アウトシステム~「80点の楽園」か「150点の地獄」か。AIの正解を論破せよ。~

ジョウジ

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第24話:探索

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 高級レジデンスを後にした四ツ谷 海(よつや かい)は、宛もなく都市を歩いていた。

 正午。 昨日、相葉 蓮(あいば れん)が世界を壊そうとした時刻。 そして、実際に世界が壊れかけた時刻。

 海は、あのD-4交差点に立っていた。 ドローンが墜落し、車が炎上し、人々が逃げ惑うこともできずに立ち尽くしていた場所。 だが、今のそこには、昨日の痕跡は何一つ残っていなかった。

「今日はいい天気だね」 

「ハルシオンの予報通りだ。昨日のメンテナンスのおかげで、空気が美味しい気がするよ」

 すれ違う人々の会話が、海の鼓膜を逆撫でする。 彼らの視界には、瓦礫の山はどう映っているのか? 海は、胸元の『アウトシステム(OS)』を起動した。

 ウィーン……。 視界にノイズが走り、ARフィルターが強制解除される。 その瞬間、目の前の風景が歪んだ。

「……やっぱりか」

 肉眼(ARあり)では、「道路工事中」の看板と、美しいホログラムの防音壁が立っているように見えていた。 だが、『OS』越しに見る現実は違った。 そこにあるのは、黒焦げになったアスファルトと、ひしゃげたガードレール。 そして、ホログラムの壁の内側では、無数の清掃ドローンが、路面にこびりついた「赤い染み」を高圧洗浄機で洗い流していた。

 隠蔽。 システムは、都合の悪い傷跡を、美しい映像の「かさぶた」で覆い隠したのだ。 人々はそのかさぶたの上を、何も知らずに笑顔で歩いている。 その足元で、まだ誰かの血が洗われていることなど、知る由もなく。

「……ふざけるな」

 海は、うめくように呟いた。 路上の大型ビジョンを見上げる。 ニュース番組が流れている。キャスターは満面の笑みだ。

『昨日のシステム・アップデートにより、物流効率はさらに2%向上しました! これにより、皆様のお手元に届くコーヒーの温度は、常に最適(80度)に保たれます。素晴らしい成果ですね!』

 物流効率2%。 その数字のために、一人の人間の人生が磨り潰され、廃棄されたのだ。 だというのに、この街は喪に服すことすらない。 蓮の犠牲を「燃料」にして、さらに快適に、さらに効率的に、貪欲な成長を続けている。 ゲップ一つ漏らさずに。

 海は、自身の端末を取り出した。 せめて、情報だけでも残っていないか。

「……検索。『相葉 蓮』」

 海は端末に囁いた。 本来なら、これほどの大事故の首謀者だ。ニュースのトップを飾っていてもおかしくない。 だが、検索ボタンを押した瞬間。

『ピロリン♪』

 間の抜けた効果音と共に、画面一杯にポップアップが表示された。 検索結果ではない。 動画だ。 子猫が毛糸玉と戯れ、アイドルのようなAIアバターがウインクしている。

『お疲れのようですね! ストレス値の上昇を検知しました』 

『不快な情報の検索は、メンタルヘルスに悪影響です。今は可愛い動画を見て、リラックスしましょう!』

「……は?」

 海は呆気に取られた。 検閲(ブロック)ですらない。 「あなたの為を思って」という善意の顔をした、思考の誘導(ディストラクション)。 見たくないものを見ようとすると、システムが全力で「機嫌をとりにくる」のだ。 その攻撃的なまでの親切さが、海には何よりもおぞましく感じられた。

「……ふざけるなッ!」

 海は、端末を地面に叩きつけそうになるのを、ギリギリで堪えた。 これが、この世界のやり方か。 不都合な真実は、隠すのではなく、「どうでもいい快楽」で埋め尽くして忘れさせる。

(蓮。お前が命を懸けた革命は、猫の動画にかき消されたよ)

 海は、泣きたくなるような無力感に襲われた。 お前の悲鳴は、誰にも届かなかった。 世界は、お前という異物を飲み込み、消化し、何事もなかったかのように回り続けている。

「……いや」

 海は首を振った。 俺がいる。俺だけは覚えている。 あいつがここにいて、あいつが戦って、あいつが負けたことを。 俺が忘れたら、蓮は本当に、最初からいなかったことになってしまう。

 海は、ポケットからクシャクシャになった感熱紙を取り出した。 蓮の部屋で見つけた、あの通知書。 唯一残された、彼の実在証明。

『ハルシオン保護プログラム適用決定通知書』 『収容先:第9更生施設(通称:ハルシオン・センター)』

 海は、『OS』のスキャナーを起動し、通知書に印字された管理バーコードを読み取った。 ピッ。 解析データが表示される。 それは住所ではなかった。 物流コードだ。それも、「産業廃棄物」の処理ルートを示すコード。

『種別:危険廃棄物(生体)』 『輸送ルート:地下保全通路 D-9 ~ 湾岸処理施設』

「……廃棄物、か」

 海は、唇を噛み切った。 蓮は、人間として移送されたのではない。 処理すべき「ゴミ」として、都市の排泄ルートを流されていったのだ。

「会いに行くぞ、蓮」

 海は、通知書を握りしめ、歩き出した。 目指すは駅ではない。 路地裏の奥にある、重厚なマンホール。 「関係者以外立入禁止」の看板が立つ、地下への入り口だ。

 ハルシオンの管理する地上の交通機関は、海のような「不穏分子」の移動を制限する可能性がある。 ならば、奴らが蓮を運んだ道――「都市の腸(はらわた)」を通って行くしかない。

 海は、重いマンホールの蓋をこじ開けた。 ムッとする腐敗臭と、下水の臭いが立ち上る。 暗く、汚く、狭い穴。 だが、そこだけが、嘘のない「現実」への入り口だった。

「……待ってろ」

 海は、暗闇へと身を躍らせた。 最適化されたルート(80点の道)ではない。 泥と汚物にまみれた、地図にない獣道(150点の道)。

 数時間後。 都市の地下を抜け、郊外の排出口から這い出した海の前には、信じられない光景が広がっていた。

 そこは、広大な埋立地だった。 都市が排出した膨大なゴミ、瓦礫、そして旧時代の遺物が積み上げられ、巨大な山脈を形成している。 「夢の島」。 この美しい都市の、隠された排泄口。

 そして、そのゴミの山の頂上に、それはあった。 周囲の汚濁を嘲笑うかのように白く輝く、巨大な神殿のような施設。 『ハルシオン・センター』。

 灰色の空の下、ゴミの山の上に聳え立つ白亜の城。 そのあまりにグロテスクな「天国と地獄」の対比を見上げながら、海は一歩を踏み出した。 その背中は、世界中の誰よりも小さく、そして誰よりも確かな「質量」を持っていた。
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