよ」
ポツリと呟かれた言葉に苦笑してしまう。
本人に確認しようもない。「別に」と言われたら喧嘩かなぁ。
私の返答をアンネがどう受けとったのかは分からないが、それ以上は詳しく聞かれなかった。
とりあえずは治療が終わったので立ち上がる。
何やら視線を感じる気がした。
「よし。私はそろそろ下に行くが、アンネはどうする?」
「私は、もう少しここにいます」
「そうか、体を冷やさないようにな」
細い肩をポンと叩いて背を向けた。
バルコニーを出ると、すぐ右の壁に腕を組んで背を預けているアレハンドロがいた。
見ていたのはお前か。
イケメンは本当に壁と仲がいい。
それだけでとても絵になる。
二人でバルコニーにいたのが気に食わないのか、それとも鉢合わせたのが気まずいのか。
もしかしたら自分の魔術を上書きされたのが嫌だったのか。
さすがにそこまで心が狭いことはないか。
とにかくいつも通り顰めっ面のアレハンドロが目を逸らした。
「……聞くつもりはなかったんだがな」
「別に聞かれて困る話でもないさ」
私は軽く笑うと手を振って階段へと向かった。
格好つけたけど、本当は2人のバルコニーイベントを覗きたい。
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