旧版:ワケありマニアの幽子さん

塀流 通留

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第29話 もう一人の幽子

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「いやー、正解せいかい正解。バレちゃったかぁ♪ お見事!」

 かがみの中の幽子は微笑ほほえみながらパチパチと手を叩いた。
 もちろん、現実世界の幽子はそんなことしてない。

「あら? 意外いがいね、正直しょうじきに出てくるなんて。FPSゲームのいもスナ並みに引きこもっているから、しらばっくれるものだとばかり思っていたわ」

「そうしようとも思ったんだけど、さすがにここも潮時しおどきかなーって。何人もころしちゃったせいで全然ぜんぜん買い手がつかないのよ、この屋敷やしき

「一郎くんのお父様は買ったけど?」
「個人では使わないでしょ? 売りに出してもどうせだれも買わないだろうし、このままえさを待っているのも不毛ふもうだし、そろそろ引き篭りのニートをめて社会に出たくなったってこと」

「なるほど。で、どうやって出るつもり? ここには私がいるんだけど?」
「もちろん、あなたと入れわって」

 鏡の中の幽子が近寄ちかよってくる。
 一歩、また一歩と距離きょりめ、いよいよ鏡にぶつかる最後の一歩。

 その一歩をみ出した瞬間、鏡の中の彼女は現実世界へと具現化ぐげんかした。
 部屋の外から中の様子ようすを見守っていた一郎は、突然とつぜん現れたもう一人の幽子に動揺どうようする。

「幽子が……二人!?」
「一郎くん、こいつは鏡の悪魔ミラーデーモン。別名、ドッペルゲンガーとも呼ばれているわ」

「ドッペルゲンガーって、芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけやリンカーンが見たって言うあの?」

「そう。ドッペルゲンガーの正体についてはパラレルワールドの自分や、幽体剥離はくりなんていうのもあるけど、その原因げんいんは九割がたこいつの仕業しわざ。鏡の中にひそむ、本当の姿すがたを持たない不定形ふていけいの悪魔。まあ、RPGのスライムみたいなものだと思ってくれればいいわ」

「ドッペルゲンガーって見たら死ぬって言われているヤツだろ? スライムにしては物騒ぶっそうなような?」

「ゲームのスライムはともかく、実際じっさいのスライムって相当そうとうやばいわよ? 物理攻撃が一切いっさい通らない上に、侵入しんにゅうできないところなんてないからね。食い付かれたらさんかされるし、顔に張り付かれたらほぼみ。鼻からのうに入られて人格を乗っ取られたプロの陰陽師おんみょうじだっているもの。私は物理アタックしかできないから、見たら絶対にそくげるわ」

「じゃあ、逃げた方がいいやつなんじゃ……?」
「こいつはスライムみたいなものだけど、スライムじゃないからその必要ひつようはなし。現実世界に来るためには、物理無敵の不定形ボディをてて実体を取らなければならないの。人間体になった時点でどうとでもなるわ。だって物理が通るから! 殴れば勝てる!」

「何という脳筋理論のうきんりろん……」
「ちょっとちょっと、なーんか私に勝てるの前提ぜんていり上がってるみたいだけどさあ……」

 ――ヒュゴッ!

 偽物にせものの幽子のりが空をく。
 術力オーラまとったハイキックが、本物の幽子の首をるべくせまる。

 ギロチンのようなその一撃を、本物の幽子は咄嗟とっさにガード。
 しかし、威力いりょくを殺しきれずかべまでんでバウンドした。

「う、ぐ……」
「幽子!」

「私があんたそのものだってことわすれてない? 私たちは人間になる際、その人物の記憶きおく身体からだを完全にコピーする。じゃないと本人になりすませないからね」

 立ち上がろうとしている本物の幽子に偽物が迫る。

「自分自身に勝てる人間なんてそうそういない。あんたはここで自分自身に殺されるの……よっ!」

 ――バキッ!

 偽物が本物を蹴り上げる。
 本物は天窓てんまど近くまでちゅうい、それを偽物が追いかける。

 そして全力のダブルハンマー。
 本物がゆかたたきつけられた。

「ぐ……」
「あーっはっは! あなたになった瞬間しゅんかん、あなたの好きなことが頭の中に流れ込んできたわ! あなたって、こうやって自分よりも弱いヤツを一方的にいたぶってあおたおすのが好きなのよねぇ!? ねえどんな気持ち? 自分がその立場になってどんな気持ちぃ? ボコすつもりだった相手にボコボコにされて今どんな気持ち? ねえ、教えてぇ♪」

 偽物が頭をみつけた。
 ぐりぐりとそのまま足を動かす。

「そ……」
「そ? えー、何? 教えてくれるの? ありがとー♪」

「その前に私の質問に答えてくれる? あなたは今どんな気持ち?」
「もう最高♪ 弱い者イジメって最高の娯楽ごらくよねぇ♪ 特に調子乗ったバカを煽り倒して一方的になぐるの超気持ちいいわぁ♪」

「そう、気が合うわね。私も同感どうかん……よっ!」

 ――グシャッ!

 突然、偽物の幽子の頭の半分が吹き飛んだ。
 普通ふつうの人間なら間違いなく頭蓋骨ずがいこつ陥没かんぼつ即死そくしコース。

 しかし偽物の幽子は元々が不定形な魔物がゆえに即死にはいたらなかった。
 床にし、顔に?マークを浮かべながらピクピクと痙攣けいれんしている。

「な、ん、で……?」
「あ、しゃべれるんだ。ちょっと手加減てかげんしすぎちゃったかな? 術力めてないけど、金属バットで思いっきり後頭部こうとうぶ殴ったのに生きてるとかさすが魔物。生命力がゴキブリ並みね」

「え、あ……?」
「あ、気づいちゃった? ブフッ! 今気づくとかおっそーい♪ そこの私は床ペロしてるんだから、こんなはっきりしゃべれるわけないでしょ、バーカ♪」

 声のする方向がちがう。
 声の出所でどころは、先ほどまで立っていた場所の真後ろ。
 そこに三人目の幽子がいた。

「こ、このあんた……偽物!?」
「はい、正解。陰陽師が人形ひとがた使うのは常識じょうしきでしょ? なーんでそこ考えないかなぁ?」

「え? 三人目の幽子? 何がどうなってるんだ?」
「ごめんね一郎くん、だまってて。実は買い物から帰ってすぐに入れ替わっていたの」

 紙で分身を作り、それからずっと隠形おんぎょうしていたらしい。
 油断ゆだんしたところを叩くために。

「才能がある程度ていどある子なら折り紙くらいの大きさでも分身を作れるんだけど、私ってほら、才能ないから」

 大きな紙で等身大サイズの人形を作る必要があったとのこと。

「そ、そんな記憶はなかったぞ!」
「そりゃないわよ。だってあなたがコピーしたのって私の分身だし」

 分身はあくまで分身。
 本体の記憶までは保持ほじしないとのこと。

「自分自身を相手にするとかクソめんどくさいことになるの確定かくていなのに、正攻法で行くわけないじゃない」

 ブンブンとその場で素振すぶりする。
 風を切る音が廊下ろうかにいる一郎の元まで聞こえてきている。

「鏡の中に引き篭ってる芋スナ野郎やろうのあなたは知らないでしょうけど、あなた達を倒す方法ってもう確立されてるのよね」

 陰陽師用の教科書にもっている――と幽子。

「力のおとる分身体を作り出してそれをコピーさせる。分身と戦っている間に、隠形した本体でドコーン! 今の業界の常識じょうしきよ?」
「あ、あぁぁぁぁ…………」

「あ、ビビっちゃった? まあそうよね。あなたがコピーしたのって、あくまで私の分身だから、本物の私の二割ぐらいの強さだし。どうやったところでかなわないもの」

「こ、こうなったら鏡の中に逃げ――」
「れるとでも思ってる? ロク!」

 ――ワンッ!

 名前を呼ばれたロクはその場で飛び上がり、クローゼットルームの電気をけた。
 部屋の電気が追加され、月光の魔法陣まほうじんくずれる。
 魔方陣を玄関げんかんとして利用していた偽物は鏡の中に戻ることができない。

「あ、あう……」
「さーて、どうやって遊ぼうかなー? 元が不定形だからきっとこわれにくいと思うしぃ、ベースが私の分身だしぃ、思う存分ぞんぶんサンドバッグにできそう♪ ねえねえ、はらパンされるのと股間こかんを蹴り上げられるのとどっちがいい? 死なない程度に殴ってあげる♪」

 私の二割だし長く楽しめそう――と幽子。
 これを聞いた時、鏡の悪魔は心の中で強く思った。
 自分なんかより、この女の方がよっぽど悪魔だ。

きたら殺してあげるから――ね?」

 ――バキャアアァァァァッ!
 ――ドガァァァァッ!

 持っていたバットでアッパースイング。
 偽物の幽子は天井てんじょうに叩きつけられた後、落下中に本物に腹パンされた。

 くの字にたたまれた身体が鏡にぶちあたって破片はへんが飛びる。
 もう鏡の中に入れない。

「チェックメイト。これで終わり。一郎くん、もう入ってきても大丈夫よ」
「了解。じゃあさっさとガラスを片付けないとな。朝には帰るんだから」

「――ッ! 違う! 今のは私の声じゃない! まだ来ないで!」
「え?」

 幽子の静止せいしは間に合わず、一郎は部屋の中に入ってしまった。
 散らばったガラスの破片、その中でも一際ひときわ大きなものに、一郎の姿がうつってしまう。

 次の瞬間、部屋へやの中が光につつまれ目を開けていられなくなる。
 光がおさまった後、そこには二人の一郎がいた。
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