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日が傾き、闇に飲み込まれつつある静な空間。
訓練場の使用許可を取り付け、俺は1人その場に佇む。……いや、正確には1人ではないな。
訓練場から建物内部へ向かう唯一の出入り口には、ギルとヒースが先ほどまでの装備を脱ぎラフな格好で此方の様子を窺っていた。
訓練場の使用許可を取り付ける際、目的を聞かれた。俺は手にしていた刀を軽く持ち上げて少し身体を動かしてくる、と伝えたのだ。
建物内部から漏れる魔法による灯りはあるものの、日も傾きはじめたこの時間帯に武器を使っての訓練はあまり褒められたものではない、と忠告される。
怪我を負うような事はしないつもりだが、心配ならば傍で見ていればいいと言い残して訓練場へ向かった。
辿り着いた訓練場。時間も時間だった為、人はいない。建物から足を一歩踏み入れ、その場で軽く頭を下げる。
生前、俺は幼い頃から父が運営する剣道道場に通って剣道を習っていた。
練習場へ足を踏み入れる際、己を鍛える場所、上級者からの教えを請う場所に感謝を込めて一礼してから入るのが礼儀となっている。
幼い頃から習慣化されたその動きは、どんな場所でも発揮されるようだ。
訓練場の中程まで進むとピタリと歩を止める。
気付けばギルが、ヒースを伴って先ほど俺が一礼した場所にいた。
暫く目を閉じてゆっくりと深く、呼吸を繰り返す。
沈みかけの太陽の光を背に鞘から刀身を引き抜くと、光が反射して刃に彫られた複雑な紋様が浮き上がった。
ゆっくりと目を開き、その紋様を見つめる。
剣道に真剣を使う機会はあまりない。試合では竹刀が主だし、型を披露する時は木刀を使用する。
時折、上級の有段者が真剣を用いて型を披露するくらいだ。
一際ゆっくり、深く息を吐き出すと手にした刀身を真横に振り抜き、ピタリと止める。
空を切る音が響く。
柄を両手で握り、更に切り上げピタリと止める。そのまま下へ、斜め上へ。振り向きざまに振り下ろし地面すれすれのところで止める。
何度も何度も、そこにはいない見えない敵を屠っていく。その度に空を切る音が響き、汗が滴った。
どのくらい経ったか…。
目に滴った自分の汗に集中力が途切れた。
肩で息をしている。
着ていた上着が汗で肌に張り付く程濡れている。
髪も濡れて水滴が滴る程。
気が付けば夕食時はとうに過ぎ、建物内部の光も疎らになっていた。
俺は刀身を鞘に納めその場で一礼する。
出入り口に向かって踵を返したところで、此方を微動だにせず凝視していた2人の存在を思い出した。
「……ずっと見てたのか?」
妙に気恥ずかしい心地になり、誤魔化すように笑うと2人は弾かれたように動き出す。
「…あ、あぁ…。なんとも…素晴らしい光景だった…」
この世界の人には、初めての光景だろう。俺の腕前程度の鍛錬で発せられる感想ではないが、素直に受け取っておく。
「その様子ですとまた着替えが必要ですね。用意しますのでそのまま浴場へ向かって下さい。ギル、案内は頼みましたよ」
ヒースが気を利かせてくれる。確かに、汗で服がビショビショだ。ここはお言葉に甘えて先に湯を貰う事にする。
ぎこちなく動き出すギルに案内されながら俺達は浴場へ向かった。
ギルに案内された浴場は俺が想像してたものとは大分違った作りをしていた。
辛うじて脱衣所と浴室は区切られていたが、浴室は広くその真ん中に湯を張った浅い1メートル四方の桶が3つほど並んでいただけの場所だった。
どうやら掛け流しタイプらしい。
あー………湯には流石に浸かれねぇか…。
若干疲れが増した気もしなくはないが、仕方ない。ここは日本ではない異世界なのだ。
「ギル、一緒に入るか?付き合わせる形になっちまったし、背中くらい流すぞ」
「え?!いや、おれ、私はっ!まだやることがあってだなっ!」
鍛錬に付き合わせる形になり、ギルもまだ汚れを落としていない。夕食だってまだのハズだ。
そう思って誘ってみたが、まさか誘われるとは思ってなかったのか声を裏返して慌て出す。
「流石に広すぎて1人じゃ寂しかったんだが……仕方ねぇか…」
そう思って断念しようと濡れた服を脱ぎ始める。
「シ、シンがそこまで言うなら!お、おおお供しようっ」
お?ラッキー。ハッキリ言って使い方分かんねぇんだよな。掛け流しでいいのかね?
着替えを持ってきてくれたヒースに、洗濯する為だとびしょ濡れの衣服を要求され、若干人に触らせるのに抵抗を感じつつも手渡す。
ヒースも風呂に誘ったが、すっぱりと断られた。
2人並んで浴室へ。ギルが挙動不審なのを不思議に思いつつ手桶で湯を掬う。
取りあえず汗を流したくて頭からそれを被った。何度か繰り返して濡れて顔に張り付く髪をかき上げると、さっぱりした。身体を洗うような物は見当たらない為、丹念に湯を掛けて汗を流していく。
ふと、自分が立てる音以外しない事に気付いてギルを見ると、此方を見つめたまま仁王立ちしてる。
……やっぱガタイがいいとアレもでけぇんだな…。
などと思いつつギルに近付き目の前で手を振る。
「おい、ギル。ギールー?どしたー?さっきから変だぞ?」
振っていた手の動きを止めて今度はペチペチと頬を叩く。
一瞬、瞳が揺らめいたように見えて爪先立ちして顔を近付けた。エメラルドグリーンの瞳を見つめて再び呼びかける。
「ギル?」
呼びかけた途端、ガシッと頬を両手で挟まれた。
ギルの瞳は綺麗な色だなぁ…なんて呑気な事を思っていると、次の瞬間には目の前にギルの閉じられた瞼が映る。
次いで唇に柔らかな感触。
何故か俺はギルに、キスをされているらしい。
……………………………………………は?
訓練場の使用許可を取り付け、俺は1人その場に佇む。……いや、正確には1人ではないな。
訓練場から建物内部へ向かう唯一の出入り口には、ギルとヒースが先ほどまでの装備を脱ぎラフな格好で此方の様子を窺っていた。
訓練場の使用許可を取り付ける際、目的を聞かれた。俺は手にしていた刀を軽く持ち上げて少し身体を動かしてくる、と伝えたのだ。
建物内部から漏れる魔法による灯りはあるものの、日も傾きはじめたこの時間帯に武器を使っての訓練はあまり褒められたものではない、と忠告される。
怪我を負うような事はしないつもりだが、心配ならば傍で見ていればいいと言い残して訓練場へ向かった。
辿り着いた訓練場。時間も時間だった為、人はいない。建物から足を一歩踏み入れ、その場で軽く頭を下げる。
生前、俺は幼い頃から父が運営する剣道道場に通って剣道を習っていた。
練習場へ足を踏み入れる際、己を鍛える場所、上級者からの教えを請う場所に感謝を込めて一礼してから入るのが礼儀となっている。
幼い頃から習慣化されたその動きは、どんな場所でも発揮されるようだ。
訓練場の中程まで進むとピタリと歩を止める。
気付けばギルが、ヒースを伴って先ほど俺が一礼した場所にいた。
暫く目を閉じてゆっくりと深く、呼吸を繰り返す。
沈みかけの太陽の光を背に鞘から刀身を引き抜くと、光が反射して刃に彫られた複雑な紋様が浮き上がった。
ゆっくりと目を開き、その紋様を見つめる。
剣道に真剣を使う機会はあまりない。試合では竹刀が主だし、型を披露する時は木刀を使用する。
時折、上級の有段者が真剣を用いて型を披露するくらいだ。
一際ゆっくり、深く息を吐き出すと手にした刀身を真横に振り抜き、ピタリと止める。
空を切る音が響く。
柄を両手で握り、更に切り上げピタリと止める。そのまま下へ、斜め上へ。振り向きざまに振り下ろし地面すれすれのところで止める。
何度も何度も、そこにはいない見えない敵を屠っていく。その度に空を切る音が響き、汗が滴った。
どのくらい経ったか…。
目に滴った自分の汗に集中力が途切れた。
肩で息をしている。
着ていた上着が汗で肌に張り付く程濡れている。
髪も濡れて水滴が滴る程。
気が付けば夕食時はとうに過ぎ、建物内部の光も疎らになっていた。
俺は刀身を鞘に納めその場で一礼する。
出入り口に向かって踵を返したところで、此方を微動だにせず凝視していた2人の存在を思い出した。
「……ずっと見てたのか?」
妙に気恥ずかしい心地になり、誤魔化すように笑うと2人は弾かれたように動き出す。
「…あ、あぁ…。なんとも…素晴らしい光景だった…」
この世界の人には、初めての光景だろう。俺の腕前程度の鍛錬で発せられる感想ではないが、素直に受け取っておく。
「その様子ですとまた着替えが必要ですね。用意しますのでそのまま浴場へ向かって下さい。ギル、案内は頼みましたよ」
ヒースが気を利かせてくれる。確かに、汗で服がビショビショだ。ここはお言葉に甘えて先に湯を貰う事にする。
ぎこちなく動き出すギルに案内されながら俺達は浴場へ向かった。
ギルに案内された浴場は俺が想像してたものとは大分違った作りをしていた。
辛うじて脱衣所と浴室は区切られていたが、浴室は広くその真ん中に湯を張った浅い1メートル四方の桶が3つほど並んでいただけの場所だった。
どうやら掛け流しタイプらしい。
あー………湯には流石に浸かれねぇか…。
若干疲れが増した気もしなくはないが、仕方ない。ここは日本ではない異世界なのだ。
「ギル、一緒に入るか?付き合わせる形になっちまったし、背中くらい流すぞ」
「え?!いや、おれ、私はっ!まだやることがあってだなっ!」
鍛錬に付き合わせる形になり、ギルもまだ汚れを落としていない。夕食だってまだのハズだ。
そう思って誘ってみたが、まさか誘われるとは思ってなかったのか声を裏返して慌て出す。
「流石に広すぎて1人じゃ寂しかったんだが……仕方ねぇか…」
そう思って断念しようと濡れた服を脱ぎ始める。
「シ、シンがそこまで言うなら!お、おおお供しようっ」
お?ラッキー。ハッキリ言って使い方分かんねぇんだよな。掛け流しでいいのかね?
着替えを持ってきてくれたヒースに、洗濯する為だとびしょ濡れの衣服を要求され、若干人に触らせるのに抵抗を感じつつも手渡す。
ヒースも風呂に誘ったが、すっぱりと断られた。
2人並んで浴室へ。ギルが挙動不審なのを不思議に思いつつ手桶で湯を掬う。
取りあえず汗を流したくて頭からそれを被った。何度か繰り返して濡れて顔に張り付く髪をかき上げると、さっぱりした。身体を洗うような物は見当たらない為、丹念に湯を掛けて汗を流していく。
ふと、自分が立てる音以外しない事に気付いてギルを見ると、此方を見つめたまま仁王立ちしてる。
……やっぱガタイがいいとアレもでけぇんだな…。
などと思いつつギルに近付き目の前で手を振る。
「おい、ギル。ギールー?どしたー?さっきから変だぞ?」
振っていた手の動きを止めて今度はペチペチと頬を叩く。
一瞬、瞳が揺らめいたように見えて爪先立ちして顔を近付けた。エメラルドグリーンの瞳を見つめて再び呼びかける。
「ギル?」
呼びかけた途端、ガシッと頬を両手で挟まれた。
ギルの瞳は綺麗な色だなぁ…なんて呑気な事を思っていると、次の瞬間には目の前にギルの閉じられた瞼が映る。
次いで唇に柔らかな感触。
何故か俺はギルに、キスをされているらしい。
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