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第33話:深淵の軍師
冒険者ギルドでの騒動から数日。 王都における俺たちの評価は、劇的な変化を遂げていた。
元々は「追放された元軍師」と「呪われた不運少女」という色物扱いだった俺たちだが、今やその認識は180度覆されている。 Sランク古竜を無傷で討伐した実力。 腐敗した支部長を、表舞台に出ることなく裏から操り、社会的に抹殺した冷徹な知略。 それらの噂に尾ひれがつき、いつしか俺はこう呼ばれるようになっていた。
――『深淵の軍師』、と。
「……誰が深淵だ、誰が」
夜の屋敷。広々としたリビングのソファに深々と体を沈めながら、俺は独りごちた。 ただ効率的に障害を排除し、利益を確保しただけだというのに、世間では「裏の支配者」みたいな扱いをされているらしい。
おかげで、ギルドに行けば波が割れるように道が開き、依頼主からは過剰なほどの高額報酬が提示されるようになった。 快適と言えば快適だが、少しばかり気疲れするのも事実だ。
「ジン様、お茶が入りましたよ」
思考の海に沈んでいた俺の鼻腔を、芳醇な茶葉の香りがくすぐった。 目を開けると、エプロン姿のリリが湯気の立つティーカップを差し出していた。
「ああ、すまない」
俺はカップを受け取る。 ヴォルグに特注で作らせた『衝撃吸収術式付き古竜牙製ティーカップ』だ。見た目は優雅な白磁に見えるよう加工されているが、中身は投石機の巨石でも弾き返す強度を誇る。 おかげで、今のリリが多少力を込めて取っ手を握っても、粉砕されることはない。
「……うん、美味い」
一口飲むと、完璧な温度と味わいが口の中に広がった。 リリの家事スキルは、道具さえ壊れなければプロ級だ。AGI(敏捷)が高いおかげで、茶葉のジャンピングすら最適化されているのかもしれない。
「ふふっ、良かったです。ヴォルグさんの道具、本当に使いやすくて助かります」
リリは嬉しそうに微笑み、俺の隣に座った。 距離が近い。太ももが触れ合う距離だ。 最近の彼女は、屋敷の中ではこうして俺にベッタリとくっついていることが多い。本能的な安心感を求めているのか、それとも単なる独占欲か。
「みゅ~」
さらに、俺の足元から白い毛玉がよじ登ってきた。 ラクだ。 こいつは俺の膝の上を「定位置」と定めたらしく、器用に丸まると、じんわりと温かい熱を発し始めた。 不運エネルギーを熱変換しているのだろうか。生きた湯たんぽだ。
「……極楽だな」
美味しい紅茶。隣にはリリ。膝の上にはモフモフ。 外では『深淵の軍師』として恐れられている俺だが、この屋敷の中だけは、ただの平和な家庭人になれる。 俺はふぅ、と長い息を吐き、天井を見上げた。
「お疲れのようですね、ジン様」
リリが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。 その琥珀色の瞳には、慈愛のような色が満ちていた。
「少しな。……有名になるってのも、面倒なもんだ」
「そうですか。……では、少し横になりますか?」
「ん?」
俺が視線を戻すと、リリはポンポンと自分の太ももを叩いていた。
「えーと……これは?」
「膝枕、です。ミライさんに聞きました。殿方の疲れを癒やすには、これが一番効果的だと」
リリは少し顔を赤らめながらも、真剣な眼差しで俺を見ている。 断る理由など、どこにもなかった。
「……では、お言葉に甘えて」
俺はラクを腹の上に移動させ、ゆっくりと体を横たえた。 リリの太ももは、驚くほど柔らかく、そして温かかった。 視界には、優しい顔で微笑むリリと、その背後で揺れる暖炉の炎。
「いかがですか?」
「……悪くない。というか、最高だ」
「ふふっ、良かったです」
リリの細い指が、俺の髪を梳くように優しく撫でる。 その一定のリズムと温もりが、張り詰めていた神経をほどいていくようだった。
「ジン様」
「なんだ」
「私、幸せです」
リリがポツリと呟いた。
「こうしてジン様のお世話をして、美味しいご飯を食べて、温かいお家で眠れる。……少し前まで、こんな未来があるなんて想像もしませんでした」
「……俺もだ」
俺は目を閉じた。 かつての俺は、他人の幸運を管理するだけの道具だった。 だが今は違う。 ここには、俺が守り、俺を必要としてくれる「家族」がいる。
「ずっと、こうしていたいです。……いえ、ずっとこうしていましょうね」
リリの言葉には、強い意志が込められていた。 この平穏を脅かす者がいれば、彼女は修羅となって排除するだろう。 そして俺もまた、この心地よい場所を守るためなら、どんなあくどい策謀でも巡らせてやるつもりだ。
「ああ。約束する」
俺の言葉に満足したのか、リリは嬉しそうにハミングを始めた。 腹の上ではラクが「みゅ~」と寝息を立てている。 深淵の軍師の夜は、甘く穏やかに更けていった。
……この時はまだ、俺も油断していたのだ。 この平穏な日々の裏で、新たな、そして今まで以上に胡散臭いトラブルの種が芽吹き始めていることに。
元々は「追放された元軍師」と「呪われた不運少女」という色物扱いだった俺たちだが、今やその認識は180度覆されている。 Sランク古竜を無傷で討伐した実力。 腐敗した支部長を、表舞台に出ることなく裏から操り、社会的に抹殺した冷徹な知略。 それらの噂に尾ひれがつき、いつしか俺はこう呼ばれるようになっていた。
――『深淵の軍師』、と。
「……誰が深淵だ、誰が」
夜の屋敷。広々としたリビングのソファに深々と体を沈めながら、俺は独りごちた。 ただ効率的に障害を排除し、利益を確保しただけだというのに、世間では「裏の支配者」みたいな扱いをされているらしい。
おかげで、ギルドに行けば波が割れるように道が開き、依頼主からは過剰なほどの高額報酬が提示されるようになった。 快適と言えば快適だが、少しばかり気疲れするのも事実だ。
「ジン様、お茶が入りましたよ」
思考の海に沈んでいた俺の鼻腔を、芳醇な茶葉の香りがくすぐった。 目を開けると、エプロン姿のリリが湯気の立つティーカップを差し出していた。
「ああ、すまない」
俺はカップを受け取る。 ヴォルグに特注で作らせた『衝撃吸収術式付き古竜牙製ティーカップ』だ。見た目は優雅な白磁に見えるよう加工されているが、中身は投石機の巨石でも弾き返す強度を誇る。 おかげで、今のリリが多少力を込めて取っ手を握っても、粉砕されることはない。
「……うん、美味い」
一口飲むと、完璧な温度と味わいが口の中に広がった。 リリの家事スキルは、道具さえ壊れなければプロ級だ。AGI(敏捷)が高いおかげで、茶葉のジャンピングすら最適化されているのかもしれない。
「ふふっ、良かったです。ヴォルグさんの道具、本当に使いやすくて助かります」
リリは嬉しそうに微笑み、俺の隣に座った。 距離が近い。太ももが触れ合う距離だ。 最近の彼女は、屋敷の中ではこうして俺にベッタリとくっついていることが多い。本能的な安心感を求めているのか、それとも単なる独占欲か。
「みゅ~」
さらに、俺の足元から白い毛玉がよじ登ってきた。 ラクだ。 こいつは俺の膝の上を「定位置」と定めたらしく、器用に丸まると、じんわりと温かい熱を発し始めた。 不運エネルギーを熱変換しているのだろうか。生きた湯たんぽだ。
「……極楽だな」
美味しい紅茶。隣にはリリ。膝の上にはモフモフ。 外では『深淵の軍師』として恐れられている俺だが、この屋敷の中だけは、ただの平和な家庭人になれる。 俺はふぅ、と長い息を吐き、天井を見上げた。
「お疲れのようですね、ジン様」
リリが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。 その琥珀色の瞳には、慈愛のような色が満ちていた。
「少しな。……有名になるってのも、面倒なもんだ」
「そうですか。……では、少し横になりますか?」
「ん?」
俺が視線を戻すと、リリはポンポンと自分の太ももを叩いていた。
「えーと……これは?」
「膝枕、です。ミライさんに聞きました。殿方の疲れを癒やすには、これが一番効果的だと」
リリは少し顔を赤らめながらも、真剣な眼差しで俺を見ている。 断る理由など、どこにもなかった。
「……では、お言葉に甘えて」
俺はラクを腹の上に移動させ、ゆっくりと体を横たえた。 リリの太ももは、驚くほど柔らかく、そして温かかった。 視界には、優しい顔で微笑むリリと、その背後で揺れる暖炉の炎。
「いかがですか?」
「……悪くない。というか、最高だ」
「ふふっ、良かったです」
リリの細い指が、俺の髪を梳くように優しく撫でる。 その一定のリズムと温もりが、張り詰めていた神経をほどいていくようだった。
「ジン様」
「なんだ」
「私、幸せです」
リリがポツリと呟いた。
「こうしてジン様のお世話をして、美味しいご飯を食べて、温かいお家で眠れる。……少し前まで、こんな未来があるなんて想像もしませんでした」
「……俺もだ」
俺は目を閉じた。 かつての俺は、他人の幸運を管理するだけの道具だった。 だが今は違う。 ここには、俺が守り、俺を必要としてくれる「家族」がいる。
「ずっと、こうしていたいです。……いえ、ずっとこうしていましょうね」
リリの言葉には、強い意志が込められていた。 この平穏を脅かす者がいれば、彼女は修羅となって排除するだろう。 そして俺もまた、この心地よい場所を守るためなら、どんなあくどい策謀でも巡らせてやるつもりだ。
「ああ。約束する」
俺の言葉に満足したのか、リリは嬉しそうにハミングを始めた。 腹の上ではラクが「みゅ~」と寝息を立てている。 深淵の軍師の夜は、甘く穏やかに更けていった。
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