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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話
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ガードレールにもたれかかり流れる車を眺めながら、さてどうしようかなと思った。
直巳が見つかった。勤め先は半年前にオープンした純喫茶。そこのオーナーは以前直巳がバイトしていたオーナーの知己だった。以前のバイト先は軽く調べたけど、確かにそこから広げてはいなかった。ぬかった、と思うが反省ならこれからいくらでもできる。
(勤め先がここなら家はこの近所かな……いや、それよりも俺の家の方がいいか)
煙草が吸いたかったが、いつ直巳が来るか分からない。口寂しさに指先が何度も唇を撫でた。
閉店時間は過ぎているからそろそろだと思うのだけど。腕時計を見ようとしたとき、小石を踏む音が聞こえた。直ぐに、直巳だ、と直感する。
振り返るとそこには予想通り直巳の姿があった。3ヶ月ぶりに見る彼は少し痩せていて、覇気がないように感じるのは今の俺に怯えているからか、それとも。
(まあ、俺には関係ないか)
俺は表情を取り繕うこともせずに、ただ一言、
「お疲れ様」
と声をかけた。
「あ、りがとうございます」
直巳が固い声で応える。その様子に苦いものが胸の内に広がった。
「じゃ、行こうか」
有無を言わさない声音で言うと、思った通り直巳は小さく頷いた。それを見て、こんなことしたくなかったのにな、と身勝手な気持ちに襲われる。
直巳は自分の感情に疎い。正確に言うと、負の感情に疎い。それはきっと、上の兄と姉が直巳の代わりに理不尽に向かって怒り続けたからなのだろう。それは直巳を守る為で、直巳を愛していたからだけど、代わりに直巳は怒ることに、悲しむことに慣れていない。だからこの子は俺が少し強く出ればたとえ嫌でも頷いてしまう。理不尽だと感じてもどう対処していいか分からないから。
いつか、怒ることが苦手な可哀想で可愛いこの子が、俺に向かって怒ってくれるようになればいいと思っていたのに、俺も大概畜生だ。
歩き出すと直ぐに直巳は俺の隣に並ぼうとして、ハッとした顔をした。嫌な予感がしたけどそのまま横目で様子を伺っていると、彼は俺の3歩後ろにつけて歩き出した。
あークソ、面白くないな。
俺は目を細めると、そのまま直巳の手を取った。彼は驚いたように目を見開くと、反射的に手を引いたがそれより先に俺が力を込めればたちまち大人しくなる。
強引に手を繋いだ罪悪感から直巳の顔が見れず、俺はそっと彼から顔を背け歩き出した。
繋いだ手が暖かい。骨ばった青年の手に、7年前はどうだったんだろうと思いを馳せた。未成年の子に手を出すほどイカれてはなかったし、信頼も勝ち取りたかったから指一本触れないように気を配っていたけど、こんなことになるのなら手ぐらい繋いだって良かった気もする。
(いや……でも直巳がどう思うかは別か)
偏見の目が少なくなったとはいえ男同士、往来で手を繋ぐことに難色を示してもおかしくない。そもそも、俺はこの子にどう思われているのだろう。考えれば考えるほど嫌われているとしか思えず、俺は一旦思考を中断させた。嫌われていたところで我を通すつもりなのだから、考えるだけ無駄だ。
しばらく歩いていると、近くのコインパーキングに到着する。俺は直巳を後部座席に乗せると、ドアを閉めながら大きな息を吐いた。これでもうこの子は逃げられない。そこのことに安堵して、安堵した自分に嫌悪した。
俺のマンションに着くまでの30分は、きっと直巳にとって地獄のような時間だっただろう。運転している中で不用意なことを――たとえば恵さんなんか嫌いですみたいな――ことを言われたらあらぬ方向にハンドルを切る自信があったし、そうでなくてもバックミラー越しに不安そうに揺れる瞳を見続けるのは心がざわついた。こんな顔をさせているのは俺なのに。
車を停め、エスコートするようにドアを開けると直巳は慌ててシートベルトを外して車を降りた。所在なさげに視線をさ迷わせる直巳の手を取ると、彼は小さく口を開けて俺の顔を見た。そのあどけない表情に首を傾げると、直巳は慌てて顔を伏せてしまった。じっと観察していると、じわじわと直巳の項が赤く染まっていく。
素直に可愛いな、と思ったのは見合いの席のことを思い出したからだ。初めて会ったあの日、握手をしたあの時も、こんなふうにこの子は全身を真っ赤にさせていた。
俺はさっきよりも優しく手を引きながら歩き出した。もうすぐホームだという事実が、俺の心に余裕を持たせていた。
玄関に着いたとき、どこかそわそわとしている直巳に気づいた。その緊張感のない姿に些か毒気を抜かる。直巳はたぶん、俺の家ってだけでわくわくしてる。この子はそういう子だ。昔から俺の家が気になっていたみたいだし。
直巳が俺の自宅、あるいは神崎の本邸に行きたがっていたことは察していた。俺はよく小鳥遊の家に直巳を迎えに行っていたし、そのままお邪魔したこともあるから、普通に考えて同じように神崎の本邸に招くべきだったのだろう。
直巳のお願いならなんだって叶えてあげたかったけど、それでも気づかないふりをしていたのは一度家に入れたら帰せる自信がなかったのだ。お義兄さんからも絶対に家に招くなと再三言われていたし。あの人はきっと俺の執着に気づいている。面倒なことに。
しかしそれももう関係がない事だ。鍵を閉めた俺はくるりと振り返って、言った。
「話をしようか、直巳」
直巳が見つかった。勤め先は半年前にオープンした純喫茶。そこのオーナーは以前直巳がバイトしていたオーナーの知己だった。以前のバイト先は軽く調べたけど、確かにそこから広げてはいなかった。ぬかった、と思うが反省ならこれからいくらでもできる。
(勤め先がここなら家はこの近所かな……いや、それよりも俺の家の方がいいか)
煙草が吸いたかったが、いつ直巳が来るか分からない。口寂しさに指先が何度も唇を撫でた。
閉店時間は過ぎているからそろそろだと思うのだけど。腕時計を見ようとしたとき、小石を踏む音が聞こえた。直ぐに、直巳だ、と直感する。
振り返るとそこには予想通り直巳の姿があった。3ヶ月ぶりに見る彼は少し痩せていて、覇気がないように感じるのは今の俺に怯えているからか、それとも。
(まあ、俺には関係ないか)
俺は表情を取り繕うこともせずに、ただ一言、
「お疲れ様」
と声をかけた。
「あ、りがとうございます」
直巳が固い声で応える。その様子に苦いものが胸の内に広がった。
「じゃ、行こうか」
有無を言わさない声音で言うと、思った通り直巳は小さく頷いた。それを見て、こんなことしたくなかったのにな、と身勝手な気持ちに襲われる。
直巳は自分の感情に疎い。正確に言うと、負の感情に疎い。それはきっと、上の兄と姉が直巳の代わりに理不尽に向かって怒り続けたからなのだろう。それは直巳を守る為で、直巳を愛していたからだけど、代わりに直巳は怒ることに、悲しむことに慣れていない。だからこの子は俺が少し強く出ればたとえ嫌でも頷いてしまう。理不尽だと感じてもどう対処していいか分からないから。
いつか、怒ることが苦手な可哀想で可愛いこの子が、俺に向かって怒ってくれるようになればいいと思っていたのに、俺も大概畜生だ。
歩き出すと直ぐに直巳は俺の隣に並ぼうとして、ハッとした顔をした。嫌な予感がしたけどそのまま横目で様子を伺っていると、彼は俺の3歩後ろにつけて歩き出した。
あークソ、面白くないな。
俺は目を細めると、そのまま直巳の手を取った。彼は驚いたように目を見開くと、反射的に手を引いたがそれより先に俺が力を込めればたちまち大人しくなる。
強引に手を繋いだ罪悪感から直巳の顔が見れず、俺はそっと彼から顔を背け歩き出した。
繋いだ手が暖かい。骨ばった青年の手に、7年前はどうだったんだろうと思いを馳せた。未成年の子に手を出すほどイカれてはなかったし、信頼も勝ち取りたかったから指一本触れないように気を配っていたけど、こんなことになるのなら手ぐらい繋いだって良かった気もする。
(いや……でも直巳がどう思うかは別か)
偏見の目が少なくなったとはいえ男同士、往来で手を繋ぐことに難色を示してもおかしくない。そもそも、俺はこの子にどう思われているのだろう。考えれば考えるほど嫌われているとしか思えず、俺は一旦思考を中断させた。嫌われていたところで我を通すつもりなのだから、考えるだけ無駄だ。
しばらく歩いていると、近くのコインパーキングに到着する。俺は直巳を後部座席に乗せると、ドアを閉めながら大きな息を吐いた。これでもうこの子は逃げられない。そこのことに安堵して、安堵した自分に嫌悪した。
俺のマンションに着くまでの30分は、きっと直巳にとって地獄のような時間だっただろう。運転している中で不用意なことを――たとえば恵さんなんか嫌いですみたいな――ことを言われたらあらぬ方向にハンドルを切る自信があったし、そうでなくてもバックミラー越しに不安そうに揺れる瞳を見続けるのは心がざわついた。こんな顔をさせているのは俺なのに。
車を停め、エスコートするようにドアを開けると直巳は慌ててシートベルトを外して車を降りた。所在なさげに視線をさ迷わせる直巳の手を取ると、彼は小さく口を開けて俺の顔を見た。そのあどけない表情に首を傾げると、直巳は慌てて顔を伏せてしまった。じっと観察していると、じわじわと直巳の項が赤く染まっていく。
素直に可愛いな、と思ったのは見合いの席のことを思い出したからだ。初めて会ったあの日、握手をしたあの時も、こんなふうにこの子は全身を真っ赤にさせていた。
俺はさっきよりも優しく手を引きながら歩き出した。もうすぐホームだという事実が、俺の心に余裕を持たせていた。
玄関に着いたとき、どこかそわそわとしている直巳に気づいた。その緊張感のない姿に些か毒気を抜かる。直巳はたぶん、俺の家ってだけでわくわくしてる。この子はそういう子だ。昔から俺の家が気になっていたみたいだし。
直巳が俺の自宅、あるいは神崎の本邸に行きたがっていたことは察していた。俺はよく小鳥遊の家に直巳を迎えに行っていたし、そのままお邪魔したこともあるから、普通に考えて同じように神崎の本邸に招くべきだったのだろう。
直巳のお願いならなんだって叶えてあげたかったけど、それでも気づかないふりをしていたのは一度家に入れたら帰せる自信がなかったのだ。お義兄さんからも絶対に家に招くなと再三言われていたし。あの人はきっと俺の執着に気づいている。面倒なことに。
しかしそれももう関係がない事だ。鍵を閉めた俺はくるりと振り返って、言った。
「話をしようか、直巳」
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