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話し合いは大事

理由

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 タイガの背中を見送った後、ロンは席に戻る。
 艶のある緑の髪を指先で弄りながら、アイトへと金の瞳を向けた。

「アイトさぁ、タイガに何したらあんなに嫌われるの」

 タイガの行く先をじっと追っていたアイトは、前に向き直して机の本を開く。
 そして、分厚く形の良い唇に弧を描いた。

「あいつのやり始めたこと、なんでも隣であいつ以上に上手くやってやな。下手くそって集団で嘲笑うっていうんをガキの頃から続けたり、好きな雌横取りしたりし続けたら、ああなんねん」

 罪悪感のカケラもない声の中に、一種の執着の色をロンは感じ取る。
 絶対的強者が自分の獲物の体力をじわじわと削り、刈り取るタイミングを見計らう時のそれだ。
 獣人の中でも、虎と同じく「強者」の位置にいる龍人の中で育ったロンには慣れた空気だった。

「可哀想なタイガ。私もたった今、君を嫌いになった」

 涼しげな笑顔で、サラリとマイナスの印象を伝えるロン。それに対して、アイトはわざとらしく肩をすくめて見せる。

「そら残念やな。友情ってのは難しいもんや」
「難しいね~」

 互いに心の篭らない言葉を並べ合う。
 ロンは髪から手を放す。サラサラと緑糸が肩に落ちてゆく。
 その動きを瞳にぼんやりと映しているアイトに質問を重ねた。
「ところで、わざわざ海外までタイガを追いかけてくるなんて、いくらなんでも重すぎない? どういう感情なの?」

 確信していた。
 この牛の国にタイガが来たのは1年前。ロンと同時期だ。

 同い年だというアイトは義務教育を終えたのち、自国の学校で1年間過ごしてから留学してきている。
 学生が在学中に留学することは珍しいことではないだろう。
 だが、この国に来てからアイトは事あるごとにタイガについて回っている。わざわざ進路変更してきたと考える方が、執着の片鱗を目の当たりにしているロンにとっては自然だった。
 しかし、アイトはその質問については一笑に付した。

「なんのこっちゃ。どうもなにも、ただの偶然や」

 授業開始の鐘が鳴る。
 いつものんびりしているこの講義の教授は、まだ教室に到着していない。
 ざわざわと騒がしい空間が続く。いつ開くか分からない扉へと意識を向けながらも、アイトは口を動かした。

「こっちも聞いてええかロン」
「どうぞ?」
「白兎の」
「ラビ?」
「そうそう。噂で聞いとったより可愛らしいやん」

 ロンは友人の姿を脳内で思い描く。
 フワフワとした毛並みの耳や丸いしっぽは兎獣人らしく可愛らしいかもしれないが。
 長身な上に、高い運動能力に見合った筋肉のついた体の立派な雄だ。
 しかも、初対面で受けるインパクトはとてつもなく大きい。
 可愛らしいという形容が正しいかは怪しかったが、ロンは小さく笑って頷いた。

「君に比べたらだいたいの子が可愛らしいよね」

 隣にいる虎獣人は、あまりにも可愛らしさとは対極にいる。
 嫌味にも聞こえるロンの言葉を追及することなく、アイトは言葉を続けた。

「口説きに行くから居場所の方教えてや」
「無理だと思うよ」
「無理やったこと、ないで」
「はは、だからだよー」

 外面が良いとタイガが言っていたのは何だったのか。
 本性をさらけ出して接触してきているように見えるアイトに対し、ロンも軽口に乗せて本音を放つ。

 勝者の道のみしか歩いたことのない、アイトのようなタイプに惹かれる者が多いのは確かだが。
 靡かない者はとことん靡かないものである。
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