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7話

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 トラップの解除方法は三つある。

 正規の手順で解除する。
 発動させてしまって解除する(おとこ解除)。
 剣や魔法でなぎ払って解除する(破壊)。

 この三つだ。

 私がおこなったのは三つ目の解除方法で、部屋の壁を炎の魔法で溶解しながら外への穴を空けた。
 セックスしないと出られない部屋――もしもセックスというものが『穴にものをさしこむ行為』ならば、私は部屋とセックスしたのだと言えなくもない。
 人には言いたくない。

 かくして『セックスをせずにセックスしないと出られない部屋から出る方法』をエルフ少女の前で見せてしまったので、もうあの部屋はセックスの大義名分には使えないだろう。
 次なる手管を考えなければならない……

 私が部屋で悩んでいると、ノックの音が聞こえた。

 その規則正しくない音階から、相手がエルフ少女であることを知る。

 私は慌てた。

 エッチをするための方策のヒントを求めて、部屋中にエロ書物を広げまくっていたのだ。

 エロ書物……それは実戦経験の乏しい私に様々なエロ情報をあたえてくれる聖典たちだった。私はそれらを読みふけりながら『性奴隷を獲得したらこんなプレイをしてみたい』と夢見たものだ。

 けれどそれらが現実に性奴隷の好感度を損ねずにエッチする役に立つかと言えば、立たない。

 みな導入があっさりしすぎているのだ。
 二ページ目にはもうエロが始まる感じで、それは実用品としてはすばらしいのだけれど、今の私が知りたいのは『導入』の部分なのであった。
 今の私が求めるのは『パンツを脱いだ状態で読み始めても風邪をひかない即効性』ではなく、導入シーンをじっくりねっとりやってくれるハウトゥ方向の実用性なのであった。

「少し待ちなさい」

 二度目のノックにそう答えて、私は広げた書物をまとめていく。
 慌てていた。いつもはどんなに散らかしてもメイドゴーレムに片付けさせるのだけれど、扉の前にエルフ少女がいる都合上、メイドゴーレムを招き入れるわけにもいかない。

 私は慌てた。本を片付ける。どんどん片付ける。どれだけ広げてるんだ馬鹿じゃないのかと思いながら片付ける。片付けるうちに『どうしてこんなに多いんだ』と疑問に思い始める。片付ける。むなしくなってくる。
 そう、この堆積したエロ書物の量は、そのまま私の鬱屈した性欲の量なのであった。

 私は悶々としていた。
 どうしてこんなに彼女に嫌われないことを優先しているのだろう……好かれたところで最終的に行き着くところは同じなのに、いったい、どうして……

 私は片付けを可能な限りの速度で終え、エロ書物のすべてをベッドの下に押し込みながら悩んだ。
 悩んでいると三度目のノックが聞こえたので、「入りなさい」と許可を出す。

 おずおずと扉を開けて入ってきたのはエルフ少女で、彼女は緊張からか、あるいは恐怖からか、目を泳がせ、しばらくなにも言えず、部屋にも踏み入れない様子であった。
 が、意を決したかのような顔になると、私の目の前に歩いてくる。

「師匠、ダンジョンではご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 虚を突かれた気持ちだった。

 だって私のせいなのだ。私が『嫌われず、しかしエッチしたい』という欲望に従ってダンジョン挑戦を決め、彼女の体力を考慮せず歩き回ったせいなのだ。

「……君が謝ることはなにもない。すべては、私の責任だ」
「でも、けっきょく、師匠が私になにをさせたかったかも、わからないままで……」

 彼女はあきらかに自責の念にかられていて、私はやっぱり『エッチするのが目的だったんだよ』とは明かせなかった。

 だが、私の中のなにかが、小さく、必死な声で叫んでいる。

 私はそのささやきに耳をかたむけた。そいつは言う。『お前はいつもそうだ』と。『いつも人からよく思われたくて自分を殺すんだ』と。『プライドばかりが高くて、人から必要以上に見上げられたくて、けっきょく機を逃すのがお前だ』と――そう言うのだ。

 それは私の中の欲望があげた声だった。

 よく思われたかった。
 私は孤児であった。だから育ての親によく思われたくて神官を目指したし、神官の中でも立派になりたくて教義をかたく守り、鍛錬に励み続けた。

 本当は気づいていたんだ。『姦淫を禁ず』――こんな教義は、大昔の、もっともっと神の権威が強かった時代の、ただの名残だって。
 ただ私は、こわかった。異性に興味津々な目を向けて『キモい』とか『あいつなんかこっち見てる』とか言われるのがおそろしかった……
 だから硬派を気取った。その結果、今がある。女性と付き合うどころか、まともに会話さえしたことのない、現在が……

 どこかで、『いい子』をやめない限り、私はずっとこのままだ。
 ずっと――エロ書物で己をなぐさめるだけの、童貞だ。

 変わるなら今だ、と思った。

 私はエルフ少女の肩に手をおく。

「師匠?」

 不安そうな青い瞳が私を見上げた。彼女の肩の、細い、骨張った感触が伝わってきて、私は自分の呼吸がだんだん荒くなっていくのを感じた。

 ムード。好感度。この先の関係。
 そういうものが頭によぎった。けれど私はそれらを無視した。

 今――ヤる。
 今日ここで――捨てる。

 私はエルフ少女の肩においた手に、力をこめる。
 彼女は痛そうに顔をしかめたけれど、私は無視した。

「……弟子よ。私は、君に告白したいことがある」
「え、な、なんでしょうか……」
「私が君を買ったのは、君を抱くためだ。君を私のものにしたくて、君を買ったのだ」

 心臓が痛いほど脈動していた。
 エルフ少女は言葉の意味がわかっていない様子だった。まだ幼い少女だ。なにも知らないのかもしれない。
 奴隷商のところにはいたが、性奴隷専門の商人のところではなかったし、ヤケドあとからそういった需要も考えられていなかったのだろう、知識は与えられてこなかったのかもしれない。

 私は彼女をすぐ横のベッドに押し倒す。

 そうしてのしかかるように彼女を見下ろし、少しだけ、停止した。

「あ、あの、師匠……?」
「少し待ってくれ」
「はい……?」

 私は興奮の極みにある。
 息は荒くなるばかりで、心臓は先ほどからだんだんと拍数を増しているようだった。

 間違いなく緊張していた。
 これまで収集した知識を活かす余裕などありそうもなかった。文机の上にあるあまたの道具の存在さえ、私の意識の埒外にあった。

「師匠、あの……」
「もうちょっと待ってくれ」
「はい……」

 さあ、抱くぞ。
 抱くぞ。
 抱くんだよ!

 だから――
 早く屹立しろ、私の、息子!

「……」
「……師匠」
「…………うわあああ!」

 立たない。

「し、師匠!?」

 私は彼女から離れて部屋のすみにうずくまった。
 立たない。なぜだ、立たない。

 ああ、『なぜだ』じゃない。

 私はなんとなく察してしまった。
 四つ足でベッドまで駆け寄り、その下に押し込んであるエロ書物を見る。

 立った。

 二本のほうの足で立ち上がって、ベッドに倒れ込むエルフ少女の肩に手を置く。
 呼吸はやはり速くなり、息も荒くなる。
 でも、萎えた。

 私は自分の推測が正しいことを知る。

 これは――

 ――緊張しすぎて、立たない。

「……弟子よ……私は死にたい」
「ええっ!? なんでですか!?」

 人生をやりなおしたかった。
 女の子と至近距離で見つめ合う程度でおびえるような、そんなことのないように。

「君が私をどう思っているかは知らない。だが、私は……私は、ダメなんだ。何一つ成しておらず、これから先もきっと、何一つ成せない。金を手にした。地位を手にした。私は孤児出身の者が望むであろう、おおよそすべてを持っている……けれど私は……」
「し、師匠……私にはよくわからないですけど……」

 そう言って、弟子は両腕を伸ばした。
 私は彼女の美しい顔をきょとんと見返す。

「……どうしたのだね?」
「師匠の悩みは、私には全然わかりません。きっとお力にもなれません。でも……抱きしめるぐらいなら、私にもできます」

 彼女の背後に、聖女の円光が見えた気がした。

 同時に私は罪深さにのたうちまわる。こんな子を! こんな純真な子を! 私は食い物にしようとしていたのだ!
 後悔した。でも興奮もした。純真無垢で慈愛あふれる無知な彼女に一から教え込むというのは、いかにも私の好きなシチュエーションだったのだ。

 私は己の変化に気づく――そう、今まで『へにょん』としていた私の息子が、今は『むくり』と起き上がっていたのだ。
 まだ半分の力も出していない。せいぜい最大時の十分の一かそこらの固さだろう……しかし私はたしかに希望を見た。

 その希望は信頼の向こう側にあった。
 私はまだまだ彼女の存在に緊張をしている。だが、だが……この先、私のほうが彼女を信用したならば、きっと私は、『信頼する彼女』にすべてをさらけ出すことができる。

 盲点だった。重要なのは『彼女から私への信頼』ではない。『私から彼女への信頼』のほうだったのだ。

 私は導くように両腕を伸ばす彼女から――離れた。
 このまま抱きしめられたら、『ママ』とか口走ってしまいそうだったのだ。

「……師匠?」
「……戻りなさい。君は悪くない。問題があるのは、私のほうだ」

 私は彼女に背を向け、うつむいて言った。
 視線の先には股間がある。彼女から離れたとたんに、元気になった部位だった。

 ベッドから気配が遠ざからないので、私はもう一度言う。

「戻りなさい。……いずれ来る『その時』までに、君にはもっと体力をつけてもらう」
「……はい」

 彼女は少し納得していない気配を漂わせながらも、ベッドから立ち上がり、「失礼します」と言いながら部屋を出た。
 彼女が部屋を出た瞬間、私はベッドに寝転がった。
 そこには彼女の残り香があるような気がした。実際にはなにもないのかもしれない。そもそも使っている洗剤や石けんが私と同じなので、それは私のにおいの可能性さえあった。
 しかし『彼女の残り香かもしれない』という事実だけで、私は満足し、興奮した。

 ふと思い立った私はベッドの下をあさり、比較的エルフ少女と容姿の近いヒロインの出てくる書物を取り出す。
『性奴隷さえ手に入れば必要なくなる』と思っていたその書物は、私の薄情な思惑など知らずに、いつもと変わらぬエロティックな表情を見せてくれた。

「ふぅ……」

 私はエロ書物を手にしながら思う。

 ――ああ、まだ、捨てられない。

 力を手にした。金を手にした。
 けれど私が他者への信頼を得て、いらないモノを捨てるのは、どうやらまだまだ、先の話になりそうだった。
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