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第3話:不幸の底辺を持つ少女
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「……ごちそうさまでした」
リリと名乗った少女は、干し肉を最後の一欠片まで大切そうに飲み込むと、深々と頭を下げた。 その仕草は丁寧で、育ちの悪さを感じさせない。 だが、その体はいまだに小刻みに震えていた。
周囲には、俺が弾き飛ばした看板や、粉砕した植木鉢の残骸が散らばっている。 俺がここに立っていなければ、彼女は今頃、瓦礫の下でミンチになっていただろう。
「さて、腹も落ち着いたところで、少し調べさせてもらうぞ」
「え……?」
「お前のその体質だ。ただ事じゃない」
俺は片眼鏡(モノクル)を取り出し、装着した。 軍師時代に使っていた魔道具『解析のモノクル』。 対象のステータスやスキル構成を覗き見るアイテムだ。
「じっとしてろ。噛みつきゃしない」
「あ、はい……。でも、見ても面白くないと、思います……」
リリは恥ずかしそうに身を縮める。 俺は構わず、彼女に視線を固定した。
視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。 そこに表示された文字列を見た瞬間、俺は思わず息を飲んだ。
「……おいおい。マジかよ」
【名前】リリ 【種族】人族 【職業】暗殺者(アサシン) 【状態】衰弱、空腹、打撲、切り傷(多数)
【HP】15/2800 【MP】12/150
【STR(筋力)】C 【VIT(耐久)】D 【AGI(敏捷)】SSS(測定限界) 【DEX(器用)】S 【INT(知力)】B
【LUK(幸運)】-9,999,999(測定不能・限界突破)
「バグか……?」
俺はモノクルを叩いて再起動したが、数値は変わらない。 マイナス999万。 見たことがない数字だ。 通常、LUKがマイナス100もあれば、階段から落ちて首を折るレベルだ。 この数値なら、生まれた瞬間にへその緒が首に絡まって窒息死していてもおかしくない。 いや、そもそも生まれる確率すらゼロに近いだろう。
存在自体が、確率論に対する冒涜だ。
「……やっぱり、変ですよね」
俺の反応を見て、リリが自嘲気味に笑った。 その笑顔は、諦めに塗り潰されている。
「昔からそうなんです。私が歩けば道が崩れる。屋根の下に入れば天井が落ちる。誰かと関われば、その人にも災いが降りかかる……。だから、ギルドで『呪い子』って呼ばれて……」
「待て。話が合わないぞ」
俺は彼女の言葉を遮った。
「これだけのマイナス補正だ。普通なら1秒後に心臓発作で死ぬのがオチだ。だが、お前は生きている。五体満足で、ここで呼吸をしている」
なぜだ? 俺はウィンドウをスクロールさせ、スキル欄を確認した。 そして――納得した。 そこには、異常なまでの「生存本能」の結晶が刻まれていたからだ。
【保有スキル】 ・危機察知:Lv.MAX ・直感回避:Lv.MAX ・パリィ(受け流し):Lv.MAX ・毒耐性:Lv.MAX ・落下耐性:Lv.MAX ・痛覚遮断:Lv.5 ・気配遮断:Lv.8
「……ははっ」
乾いた笑いが出た。 なるほど、そういうことか。
彼女は運が良いから生き残ったのではない。 運が悪すぎて、「死」が毎秒ごとの日常として襲いかかってくる環境にいたせいで、それらをすべて「実力」でねじ伏せるしかなかったのだ。
落ちてくる看板を紙一重でかわす反射神経(AGI:SSS)。 背後からの凶器を肌で感じる危機察知。 毒入りの食事を分解する耐性。
降り注ぐ不運という名の豪雨の中を、傘も差さずに、全ての雨粒を見切って避け続けてきたようなものだ。 これを「過剰適応」と言わずしてなんと言う。
「お前、職業は暗殺者(アサシン)になってるな」
「……はい。普通の仕事は、すぐに店を壊しちゃうので……。魔物を倒したり、危険な場所の調査なら、一人でできるから……」
「そうか。だが、依頼達成率は最悪だろう?」
「……どうして、それを」
リリが驚いた顔をする。 簡単な推測だ。 ターゲットを殺す前に、自分が罠にかかったり、不測の事態でターゲットが逃げたりするからだ。 実力は最強クラスなのに、結果が出せない。 それが彼女の人生だったのだろう。
「……気持ち悪い、ですよね」
リリが膝を抱え、小さく呟いた。
「この数字……以前、教会の神官様に見てもらった時、悲鳴を上げて逃げられました。『災厄の権化だ』って」
彼女の瞳から、光が消えている。 自分は生きていてはいけない存在なのだと、そう信じ込んでいる目だ。
「――傑作だ」
俺の口から出たのは、称賛の言葉だった。
「え……?」
「気持ち悪い? 逆だ。美しいよ、お前のそのステータスは」
俺はしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。
「これほどの理不尽な運命(システムの悪意)に晒されながら、お前は己の力だけで生き抜いてきた。神が『死ね』と言い続けるのを、中指立てて拒否し続けてきたんだ。……それを奇跡と言わずしてなんと言う」
「き、せき……?」
「ああ。お前は最強の生存者だ。誇っていい」
俺の言葉に、リリはポカンと口を開いていた。 罵倒されることはあっても、褒められたことなど一度もなかったのだろう。 その赤眼が、揺れるように潤み始める。
(それに……)
俺は内心で、邪悪な笑みを浮かべた。
マイナス999万の不運値。 そして、それを補って余りある最強の回避能力。 俺のスキル【不運付与】――正確には【確率操作】にとって、これ以上の「相棒(パーツ)」はない。
俺が彼女の「不運」を肩代わり(吸収)してやれば、俺の「不運ストック」は無限に潤う。 そして彼女は、その枷が外れれば、AGI:SSSの超人として覚醒する。
ウィン・ウィンなんて生ぬるい関係じゃない。 これは、世界を征服できる組み合わせだ。
「リリ。取引をしないか」
俺は彼女に手を差し伸べた。 勇者パーティを追放された夜。 俺は、勇者よりも遥かに価値のある「原石」を拾い上げたのだ。
リリと名乗った少女は、干し肉を最後の一欠片まで大切そうに飲み込むと、深々と頭を下げた。 その仕草は丁寧で、育ちの悪さを感じさせない。 だが、その体はいまだに小刻みに震えていた。
周囲には、俺が弾き飛ばした看板や、粉砕した植木鉢の残骸が散らばっている。 俺がここに立っていなければ、彼女は今頃、瓦礫の下でミンチになっていただろう。
「さて、腹も落ち着いたところで、少し調べさせてもらうぞ」
「え……?」
「お前のその体質だ。ただ事じゃない」
俺は片眼鏡(モノクル)を取り出し、装着した。 軍師時代に使っていた魔道具『解析のモノクル』。 対象のステータスやスキル構成を覗き見るアイテムだ。
「じっとしてろ。噛みつきゃしない」
「あ、はい……。でも、見ても面白くないと、思います……」
リリは恥ずかしそうに身を縮める。 俺は構わず、彼女に視線を固定した。
視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。 そこに表示された文字列を見た瞬間、俺は思わず息を飲んだ。
「……おいおい。マジかよ」
【名前】リリ 【種族】人族 【職業】暗殺者(アサシン) 【状態】衰弱、空腹、打撲、切り傷(多数)
【HP】15/2800 【MP】12/150
【STR(筋力)】C 【VIT(耐久)】D 【AGI(敏捷)】SSS(測定限界) 【DEX(器用)】S 【INT(知力)】B
【LUK(幸運)】-9,999,999(測定不能・限界突破)
「バグか……?」
俺はモノクルを叩いて再起動したが、数値は変わらない。 マイナス999万。 見たことがない数字だ。 通常、LUKがマイナス100もあれば、階段から落ちて首を折るレベルだ。 この数値なら、生まれた瞬間にへその緒が首に絡まって窒息死していてもおかしくない。 いや、そもそも生まれる確率すらゼロに近いだろう。
存在自体が、確率論に対する冒涜だ。
「……やっぱり、変ですよね」
俺の反応を見て、リリが自嘲気味に笑った。 その笑顔は、諦めに塗り潰されている。
「昔からそうなんです。私が歩けば道が崩れる。屋根の下に入れば天井が落ちる。誰かと関われば、その人にも災いが降りかかる……。だから、ギルドで『呪い子』って呼ばれて……」
「待て。話が合わないぞ」
俺は彼女の言葉を遮った。
「これだけのマイナス補正だ。普通なら1秒後に心臓発作で死ぬのがオチだ。だが、お前は生きている。五体満足で、ここで呼吸をしている」
なぜだ? 俺はウィンドウをスクロールさせ、スキル欄を確認した。 そして――納得した。 そこには、異常なまでの「生存本能」の結晶が刻まれていたからだ。
【保有スキル】 ・危機察知:Lv.MAX ・直感回避:Lv.MAX ・パリィ(受け流し):Lv.MAX ・毒耐性:Lv.MAX ・落下耐性:Lv.MAX ・痛覚遮断:Lv.5 ・気配遮断:Lv.8
「……ははっ」
乾いた笑いが出た。 なるほど、そういうことか。
彼女は運が良いから生き残ったのではない。 運が悪すぎて、「死」が毎秒ごとの日常として襲いかかってくる環境にいたせいで、それらをすべて「実力」でねじ伏せるしかなかったのだ。
落ちてくる看板を紙一重でかわす反射神経(AGI:SSS)。 背後からの凶器を肌で感じる危機察知。 毒入りの食事を分解する耐性。
降り注ぐ不運という名の豪雨の中を、傘も差さずに、全ての雨粒を見切って避け続けてきたようなものだ。 これを「過剰適応」と言わずしてなんと言う。
「お前、職業は暗殺者(アサシン)になってるな」
「……はい。普通の仕事は、すぐに店を壊しちゃうので……。魔物を倒したり、危険な場所の調査なら、一人でできるから……」
「そうか。だが、依頼達成率は最悪だろう?」
「……どうして、それを」
リリが驚いた顔をする。 簡単な推測だ。 ターゲットを殺す前に、自分が罠にかかったり、不測の事態でターゲットが逃げたりするからだ。 実力は最強クラスなのに、結果が出せない。 それが彼女の人生だったのだろう。
「……気持ち悪い、ですよね」
リリが膝を抱え、小さく呟いた。
「この数字……以前、教会の神官様に見てもらった時、悲鳴を上げて逃げられました。『災厄の権化だ』って」
彼女の瞳から、光が消えている。 自分は生きていてはいけない存在なのだと、そう信じ込んでいる目だ。
「――傑作だ」
俺の口から出たのは、称賛の言葉だった。
「え……?」
「気持ち悪い? 逆だ。美しいよ、お前のそのステータスは」
俺はしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。
「これほどの理不尽な運命(システムの悪意)に晒されながら、お前は己の力だけで生き抜いてきた。神が『死ね』と言い続けるのを、中指立てて拒否し続けてきたんだ。……それを奇跡と言わずしてなんと言う」
「き、せき……?」
「ああ。お前は最強の生存者だ。誇っていい」
俺の言葉に、リリはポカンと口を開いていた。 罵倒されることはあっても、褒められたことなど一度もなかったのだろう。 その赤眼が、揺れるように潤み始める。
(それに……)
俺は内心で、邪悪な笑みを浮かべた。
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