5 / 150
第5話:不運でないことをかみしめること
翌朝。 俺たちが目を覚ましたとき、天井は落ちてこなかったし、床が抜けることもなかった。リは起きた瞬間、自分の体をまさぐるように確認し、五体満足であることを知って、また少し泣いた。
「……生きてる」
「当たり前だ。さっさと顔を洗え。飯にするぞ」
俺は感傷に浸る暇を与えず、彼女を食堂へと連れ出した。 腹が減っては戦ができん。特にリリの体は限界に近い。まずは栄養を叩き込むのが最優先事項だ。
宿の一階にある食堂は、朝から労働者や駆け出しの冒険者たちで賑わっていた。 俺たちは隅のテーブル席を確保し、一番安い「朝定食」を二つ注文した。
「ほら、来たぞ」
ドン、とテーブルに置かれたのは、湯気を立てる野菜シチューと、固焼きの黒パン。王都の高級店に比べれば家畜のエサのような見た目だが、今の俺たちにはご馳走だ。
「……」
リリはスプーンを握ったまま、固まっていた。 シチューを見つめる目が、獲物を前にした猛獣のように鋭い――いや、違うな。 あれは「恐怖」している目だ。
「どうした。食わないのか?」
「あ、いえ……その」
リリは怯えたように周囲を見回し、小声で囁いた。
「……爆発、しませんか?」
「は?」
「シチューが沸騰して顔にかかるとか……中から毒虫が出てくるとか……スプーンが折れて喉に刺さるとか……」
「……」
どんな食生活を送ってきたんだ、お前は。 俺は呆れを通り越して感心しながら、自分のシチューを一口すすった。
「見ろ。爆発しないし、虫もいない。ただの煮込みすぎた野菜スープだ」 「は、はい……」
リリはゴクリと喉を鳴らし、決死の覚悟でスプーンを皿に入れた。 そして、恐る恐る口に運ぶ。
パク。
彼女の動きが止まった。 口をもぐもぐと動かし、ごくんと飲み込む。
次の瞬間、彼女の大きな瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「……っ、うぅ……!」
「おい、熱かったか?」
「ちが、違います……!」
リリは首を振り、涙を拭いもせずにシチューをかき込み始めた。
「味が、します……。変な味がしないんです……。砂利が入ってない……お皿が割れない……椅子が壊れない……っ」
彼女は一口食べるごとに、噛み締めるように確かめていた。 自分が許されていることを。 世界から拒絶されず、ただ食事をすることを受け入れられている事実を。
「あったかい……美味しいです、ジン様……っ」
その姿は、痛々しくもあり――同時に、守ってやりたいと思わせる何かがあった。 ただの安飯でここまで幸せになれるなら、コストパフォーマンスが良いなんてもんじゃない。
「……ゆっくり食え。誰も取らない」
俺は自分のパンを半分にちぎり、リリの皿の横に置いてやった。
「え? で、でもこれはジン様の……」
「俺は少食なんだ。残すともったいないから、お前が処理しろ」
嘘だ。本当は俺だって腹が減っている。 だが、ガリガリに痩せたこいつが、リスのように頬を膨らませて食べているのを見ていると、不思議と空腹感が紛れる気がした。
(……チッ、甘やかすつもりはないんだがな)
俺は心の中で毒づきながら、彼女が喉を詰まらせないように、自分の分の水も差し出した。 これは投資だ。 彼女という最強の兵器を万全の状態にするための、必要経費に過ぎない。
「んぐっ……ふぅ……!」
数分後。 リリの皿も、俺が押し付けたパンも、すべて綺麗になくなっていた。 彼女は満足げに腹をさすり、ほう、と幸せそうな息を吐いた。 その顔には、昨日までの悲壮感はない。 年相応の少女らしい、あどけない笑顔が浮かんでいた。
「ジン様! 私、こんなに美味しいご飯を食べたの、生まれて初めてです!」
「そうかよ。……口元、ついてるぞ」
俺は指で彼女の口元についたソースを拭ってやった。 リリは「あ」と赤くなり、それから嬉しそうに目を細めた。 まるで、主人に撫でられた忠犬のように。
「さて、エネルギー補給も完了したことだし、行くか」
「はい! どこへでもお供します、ご主人様!」
「ご主人様はやめろ。……行くぞ、まずは金稼ぎだ」
俺は席を立った。 手持ちの金は昨日の宿代と飯代で底をつきかけている。 これから生きていくには、そしてこの「幸運な生活」を維持するには、先立つものが必要だ。
幸い、俺には「不運」という名の最強の弾丸が装填されている。 そして隣には、世界最強の回避能力を持つ護衛がいる。
「リリ。俺の背中は任せるぞ」
「はいっ! 指一本触れさせません!」
リリが頼もしく胸を張る。 俺たちは宿を出て、朝の光が降り注ぐ王都のメインストリートへと足を踏み出した。 この先に待ち受けるのが、魔物か、盗賊か、あるいは更なる理不尽か。 何が来ようと関係ない。
俺たちの「運命」は、もう俺たちの手の中にあるのだから。
「……生きてる」
「当たり前だ。さっさと顔を洗え。飯にするぞ」
俺は感傷に浸る暇を与えず、彼女を食堂へと連れ出した。 腹が減っては戦ができん。特にリリの体は限界に近い。まずは栄養を叩き込むのが最優先事項だ。
宿の一階にある食堂は、朝から労働者や駆け出しの冒険者たちで賑わっていた。 俺たちは隅のテーブル席を確保し、一番安い「朝定食」を二つ注文した。
「ほら、来たぞ」
ドン、とテーブルに置かれたのは、湯気を立てる野菜シチューと、固焼きの黒パン。王都の高級店に比べれば家畜のエサのような見た目だが、今の俺たちにはご馳走だ。
「……」
リリはスプーンを握ったまま、固まっていた。 シチューを見つめる目が、獲物を前にした猛獣のように鋭い――いや、違うな。 あれは「恐怖」している目だ。
「どうした。食わないのか?」
「あ、いえ……その」
リリは怯えたように周囲を見回し、小声で囁いた。
「……爆発、しませんか?」
「は?」
「シチューが沸騰して顔にかかるとか……中から毒虫が出てくるとか……スプーンが折れて喉に刺さるとか……」
「……」
どんな食生活を送ってきたんだ、お前は。 俺は呆れを通り越して感心しながら、自分のシチューを一口すすった。
「見ろ。爆発しないし、虫もいない。ただの煮込みすぎた野菜スープだ」 「は、はい……」
リリはゴクリと喉を鳴らし、決死の覚悟でスプーンを皿に入れた。 そして、恐る恐る口に運ぶ。
パク。
彼女の動きが止まった。 口をもぐもぐと動かし、ごくんと飲み込む。
次の瞬間、彼女の大きな瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「……っ、うぅ……!」
「おい、熱かったか?」
「ちが、違います……!」
リリは首を振り、涙を拭いもせずにシチューをかき込み始めた。
「味が、します……。変な味がしないんです……。砂利が入ってない……お皿が割れない……椅子が壊れない……っ」
彼女は一口食べるごとに、噛み締めるように確かめていた。 自分が許されていることを。 世界から拒絶されず、ただ食事をすることを受け入れられている事実を。
「あったかい……美味しいです、ジン様……っ」
その姿は、痛々しくもあり――同時に、守ってやりたいと思わせる何かがあった。 ただの安飯でここまで幸せになれるなら、コストパフォーマンスが良いなんてもんじゃない。
「……ゆっくり食え。誰も取らない」
俺は自分のパンを半分にちぎり、リリの皿の横に置いてやった。
「え? で、でもこれはジン様の……」
「俺は少食なんだ。残すともったいないから、お前が処理しろ」
嘘だ。本当は俺だって腹が減っている。 だが、ガリガリに痩せたこいつが、リスのように頬を膨らませて食べているのを見ていると、不思議と空腹感が紛れる気がした。
(……チッ、甘やかすつもりはないんだがな)
俺は心の中で毒づきながら、彼女が喉を詰まらせないように、自分の分の水も差し出した。 これは投資だ。 彼女という最強の兵器を万全の状態にするための、必要経費に過ぎない。
「んぐっ……ふぅ……!」
数分後。 リリの皿も、俺が押し付けたパンも、すべて綺麗になくなっていた。 彼女は満足げに腹をさすり、ほう、と幸せそうな息を吐いた。 その顔には、昨日までの悲壮感はない。 年相応の少女らしい、あどけない笑顔が浮かんでいた。
「ジン様! 私、こんなに美味しいご飯を食べたの、生まれて初めてです!」
「そうかよ。……口元、ついてるぞ」
俺は指で彼女の口元についたソースを拭ってやった。 リリは「あ」と赤くなり、それから嬉しそうに目を細めた。 まるで、主人に撫でられた忠犬のように。
「さて、エネルギー補給も完了したことだし、行くか」
「はい! どこへでもお供します、ご主人様!」
「ご主人様はやめろ。……行くぞ、まずは金稼ぎだ」
俺は席を立った。 手持ちの金は昨日の宿代と飯代で底をつきかけている。 これから生きていくには、そしてこの「幸運な生活」を維持するには、先立つものが必要だ。
幸い、俺には「不運」という名の最強の弾丸が装填されている。 そして隣には、世界最強の回避能力を持つ護衛がいる。
「リリ。俺の背中は任せるぞ」
「はいっ! 指一本触れさせません!」
リリが頼もしく胸を張る。 俺たちは宿を出て、朝の光が降り注ぐ王都のメインストリートへと足を踏み出した。 この先に待ち受けるのが、魔物か、盗賊か、あるいは更なる理不尽か。 何が来ようと関係ない。
俺たちの「運命」は、もう俺たちの手の中にあるのだから。
あなたにおすすめの小説
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を
タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。
だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。
雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。
血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、
“最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。