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9・3 脅威と無力

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 カインとシフォンと合流するとまずカインが報告を始める。

「正気を取り戻した信徒たちを鑑定士に診てもらったところ、その全ての信徒に魔力譲渡の契約が成されていた、譲渡先までは分からなかったが間違いなく運命の聖女だと思われる」

「ということは、その信徒達が死ぬ度にパラムの爺様が言ってた新しい魔王降臨への眠りが短くなるってこと?」

「そういうことになるな」
「でも、オレ達は別に信徒を殺すわけじゃないから、大丈夫だよね?」

 オレの質問にゴラグリュースが答える。
「問題はそこなのよね、私たちは勝手に運命の聖女の目的が魔王になってこの世界を滅ぼすことだと思ってたけど、よく考えてみて? ヴァンちゃんを凌駕するような魔力量を持っててこの世界を滅ぼしたいのであれば魔王になんてならなくても可能だったはずよ」

「うーん、確かに、魔王の時にヴァンが放った魔力破弾を防がなかったらあの一発でこの世界は壊滅状態だったかも」
 答えるオレに皆が頷く。

「では、魔王になる目的はなんでしょうか?」
 カインが尋ねるとゴラグリュースは首を横に振った。

「そこまでは分からないのよ、ただ、[運命の聖女が魔王になる=この世界が滅びる]じゃ無くて、[この世界が滅びる=運命の聖女が魔王になる]って計画だとしたら、この世界に一人残って何をするつもりかってことよね」

「しかし、暴徒の件であればいずれ沈静化すると思われますし、運命の聖女が降臨に備えて眠っていると思われる今、この世界の崩壊なんてそう易々とは行えないのでは?」

 カインの疑問にゴラグリュースはこの短時間に得た情報から導き出した推論を展開する。

「あたしが行った時危うくアパイトとカサオーヌが戦争を始めるところだったわ、それだけじゃ無くてロステリアにも危険が及ぶ可能性がある話を聞いて来たの」

『ロステリアに!?』

 カインとシフォンが身を乗り出すが落ち着くようにとゴラグリュースが制する。

「このカオンの暴徒騒ぎもそうだけど、今各地で起きてるのは混乱や裏切り、つまり悲観や憎悪を巻き起こす何かなのよ……そしてそれは十五年前のカインの両親の行方不明から始まってると思うの」

 カインが何かに思い当たったような言葉を吐く。 
「勇者や聖女が不在、救いの無い状態で巻き起こる混乱や憎悪……絶望……」

「それにキャスパーって……もしかして終わらせる者キャッスルイーターなの? え、無理じゃん!」
 ニムルが青ざめてその名前を口にした。

 それを聞いた皆が同様に自らの肩を掴んだり座り込むなりと諦めムードを醸し出す。

 いや、いやいや、これクイズ番組でよく見る一人だけ正解が分からなくて取り残されるやつ!
 どうしよう、オレも分かったフリして頭抱えてみようかな、って、いやニムルとネーシャには転生者ってバレてんだから一発で分かってないのが見抜かれるな、それはかっこ悪い。

「でもまだ、決まったわけじゃないわ、私の推測でしかないから」
「でも、キャスパーは蟲使いだから……ありえるよ、かなり」

 え?なに?虫なの?虫にこんなに怯えてるの?

 これはあれだな、恥を忍んでそいつが何者か聞いとかないと後で困るパターンだな。

「あのぉ……なんですかね、そのキャッスルイーターってのは?」

 魔族の二人を除く皆の視線が一斉にオレに集まり驚愕の表情を浮かべられる。
 ちくしょう、オレに非は無いのに、そんな反応されるとちょっとイラつく。
 事前にこの世界の常識を教えといてよ、魔王とパラムの爺様!

「とりあえず、説明はあとにしようよー」
「そうね、まずはカインとシフォンとあたしでロステリアに戻るわ、まだ最悪の事態が起きる前に止められるかもしれないし。悪いけどニムルちゃん送ってもらえるかしら」

「分かったー」

「タイト、カオンの暴動が治まったら次はエリンとネーシャちゃんと一緒にトリニアに向かってあげて、アパイトはオルタスも兵士もいるから時間は稼げると思う」
「分かりました」

 オネエ様たちがニムルのゲートでロステリアに向かったので、オレ達も再び混乱を収める為に動き出す。

・ ・ ・

「貴殿の娘がうちの息子をたぶらかしてるに決まってるだろう!」

「なにを申す英雄殿!どこの世界に手塩に掛けて育てた娘が冒険者風情に丸め込まれて一緒に冒険を始めるとなどと言い始めて喜ぶ親がいる!誰がどう見てもうちの娘をたぶらかしたのが英雄殿の息子であろう!」

「冒険者風情だと!うちの息子は冒険者であることに誇りを持ってるんだぞ!それを冒険者風情などと呼ぶ親に育てられた娘にうちの息子はやれん!」

「だから!そのセリフは私のセリフですぞ!」

 信徒が大挙して押し寄せてくるのをオルタスが巨大な斧で右へ左といなす横で、こちらも両手を後ろに組み器用に足技だけで襲い掛かってくる信徒を気絶させ背後に人の山を作るヨセフ。

 二人には一般兵である信徒が何人押し掛けてこようが敵ではなかったのだろう。
 戦いより明らかに自分たちの子供についての言い争いがヒートアップしていたが、ふと、オルタスがその足技に興味を示した。

「だが、ヨセフ殿、その足技は見事だな、その流派の師は居るのか?」
「はーっはっは、これは我流です、剣聖殿やウェスラムと如何に不利な状況で戦って相手に勝つかという遊びをやってるうちにこの足技に目覚めてしまいましてね、足技限定での戦いなら剣聖殿にも負けませんよ!」

「ほぉ、領主に納まってるのが勿体無いな」
「いえいえ、英雄殿のその巨大な斧でかすり傷一つ付けず相手をいなす技を見せられてはこんな足技子供の遊びですよ」

「ふむ、親が足癖が悪く、娘は手癖が悪いか」

 明らかにこの野郎という顔をするヨセフ。
「まぁ母親が斧を振り回すところしか見ずに育てば、その息子が若い娘を振り回してなんら良心の呵責も感じていないのもおかしくありませんな!」

「まだ言うかヨセフ殿!」
「英雄殿こそ!」
 カブロ教徒は無視して取っ組み合いを始めそうな二人、その時。

 ドドドドドドドっ!
 
 遠くの方から地響きが聞こえた。

「地震か!?」
「あれはロステリアの方角ですね」

「地震が起こるなんて嫌な話しか思い出さないな……」
「そうですね、しかもロステリアの方角とは……」
 二人は神妙な面持ちのまま遠くロステリアに視線を向ける。

「母上っ!」
「お父さーん!」
 ロステリアの方角を見ていた二人の背後、ウェスラムの方から二人の若者が馬に乗って近付いてくる。

「おぉ、スネーテ!」
「ミューダ、こんなところで何をしているんだ、また冒険ごっこか!」

 近くまで来たミューダと呼ばれた長い黒髪を備えた娘はふくれっ面を作る。
「ごっこではありません、私も立派なスネーテの相棒ですっ」

 ね?とミューダから視線を送られたスネーテと呼ばれた赤髪の少年は気まずそうに話を逸らす。
「母上はこんなところで何を?」

「ああ、カブロ教徒の暴走を食い止めてたんだが、なかなか解呪できる者をゴラグリュースが連れて来てくれなくてな、暇を持て余して危うくうちの息子の価値がわからん田舎の領主と決闘を始めるところだった」
 ギロリとヨセフをみるオルタス。

 苦笑いを浮かべるスネーテがミューダに話し掛ける。
「ミューダ、とりあえず再会の挨拶は置いといて、ヨセフさんと母が作ったこの信徒の山に解呪を施してやってくれるかい?」

「まっかせて!お父さん、私が相棒だってところ見せてあげるからっ」

 ミューダが指で印を組み、呪文を唱え始める。
 すると宙からキラキラと眩い光を放つ魔法陣がゆっくりと降りて来た。
 その魔法陣が信徒達に触れる距離まで降りたところでミューダは呪文を結ぶ。

呪術消去キャセラ!』

 信徒たちは小さな呻き声を上げると静かな寝息を立てだした。

「あれあれ? 寝ちゃったわ、私呪文間違えたかしら?」
 ミューダが不安そうに言うとスネーテが優しく答える。

「大丈夫だよ、ちゃんと解呪出来てる。たぶん精神操作下ですごい距離を怒りに任せて走ってきただろうからそれが解けて疲労が押し寄せて来たんじゃないかな」

「よかった!」
 無邪気にスネーテに抱き付くミューダ、それを見て娘を引き剥がそうと一歩前に出るヨセフ、それを斧で牽制するオルタス、その一連の流れを見て苦笑いを浮かべながらもミューダの頭をいつも通り撫でてやるスネーテ。

「事情を知ってるってことはあんた達もこの件に関わってるの?」
 オルタスがスネーテに問う。

「関わってるってほど大げさなもんじゃないよ、ロージさんが宿屋の再建で忙しいから他国に行く用事を頼まれただけだよ」
「ロージに!? あんた、勝手にロステリア直属の部隊に属してたりしないだろうね」

「ないない、気ままな冒険者が金もらってやってるだけだよ、今日もカブロ関係の調査でカサオーヌまで行ったのに、ゴラグリュースさんが先に謎を解いてロステリアに向かったみたいで俺たちも急いで帰らないと」

「それって、ロージは今回の件を事前に知ってたってこと!?」
「うーん、どこまで言っていいのか分かんないんだけど、英雄だからいいのかな?」

「やめなさい、母親をそんな呼び方するの」
「ははは、ごめん、でも誇りに思ってるよ。えと、カブロ教徒の精神操作の件は俺たちもウェスラムさんから聞いてさっき知ったんだよ」

 スネーテはオルタスにぐいっと近付き耳元で声を殺して続ける。
「……ロージさんの件は国王からの勅命で王妃の様子がおかしいので父親であるカサオーヌ王と王妃の弟のマルテス王子の動向を探ってほしいって内容」

 そこまで言うとまた距離を取るスネーテ。
「急にアパイトに侵攻したと聞いてやっぱり!っと思ってカサオーヌ王に会いに行ったら王にしては愉快なおじさんで、この威厳のなさはもしかして誰かが成り代わってるのかと勘ぐったけど、ミューダはいつものおじさんだっていうし、マルテス王子もいつも通りらしくてなんか拍子抜けだったよ」

「結局、アパイトに攻め込んで来たのは誰の仕業だったんだ?」
 ヨセフがスネーテに聞く。

「なんか軍幹部の一部がカブロ教徒でそいつらが勝手に今回の侵攻を巻き起こしたみたい、カサオーヌ王に頼まれてミューダが呪術消去を行ったけど、そいつらは精神操作すらされてなかったよ、狂信的なカブロ教徒の暴走って感じかな」

「そうか、じゃぁひとまずはカブロ教徒の問題が収まれば問題解決か、まぁその軍幹部はウェスラムに厳しく処罰されるだろうしな」

「あ、アパイトからカサオーヌ攻め込んで来た兵士達にもミューダが呪術消去施したよ」

 ヨセフの顔が曇り深刻な口調で尋ねる。
「そうか、こちらの者も……精神操作下でなく自らの意思で攻め込んだ者はいたのか?」

 スネーテが思い出し笑いをしながら告げる。
「いやいや、呪術消去して状況を説明するなりミューダとカサオーヌ王に泣いて土下座してたよ全員」

 ほっとした顔を浮かべた後にすぐ眉間にしわを寄せてみせるヨセフ。
「そうか、だが、精神操作を受けるなど修行が足らん、戻ってきたら俺が鍛え直してやる」

「どうだ、うちの息子は優秀だろう」
 なぜか親馬鹿発言をするオルタス。

「いや、どう考えても呪術消去で皆を救ったうちの娘の活躍だろう」

 即座に親馬鹿返しをするヨセフの手の甲をつねるミューダ。
「イタタタっ!」
「大人気ないこと言ってないでウェスラムおじさんの所に行って二人で今回の反省でもして来て」

「じゃ、東の混乱はだいぶ収まったみたいだから俺たちは急いでロステリアに戻るよ」
「ではあたしも一緒に戻ろう、あとはヨセフ殿だけでなんとかなるだろう」

「いや、俺も娘と一緒に、イタタタっ!」
 再びミューダに手の甲をつねられるヨセフ。

「お留守番よろしくね、お父さん」
「はい……」

 ・ ・ ・

「聖女か、私も畏怖の念を込められ聖女と呼ばれるが同じ聖女でもお主の情けない姿よ」

「かつてお主を崇拝していた人族が今の姿を見たらなんと思うだろうか」

 運命の聖女は拘束の結界に囚われ一切の身動きが出来ない聖女に話しかけるが聖女からの返答はない。

「しかし、誰一人としてお主を助けに来る者はいなかった、唯一助けられる可能性があった者が隣で全く同じように囚われているのですから」

「物語にするにしてもつまらない終わり方」

「この十五年生かされた理由が知りたいですか」
「それとも早く魂を解放して欲しいですか」

「選ばせてあげます」

 どんなに話しかけても勇者と聖女はまぶた一つ動かさない。

「もう、死んでるのと何も変わらないのですね」
 そう言うと運命の聖女はおもむろに聖女の胸に指を突き立てた。

「最後にその美しい魔力を全て頂いて終わりにしましょう」

高魔吸収ハイドレイン
 聖女の体から淡い光が溢れ出し突き立てられた指を伝って運命の聖女へと次々と流れ込む。

 ー 運命の聖女イクスの魔力量の上昇を検知しました ー

 ー イクスの魔宮殿での眠りが二十五年に短縮されました ー

 ー ...魔力量の上昇を検知しました ー
 ー ...魔宮殿での眠りが二十年に短縮されました ー
 ー ...上昇を検知しました ー
 ー ...眠りが十五年に短縮されました ー

 ザシュっ

 運命の聖女の突き立てていた右腕が勇者の光を纏った手刀で切り落とされる。

 勇者はまぶたすら閉じたまま片手の拘束だけを振り解いていた。
 だが運命の聖女は表情一つ変えない。

「愚かな勇者よ、邪魔をするでない。その状態で拘束を解けるのはさすが勇者というべきだが、もう今のお前にできる事はその程度だ」

 運命の聖女の切り落とされた腕が綺麗に再生する。

「勇者としてこの世界を救うことも叶わぬ、それどころかお前の愛する聖女すら救えないのだ、残念だな、本当に」

 ー イクスを魔宮殿へと転送する準備が整いました ー

「時間切れのようだ」

 運命の聖女は片手を聖女の、片手を勇者の胸へと深く突き刺す。
 二人の体から大量の血液が床へと流れ、魔力だけが運命の聖女へと流れていく。

 ー ...魔力量の上昇を検知しました ー

 ー ...に短縮されました ー

 ー イクスの魔宮殿への転送が完了しました ー
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