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第二章

結果で黙らせる

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「つまり、ネルスが喧嘩していたのを助けたのか」

 食堂に行くと、アレハンドロとネルスが2人で普通にご飯を食べていた。普通にと言っても、少し離れたところに護衛の人は立っているが。

 すぐにアレハンドロの怒りを買ったとか言う誰かの話を聞いてみたのだが、どうやら想像していたよりアレハンドロは大人しく叱っていたらしい。
 何かを叩き壊したり怒鳴り散らしたりはなかったということだ。

 剣術大会について暴言を吐いていた馬鹿が居たので、ネルスがパトリシアと同じように食ってかかっていた。
 そこにアレハンドロがやってきて仲裁した、という。

「別に喧嘩していたわけじゃない! 言い返せなくなって向こうが手を上げてこようとしたのを殿下が咎めてくださっただけだ!」

 ネルスが正論で相当追い詰めたのだろうことも想像出来るが、手を上げようとするなんて最低だ。
 私のかわいいネルスになんでことをしようとするんだ。

 しかしそのシチュエーションで助けられるのネルスなんだ。
 アンネじゃなくてネルスなんだ。

「喧嘩してたんじゃないのかそれ」

 黙々とご飯を食べて聞いていたバレットがボソリと溢したのをネルスはジト目で見た。
 だが特に言い返さず、気持ちを落ち着かせるように紅茶に口をつけた。

「あのクソジ……いや、人の環境や努力に対しての想像力の足りない大人は本当に腹が立つ!」

 ネルス、クソジジイってほぼ言ってちゃってる珍しい。
 気持ちは落ち着かなかったらしい。
 大人だったのか。それは本当にいけない。
 同じ大人として恥ずかしい。

「クソジジイでいいぞ」
「そうだな、クソジジイでいい」

 バレットが真っ直ぐネルスを見て言った言葉にエラルドも眉を寄せて頷いた。
 ムカつくので私も乗っかることにした。

「手を上げようとするなんてクソジジイという表現も優しい」
「ゴミカスより下だ」
「殿下、殿下。いけませんそんなお言葉は」

 アレハンドロが参加してきたのには、ネルスが慌てて咎めた。
 私は皇太子でもゴミカスとか言うんだなと明後日の方向の感想を抱いた。

 そういえばどんなに怒り狂ってても、普段はバカとかアホとかクズとか言わないんだよなアレハンドロ。お育ちがいいな。

「シンとエラルドは良いのか」
「バレット、お前もダメだからな?」

 自分は関係ないかのように言うバレットを軽く嗜めると、エラルドが笑う。

「でも騎士の人って割と言うよなー。夏休みの訓練の時、『殺すぞボケカス!』『上等だ◯◯野郎!血祭りに上げてやる!』とか言いあっててびっくりした」
「騎士道精神どこいった」

 私は驚いて逆に冷静な声で突っ込んでしまった。
 エラルドの口から出てきていい単語じゃないし、アレハンドロやネルスの耳に入れていい単語でもない気がする。

 案の定、2人ともドン引き顔だし。
 意味は伝わるんだね。

 伯爵家の長男として大事に育てられたエラルドはさぞかし驚いただろう。私でもビビるわ。
「なんて口の利き方するんだ大丈夫か二次元でしか聞いたことないぞその罵倒」ってことにビビる。

「この学校に通ってるような、育ちがいい奴ばかりじゃないからな」
「あー……」

 バレットはパンのおかわりを給仕の人にお願いしながら淡々と言う。

 なんとなく、納得してしまう。
 騎士とか兵士とか、いろんな人がなる職種だからね。ここで出会う人は本当に上澄みなのか。

 ところで、3つも追加とかめっちゃ食うなと思ったらエラルドもついでにって追加してたし、アレハンドロもネルスもだったから私もお願いした。
 10代男子の胃袋すごい。
 産後の授乳期なんて比べものにならないくらいお腹が空くし、胃もたれとか無く食べ物がお腹に収まっていく。

「話は戻るけどさ。俺のこととかもう庇わなくていいよネルス。怪我でもしたら大変だ」

 エラルドがじっとネルスを見て言うので、ちょっと真面目な雰囲気になったなと思わず姿勢を正した。
 子ども扱いされたと思ったのだろう。ネルスはムッとした表情で唇を尖らせる。

「べ、別にエラルドのことだけじゃないぞ。他の人にも失礼だったし」
「それでもだよ。危ないから。シンとかバレットみたいにその場でやり返せるならいいけど」
「いいのか」

 間髪入れずに突っ込むと、ヘラッと笑って誤魔化された。
 間違いなく優しくて穏やかなのに、意外と好戦的なんだよなエラルドは。

「特に俺のことはね。言われ慣れてるし、なんなら昨日直接言われたりもしたし」
「その者の名前は覚えているか」

 ネルスをゆっくり諭そうとしている最中だというのに、アレハンドロが割って入ってしまう。
 名前を聞いてどうする気だお前は。

「残念だけど覚えてない」
「顔は。おいシン、エラルドの記憶から顔だけ取り出せ」
「お前は私の魔術をなんだと思ってるんだ?」

 やろうと思えば出来なくはないが、お断りする。
 エラルドは欲しいものは欲しいと言えるし、本当に腹が立った時にはちゃんと怒れる子なのだから。
 要らないと言っている時は本当に要らないのだ。

「というか、エラルドがいつも柔らかく流すから言われやすいんだぞちゃん怒れ!」

 ネルスがビシッと人差し指を突きつけた。
 それはそうなんだけども。エラルドは悪くないからどうしようもない。

 あはは、と笑ったエラルドは、千切ったパンをネルスの口に突っ込んで強制的に静かにさせた。
 眉を釣り上げつつも、素直にモグモグしているネルスがかわいい。

「今回のは、結果で黙らせるからさ。ね」

 頬杖をつきながら、黄色い瞳がバレットの方へ向く。
 視線を受けて、バレットは口の中のものを飲み干し、親指で唇の端を拭った。

 エラルドとネルスの会話をアレハンドロと同じくらい殺気立って聞いていたバレット。
 その状態でも食べるのは止めていなかったのが流石だ。
 怒りながら食べると味しなくない?

「優勝は絶対にさせないけどな」

 いつも通りの平坦なトーンの言葉と目線をエラルドに投げる。
 そうこなくちゃ、とエラルドの笑みが深まった。

「そこまでいうなら、俺が勝ったらなんでも言うことを聞いてくれよバレット」
「お前に何をしてもらうか試合が終わるまでに考えとく」

 静かに火花を散らし始めた2人を見てついつい言葉が溢れた。

「過激なBL感」
「なんだそれ?」

 ネルスが首を傾げてくる。
 どうせ分からない単語だからと、聞かれて不味いとも思わなくなった私は危ない。

「いや、なんでもするとかなんで簡単に言うのかなって」

 まるで、本当はこう言いたかったんだとでも言うように私は微笑む。
 アレハンドロとネルスは顔を見合わせた。

「なんでも、はする気がないからだろう」
「相手の良識や常識に任せてる感じですよね」

 なんでそんな現実的なこと言うんだよ。
 アンネになんでもするって言われてキスしようとしてたくせに。

 この非常識人め。
 
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