世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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第2章 日常となる日々の中で

第2章 第5話 拭いきれないざらつき

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急に周りが明るくなった。


瞼を持ち開けようとすると重苦しくて、半分くらいしか開けられなかった。


顔に手を当てると、どこもかしこも腫れていて、熱を持っている。


カーテンの揺らめきの下から光の粒が舞い込んで、その煌めきがとても眩しい。


ーー朝か…。夢…じゃないよね。


瞼の腫れぼったさと寝たはずなのに、残る気怠さが夢ではなかったと私に教えてくれる。

少しでも頭をはっきりさせようと、

ベッドの中で何度も伸びを繰り返してみる。


ようやく起きる気になって、腕をベッドにつくと、硬くて丸い感触が手のひらに当たった。


見れば、紺色の騎士服が皺くちゃになって、私の下敷きになっていた。


ーーこれ義兄さんの制服…??ボタンが手に当たったんだ…


そっと引き寄せると、清涼なミントのような匂いがして、無意識に顔を埋めてしまう。


ーー昨日着てたやつか…


夕べの背を撫でる義兄さんの手の感触や、

いつもより濃厚なミントの香りが突然よみがってくる。


それはとてもくすぐったくて…

胸の奥がうずいて…

私はそのまま身を捩らせて、

しばらく身悶えが止まらなかった。


青い光が見守るようにそんな私の周りを飛んでいるような気さえする。


ーー義兄さんが、『護衛』を頑張るなら…私も自分のやれること…頑張らないと…


騎士服をたたみ直して、そっと床に足を降ろす。


「リィナ」として『巫女様』の一日が始まる。


燻った疼きは、新たな日常の喧騒に流して、感じていないことにした。




※※※※



今日はその義兄さんの姿が見えないままに、私は午後の陽光を迎えた。


ーーああ…なんで夕べはあんなことしちゃった?


舞いの練習で火照った身体を汗が流れていき、外から吹くが身をも徐々に冷やしていく。


そうすれば、頭の中も冷えていく訳で…


どこか夢見心地だった気持ちも、現実へと着地する。


ーー夜って心細くなるから…本当嫌だ…


白く柔らかな布に顔を埋めて、息を吸いながら顔を上に向ける。

仄かな石けんの香りが、さらに私を地につかせる。


ーーあれに…あれに慣れてはダメだ。もっとしっかりしなくちゃ…


勢いよく白い布を取り払って、甘え心を振り払うために、無心に、ストレッチを始める。



そんな私の隣では、騎士団用の報告書を下敷きにして、小さなメモ帳に一心に何かを書き付けている茶色いもじゃもじゃ頭の騎士服の人がいた。


今日の担当のクロードさんだ。


ーーちょうどいい。この人に聞いてみよう。話やすいし…


親しみやすくて、軽いノリのクロードさんは義弟の陸人を思い出させて、声がかけやすい。


他の人はとても儀礼的で、「巫女様」と呼ばれる度に、こそばゆくて、居た堪れない感じになってしまう。


ーーこの人なら…詳しく討伐のこととか…教えてくれる…か、な?


思いきって話しかけてみれば、拍子抜けするほど、あっさりと色々教えてくれた。


「あー、魔獣討伐っすか??魔素の循環が乱れてるから…出動回数増えてますねえ。

魔素に淀みが出ると、どうしても動物が魔獣化しやすいんですよねえ。

人も襲うし、畑も荒らすし…厄介なんです。

それを駆除するのも騎士団の仕事ですよ。

各部隊持ち回りで出るんっす。」


他の任務の話の時とは、全く変わらずに討伐の話をしてくれる。その様子に私も少し、気が緩んでくる。


ーー私が大げさに考え過ぎてた…?


コチラが何も言わなくても、どんどんとその口からは説明が続いていく。


「いやあ、最近は魔獣も強くなっちゃってて…ちょーーっと面倒なんですよねえ…ほら見てくださいよ、これなんか…」


そう言いながら、ペラリと報告書をめくって中を見せてくれる。


「ほら、ここ。これが最近じゃ一番でかいやつっす。」


クロードさんが指差した先には『カイゼル』の文字が書いてあった。


義兄さんがどんな指示を出して、どんな動きをして、どんな風に魔獣を仕留めていったのか…そんなことが余すことなく書かれていた。


『負傷者一覧 隊長カイゼル、左腕に幅10cm、深度2cmの裂傷。治癒魔法にて速やかに完治。』


その一文にヒヤリと骨の髄が凍りつき、息が止まる。


日付は三日前…この間丸一日いなかった日のことだ。


「義兄さん…怪我したんですか?」


自分でも思ったよりも固い声が出てしまった。それに気づいたクロードさんの語りも止まる。


私の険しい顔を見て、茶色の瞳が泳ぎ始めた。その後には、明らかに慌てて畳みかけるように話し出した。


「あっっいや…怪我?こんなん怪我に入んないっす。隊長はめちゃくちゃ強いからっ。これも他の人隊員を庇っただけで…隊長はいつもは瞬殺なんだよ。」


いかに義兄さんが強いのか、

魔素を的確にコントロールするのか、

どんな風に魔獣を屠っていくのか、


騎士にとっては、安心できるらしい説明をしていく。


でも、それらは私の耳を通り抜けて、内容は何も残してはいかない。


何の慰めにもなりはしない。


「強い。」


クロードさんの言葉を反芻する。


ーー「強い」から何?


また、背筋からぞくりと冷えが生まれそうになる。呼吸が浅くなる。


ーー結局危ないことに変わりはないじゃない…何故、義兄さんはそんなことしてるの?


ーーまさか私のため…に?巫女の護衛をするため…?


ざらついた感情が身の内に擦り傷を作りながら流れていく。


「カイゼル様はお強いだけではありませんわよ」


おっとりとした声が思考の隙間に入ってきた。


…ミレイ様だ。


その姿が目に入った途端に、止まっていた息がふぅっと抜けて、肩の力も落ちていく。


「あの実力主義の殿下が、巫女の護衛隊長にわざわざカイゼル様を抜擢されたのですもの。強さだけでなく、ご自分の身を守る術もしっかりとお持ちですわよ。」


ミレイ様は手を伸ばして、私の腫れた瞼にそっと触れる。


冷たい指先が何度も瞼と頬を撫でていく。


「ご心配…ですのね??」


私は頷くこともできずに、ただ黙ったまま。

ミレイ様を見つめ返す。


「あの方はただ強いのではなく、

そう、守るために強くなった…のですわ。

リィナ様をお守りするため。


ですから、リィナ様を悲しませるようなことはなさりませんわよ。」


何も言えずただ情けない顔している私を見て、ミレイ様はふふふといたずら気に笑う。


「そんなお顔では、カイゼル様の方がご心配になられますわよ。」


ミレイ様が触れた所から、腫れがどんどん引いていく。


湧き上がった疑問も胸の奥のざらつきも消えないけれど、緑光のお陰で不安の痛みは少しだけ、軽くなる。


「世界樹を管理するこのエリオスは、この世界でも一、二を争う大国ですの。騎士の皆様方も実力者ばかり。互いに身を守り合えますわよ。」


ふふふふとまたミレイ様が笑うけど、


ーー『実力者』とは?


隣の人を見る目が、ジト目になるのは許してほしい…


「なんすか…??」


「いえ、何でもないです。」


どこかでレオニス殿下が胡散臭く笑う声が聞こえたような気がした。

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