歩く災害と呼ばれた【薄幸の美少女】を救ったら、俺にしか懐かない最強の守護者になった件。~運を下げるスキルで追放されたけど、彼女と一緒なら無敵

ジョウジ

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第12話:離れたら死にます(物理)

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 懐が暖かくなった俺たちは、その足で再び武具店へと向かった。以前、中古の装備を見繕ったあの店だ。だが今回は、店の奥から引っ張り出してきた在庫処分品を買うためではない。

「親父、一番いい砥石(といし)と、刃の手入れ油。それから上級ポーションを10本だ」

「へいよ! ……って、なんだまたアンタらか」

 店主は俺たちの顔を見ると、露骨に嫌そうな顔をした。無理もない。前回は銀貨5枚で強引に装備一式をふんだくっていったのだから。

 だが、俺がカウンターに金貨を一枚、チャリリと弾いて見せると、親父の目は現金なほど丸くなった。

「き、金貨!? 兄ちゃん、山賊でも襲ったか?」

「真っ当な労働の対価だ。釣りはいらん。その代わり、最高級の品を用意しろ」

「へへっ、まいどあり!」

 親父が奥へ引っ込んだ隙に、俺はリリに振り向いた。

「リリ。金はあるんだ。そのボロっちい装備も買い換えるぞ」

 俺は彼女が着ている『留め具が錆びた革鎧』と『流行遅れのローブ』、そして腰に差した『刃こぼれした短剣』を指差した。これらはあくまで、金がない時の繋ぎだ。AGI特化の彼女には、ミスリル製の軽装鎧や、魔力を帯びた短剣の方が相性がいい。

「あそこの棚にある短剣なんてどうだ? 切れ味も良さそうだし、エンチャントも付いてる」

 俺は壁に飾られた業物を指差した。しかし、リリの反応は鈍かった。いや、鈍いどころか、彼女は自分の薄汚れたローブの裾をギュッと握りしめ、ふるふると首を横に振った。

「……嫌です」

「あ?」

「買い換えません。……これがいいんです」

 リリは腰の短剣に手を添え、まるで誰かに奪われるのを恐れるかのように身を引いた。

「おいおい、それは中古の安物だぞ? さっきの戦闘でだいぶガタが来てるじゃないか」

「直します! お手入れします! だから……捨てないでください!」

 リリの瞳が必死に訴えかけてくる。

「これは……ジン様が初めて私にくださった、宝物なんです。私が『誰かの役に立てる』って、ジン様が証明してくれた証なんです……っ」

 彼女にとって、このボロ装備はただの道具ではないらしい。世界から拒絶され続けてきた彼女が、初めて他者から「与えられた」居場所そのものなのだ。

「……はぁ」

 俺は深いため息をついた。軍師としては、戦力の低下を招く感情論は切り捨てるべきだ。だが、その装備を身につけている時の彼女のステータス上昇値(モチベーション補正)を考えると、無理に取り上げるのも得策ではない。

「わかったよ。メインウェポンはそれでいい」

「! ありがとうございます!」

「ただし」

 俺は間髪容れずに、棚にあったミスリル製の短剣を一本手に取った。

「予備(サブ)は持て。戦場で武器が折れて、素手で戦う羽目になるなんて間抜けは俺の部下にはいらん。リスク管理は基本中の基本だ」

「あ……」

「これは命令だ。古い方を大事にするのは勝手だが、死んだら元も子もないからな」

 俺は有無を言わせず、その新品の短剣をカウンターへ放った。リリは少し躊躇っていたが、俺の真剣な目を見て、小さく頷いた。

「……はい。わかりました。大切に、使います」

 結局、彼女の装備費は予備の短剣一本分で済んだ。金貨50枚もあるというのに、全身最高級品で固めることもできたはずだが……まあいい。彼女にとっては、俺が最初に与えたあのボロ剣こそが、伝説の聖剣よりも価値があるのだろう。

「安上がりな女だ」

 俺は苦笑しつつ、消耗品と野営用のテントなどの道具を追加で買い込み、店を出た。

          ◇

 日が暮れる頃、俺たちは王都の中央区にある高級宿『銀の月亭』の前に立っていた。石造りの立派な外観。入り口にはドアマン。一泊につき銀貨10枚は下らない、一流の宿だ。

「す、すごい……お城みたいです……」

「今日からはここが拠点だ。疲れも取れるぞ」

 俺たちはロビーに入り、受付へ向かった。 ふかふかの絨毯が足音を吸い込む。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

 身なりの良い受付係が、慇懃(いんぎん)に頭を下げる。俺たちの格好(特にリリの中古装備)を見て一瞬眉をひそめたが、プロらしく表情には出さなかった。

「ああ。一番いい部屋を頼む」

「スイートですね。かしこまりました」

「部屋数は二つだ」

 俺がそう告げた瞬間だった。

 ガシッ!

 右腕に、万力のような力が食い込んだ。見ると、リリが俺の腕にしがみつき、顔面蒼白になって震えていた。

「……え?」

「どうしたリリ。部屋は別々の方がいいだろ? 広々と使えるし」

 俺は気遣いのつもりで言った。いくら主従関係とはいえ、年頃の娘と男が同室というのはアレだろう。プライベートな空間があった方が、彼女も気が休まるはずだ。

 だが、リリの反応は劇的だった。

「だ、だめ……だめですっ!!」

 ロビーに響く悲鳴。リリは俺の腕を強く引き寄せ、涙目で首を振った。

「は、離れたら……離れたら、死にます!」

「はあ? 何を言って――」

「壁一枚でも隔てたら、きっと天井が落ちてきます! 床が抜けて溶岩が出てきます! 窓から隕石が飛び込んできて、私、死んじゃいますぅぅぅ!」

 リリは半狂乱だった。彼女の中での「不運」への恐怖は、たった数日の安全では払拭しきれないほど根深いのだ。ジンという「安全地帯(セーフティエリア)」から1メートルでも離れれば、世界が牙を剥くと本気で信じ込んでいる。いや、実際そうなる可能性が高いのが彼女のステータスなのだが。

「お、おい落ち着け。溶岩は出ないだろ、さすがに」

「出ます! 私なら出ます! お願いですジン様、捨てないでください! 足元で寝ますから! 玄関マットの上でもいいですからぁっ!」

 リリは俺の腰にしがみつき、なりふり構わず懇願した。周囲の客たちが「なんだ?」「痴話喧嘩か?」「捨てられるのか?」とヒソヒソ噂し始める。

 俺は頭を抱えた。これでは俺が、いたいけな少女を弄んで捨てようとしている極悪人みたいじゃないか。

「……わかった。わかったから離せ」

「同室……いいんですか?」

「ああ、一緒だ。一緒の部屋にする」

 俺は降参して、受付係に向き直った。

「……ツインを一部屋で頼む」

「かしこまりました。……新婚旅行ですか? 仲がよろしいようで」

「ただの護衛だ」

 受付係の生暖かい視線を無視して、俺たちは鍵を受け取った。

          ◇

 通された部屋は、さすが高級宿というだけあって広かった。窓からは王都の夜景が一望でき、ベッドは最高級の羽毛布団が使われている。

「……ふぅ」

 リリは部屋に入るなり、俺の影に隠れるようにして周囲を警戒していたが、何も落ちてこないとわかると、ようやく息を吐いた。

「シャワーを浴びてこい。お湯が出るぞ」

「は、はい。……あの、覗かないでくださいね?」

「誰が覗くか。皮と骨しかない体なんぞ興味ない」

 リリはむぅ、と頬を膨らませて浴室へ消えていった。

 ……やれやれ。 俺はソファに深々と体を沈めた。とんだ誤算だ。金さえあれば快適な生活が手に入ると思っていたが、リリのメンタルケアという特大の課題が残っていたとは。

(だが……まあ、悪い気分じゃない)

 俺は自分の腕――先ほどまでリリがしがみついていた場所を、無意識に撫でた。 あそこまで全幅の信頼を寄せられるというのは、軍師冥利に尽きるというものだ。

 数十分後。さっぱりしたリリが浴室から出てきた。濡れた銀髪が艶やかに光り、湯上がりの肌がほんのりと赤い。ボロの服ではなく、宿備え付けのナイトガウンを纏った姿は、どこぞの深窓の令嬢と言われても通じるほど整っていた。

「……お先にいただきました」

「ああ」

 俺も手早く汗を流し、浴室から出る。すると、リリは既にベッドに入っていた――が、様子がおかしい。

 二つあるベッドの片方。その端っこで、小さく丸まって震えている。

「……どうした。寒いのか?」

「い、いえ……その……」

 リリは布団から目だけを出して、俺を見た。

「広すぎて……落ち着かなくて……」

「……」

 路地裏の木箱や、狭い安宿に慣れすぎた弊害か。この広大なキングサイズベッドは、彼女にとっては「敵が潜んでいるかもしれない空間」にしか見えないらしい。

「めんどくさい奴だな」

 俺は悪態をつきながら、自分のベッドに入った。部屋の明かりを消す。

 暗闇の中、リリの衣擦れの音が聞こえる。彼女はまだ、何度も寝返りを打ったり、ビクッと体を跳ねさせたりしている。浅い眠りと覚醒を繰り返しているようだ。

(……チッ、これじゃ明日使い物にならんぞ)

 俺は音もなくベッドを降りた。そして、リリのベッドへ近づく。

「ひゃっ!?」

 リリが驚いて飛び起きようとするのを、手で制した。

「じっとしてろ」

 俺は彼女が蹴飛ばして乱れていた毛布を拾い上げ、肩までしっかりと掛け直してやった。そして、そのままベッドの端に腰掛ける。

「ジ、ジン様……?」

「俺が起きている間は、不運なんて寄ってこない。見張っててやるから、さっさと寝ろ」

 俺は【確率操作】のパスを確認しつつ、ポンポンと布団の上から彼女を軽く叩いた。 子供をあやすようなリズムで。

「……はい」

 リリの強張っていた体が、嘘のように弛緩していく。彼女は俺の服の裾を指先でちょこんと掴むと、安心したように目を閉じた。

「おやすみなさい……ジン様」

 数秒後には、安らかな寝息が聞こえ始めた。その顔は、昼間の殺気立った暗殺者とは程遠い、ただの守られるべき少女のものだった。

「……甘やかしすぎだな」

 俺は自嘲気味に呟いた。だが、掴まれた服の裾を振りほどくことはせず、窓から差し込む月明かりの下、彼女が深い眠りに落ちるまでその場に座り続けた。

 明日は難関ダンジョンの攻略だ。英気を養ってもらわねば困る。これはあくまで、効率的な戦力維持のための行動だ。 ……そう、自分に言い聞かせながら。
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