転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗

文字の大きさ
70 / 74

第42話 甘美なる罠

 伯爵の居城は、静かな屈辱に満ちていた。ステップド家を経済的に締め上げるはずだった策は、ことごとく裏目に出た。関税は新たな交易路によって迂回され、権威の象徴であるはずの街道は、ただ寂れるばかり。それどころか、ステップド家が主導する新たな経済圏の誕生は、伯爵自身の領内における影響力さえも、静かに削ぎ落としていた。

「もはや、我家の手には負えん……」

 重臣たちを前に、伯爵は絞り出すように言った。軍事力で叩くには、ステップド家はあまりに力をつけすぎた。何より、王都でその産品が評価されている今、下手に手を出せば、こちらが王家の不興を買いかねない。

「こうなれば……」

 伯爵は、最後の、そして最も強力な切り札を切る決意をした。

「王都へ赴き、陛下に直接奏上する。これは、我が家とステップド家の些細な諍いにあらず。王国の秩序を乱し、君臣の序列を破壊しかねない、国家に対する反逆である、と」

彼は、自らの無力を認める代わりに、問題をより大きな政治の舞台へと引きずり上げることを選んだ。自らの権威では裁けぬ者を、より大きな権威に裁かせるために。



その頃、ステップド領では、かつてないほどの豊穣を祝う、盛大な収穫祭が開かれていた。黄金色に実った麦の穂が、風に揺れてさざめく。領都の広場には、大きな焚き火がいくつも焚かれ、その周りでは、人々が手を取り合って踊っていた。

旧ステップド領民も、元サイム領民も、もはやそこに垣根はない。同じ釜の飯を食べ、同じ酒を酌み交わし、同じ収穫の喜びを分かち合う。エルキュールが考案した、香辛料を利かせた猪の丸焼きや、甘い蜂蜜をかけた焼き菓子が、テーブルにずらりと並ぶ。子供たちの笑い声と、吟遊詩人が奏でるリュートの陽気な音色が、秋の夜空に溶けていく。

「……良い光景だな」

父ガイウスが、息子であるエルキュールの隣で、目を細めながら言った。エルキュールも、その光景を見つめていた。
彼が前世から夢見ていた、豊かで、穏やかで、誰もが笑って暮らせる世界。その理想が、今、目の前にあった。これこそが、彼が守りたかった「スローライフ」そのものだった。

その、あまりにも平和な祝祭の空気を、一騎の馬が切り裂いた。

馬上の騎士は、王家の紋章が刺繡された、深紅のマントを身に着けていた。彼が掲げた羊皮紙には、国王の印璽が、厳かに押されている。広場は、水を打ったように静まり返った。音楽も、笑い声も、ぴたりと止む。

王家の騎士は、馬から降りると、ガイウスとエルキュールの前まで進み、恭しく片膝をついた。

「国王陛下からの、勅令である」

騎士の張りのある声が、広場に響き渡る。誰もが、伯爵の訴えによる懲罰を覚悟し、固唾を呑んだ。

「――ステップド家の当主ガイウス、並びにその嫡男エルキュール。その類まれなる才覚と、領地経営における目覚ましい功績を、国王陛下は高く評価しておられる」

予想外の言葉に、人々は顔を見合わせる。

「よって、陛下は、ステップド領とその民が生み出す豊かさを、広く王国全体に還元することを望んでおられる。これより、ステップド領全域を、『王家直轄経済特区』に指定する!」

「……!」

「ステップド家は、今後、王家の求めに応じ、その産品――穀物、紙、布地、武具に至るまで――を、優先的に生産し、王家へ献上する義務を負うものとする。これは、ステップド家に与えられた、最大級の栄誉である!」



 王家の騎士が嵐のように去った後、祝祭の熱気は、完全に冷え切っていた。
 屋敷の会議室には、重い沈黙が垂れ込めていた。

「王家直轄……なんと名誉なことだ……」

 父ガイウスが、呆然と呟く。

だが、エルキュールは、その言葉の裏にある、冷たい真実を見抜いていた。

「父上、これは名誉などではありません。美しく飾り付けられた、首輪です」

彼は、勅令が記された羊皮紙を指さした。「ここに書かれた献上の要求量(クオータ)を見てください。これを満たすためには、領内の全ての工房を、一年中、休みなく稼働させなければなりません。民は疲弊し、私たちが目指してきた豊かな暮らしは、ただの『生産ノルマ』をこなすための労働に変わるでしょう」

「……つまり、王家は、我々の領地を、王家専用の農場か工場にするつもりだ、と?」

ヴォルフガング叔父さんの隻眼が、鋭く光った。

「その通りです」と、ジョン叔父さんも続けた。

「そして、『王家直轄』という言葉の本当の恐ろしさは、我々が伯爵だけでなく、全ての貴族の干渉を受け付けない代わりに、王家以外の誰にも助けを求められなくなるということだ。我々は、完全に孤立させられる」

伯爵は、ステップド家を罰することには失敗した。だが、彼は、より狡猾な方法で、その目的を達成したのだ。ステップド家から、その自由と、未来の可能性を奪い取るという目的を。

エルキュールは、勅令の羊皮紙を、強く握りしめた。ようやく手に入れたはずの、穏やかで豊かな日常。それが、国家という、あまりにも巨大な権力によって、根こそぎ奪い去られようとしていた。

甘美なる、栄誉という名の罠。彼は、その罠の中心で、完全に閉じ込められてしまったのだ。
感想 14

あなたにおすすめの小説

追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜

ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」 「街の井戸も空っぽです!」 無能な王太子による身勝手な婚約破棄。 そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを! ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。 追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!? 優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。 一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。 「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——! 今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける! ※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。