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第2章 日常となる日々の中で
第2章 第6話 提出ミス(Sideレオニス)
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トントンと規則正しいノック音が執務室に響く。
「いいよ。入って。」と声をかければ、
生真面目な表情を浮かべた巫女護衛隊隊長が無駄のない動きで室内に入ってくる。
「失礼します。」
足音一つ立てず、気配すら消して、僕の机の前に立ったこの男は、めったに自分の感情を表すことがない。
ーー武人として、相手に腹の内を探らせないのはいいことなんだけどね。
この男はとても優秀だと認めざるを得ない。
…ある一点を除いては…だけれど。
「カイゼル。今日は急ぎ報告の必要案件はある?」
「特にありません。」
カイゼルが数枚の書類を差し出しながら事務的に答える。その声にも微塵も感情を滲ませることはない。
ーーはいはい。こんなくそみたいな真面目な顔して、出してくるのは巫女様の行動記録なんだよね。
心の中でげんなりとしながらも受け取った書類にざっと目を通す。
今日も今日とて事細かな巫女様の行動が書かれている。
ーーそれだけなら放っておくのに。そこからの警備の改善点とか魔獣の進入路の予測とか、無駄に的確に提案とか指摘してくるから、読まざるを得ないじゃないか。…悔しいけど。
ーーこんなに頭の回転が早いのに、どっかズレてんだよ。天然ってやつなのかな。
心の中で苦笑しながら、渋々ともう一枚に目を通す。
『ダージリン10g、ミルク200㏄、砂糖18gに変更したところ、いつもより2口ほど早く飲み干している。こちらの方が好みなのか…いや、疲れのせいなのか…もう少し観察が必要だ。』
『今日の訓練では少し足を捻った様子有と報告。本人は何も言わないが、たしかにやや右足に重心を置いて歩いている。冷やした方がいいのか、温めた方がいいのか検証の必要有り。』
読みながら、僕の手がはたりと止まる。
ーーなんだ…?これは?
確認するようにカイゼルを見上げる。
僕の様子が変わったことを察しているはずだが、その瞳は相変わらず、怜悧に凪いでいる。
「あのさ、君…これ、いつもの報告書じゃないよね?」
トントンと指で机を叩きながら、あえて、声に棘を含ませて詰め寄ってみる。
カイゼルは、と言うと…
やや伏し目がちにはなったが、表情はやはり変わらない。
「……カイゼル」
「はい」
「これは何かな?君の個人的な趣味?」
その問いに、カイゼルは一瞬の迷いも見せず、真顔のままに答えた。
青い魔素が一粒だけ、白い報告書に落ちて消えた。
「……失礼しました。それは私的な記録です。護衛の報告はこちらです」
そう言って、小脇に抱えた別の書類を差し出す。差し出しながら、何かメモのよう薄い紙がヒラヒラと僕の執務机の前に落ちた。
『巫女様は、今日は、護衛の仕事について、質問され…特に魔獣討伐について興味を持った様子で……』
『用意された果実水はほぼ全部飲んでいて…感想は…』
思わず落ちたメモを手に取って、声に出して読んだ僕のこめかみに青筋が浮き上がる。
「カイゼル…、これはクロードの字じゃないのかな?彼の魔素を感じるよ。」
「そうですが、何か?」
カイゼルは涼しげにも見える表情で淡々と返す
ーー本当にね、どんな時も腹の内を探らせないのは立派だよ。でも、僕今怒ってるからね?!君、気付いてるよね?!
「君…部下にまで何させてるのかな?」
明らかに怒りを見せて、カイゼルに問いかける。
「……必要な情報ですので」
当然の責務だとばかりに淡々と返されると、もう怒る気力もなくなる。
ーー君の勝ちだよ…交渉時には感情的になった方が負けなんだ…いや…これは天然か…
半年前に巫女様と共に転移してきたこの男。
何をさせてもずば抜けていた。すぐに自分の置かれた立場を理解し、この世界のことを理解した。混乱もせずに…だ。
状況を分析する能力や統率力、剣技の実力、魔素量やその魔素をコントロールする力、そのどれをとっても隊長としては申し分ない。
目覚める前から、時間があれば巫女の側に侍っていたのは、ただ義妹のことが心配なだけだと思って様子を見ていたが…
ーーこいつの行動原理は『全て里菜のため』だな。
ここ最近でそれが嫌と言うほど分かってしまった。
巫女様に対して、恐ろしいほどの過保護ぶりと執着を見せる。
ーーさて、巫女様に滞りなく儀式を行ってもらうには…この執着を、僕はどう取り扱っていくべきかな…?
本人は「義兄」と「義妹」でしかないと言う。
この重たさはそれだけではないはずだろうに。
本人は頑なにそれを認めようとはしない。
全ては「義兄としての責任」だと言い張る。
巫女様はこの記録の存在はたぶん知らない。この男が甲斐甲斐しく世話を焼くのは家族ゆえの心配だと思っている様子だ。
もし、その「巫女」が「護衛」との魔素の交換を拒んだり、他の方法を願ったら…この男はどう動くのだろうか?
ーーもし、自分以外の男が彼女に近づいたら?
逡巡を始めた僕の軽いため息とともに、ぐるぐると金色の魔素が天井近くまで舞い上がり、踊るように動き出す。
対して、低い位置で青い魔素は動じることもなく揺らめいていた。
二つは交わることもなく、ただそこに在り続けた。
「いいよ。入って。」と声をかければ、
生真面目な表情を浮かべた巫女護衛隊隊長が無駄のない動きで室内に入ってくる。
「失礼します。」
足音一つ立てず、気配すら消して、僕の机の前に立ったこの男は、めったに自分の感情を表すことがない。
ーー武人として、相手に腹の内を探らせないのはいいことなんだけどね。
この男はとても優秀だと認めざるを得ない。
…ある一点を除いては…だけれど。
「カイゼル。今日は急ぎ報告の必要案件はある?」
「特にありません。」
カイゼルが数枚の書類を差し出しながら事務的に答える。その声にも微塵も感情を滲ませることはない。
ーーはいはい。こんなくそみたいな真面目な顔して、出してくるのは巫女様の行動記録なんだよね。
心の中でげんなりとしながらも受け取った書類にざっと目を通す。
今日も今日とて事細かな巫女様の行動が書かれている。
ーーそれだけなら放っておくのに。そこからの警備の改善点とか魔獣の進入路の予測とか、無駄に的確に提案とか指摘してくるから、読まざるを得ないじゃないか。…悔しいけど。
ーーこんなに頭の回転が早いのに、どっかズレてんだよ。天然ってやつなのかな。
心の中で苦笑しながら、渋々ともう一枚に目を通す。
『ダージリン10g、ミルク200㏄、砂糖18gに変更したところ、いつもより2口ほど早く飲み干している。こちらの方が好みなのか…いや、疲れのせいなのか…もう少し観察が必要だ。』
『今日の訓練では少し足を捻った様子有と報告。本人は何も言わないが、たしかにやや右足に重心を置いて歩いている。冷やした方がいいのか、温めた方がいいのか検証の必要有り。』
読みながら、僕の手がはたりと止まる。
ーーなんだ…?これは?
確認するようにカイゼルを見上げる。
僕の様子が変わったことを察しているはずだが、その瞳は相変わらず、怜悧に凪いでいる。
「あのさ、君…これ、いつもの報告書じゃないよね?」
トントンと指で机を叩きながら、あえて、声に棘を含ませて詰め寄ってみる。
カイゼルは、と言うと…
やや伏し目がちにはなったが、表情はやはり変わらない。
「……カイゼル」
「はい」
「これは何かな?君の個人的な趣味?」
その問いに、カイゼルは一瞬の迷いも見せず、真顔のままに答えた。
青い魔素が一粒だけ、白い報告書に落ちて消えた。
「……失礼しました。それは私的な記録です。護衛の報告はこちらです」
そう言って、小脇に抱えた別の書類を差し出す。差し出しながら、何かメモのよう薄い紙がヒラヒラと僕の執務机の前に落ちた。
『巫女様は、今日は、護衛の仕事について、質問され…特に魔獣討伐について興味を持った様子で……』
『用意された果実水はほぼ全部飲んでいて…感想は…』
思わず落ちたメモを手に取って、声に出して読んだ僕のこめかみに青筋が浮き上がる。
「カイゼル…、これはクロードの字じゃないのかな?彼の魔素を感じるよ。」
「そうですが、何か?」
カイゼルは涼しげにも見える表情で淡々と返す
ーー本当にね、どんな時も腹の内を探らせないのは立派だよ。でも、僕今怒ってるからね?!君、気付いてるよね?!
「君…部下にまで何させてるのかな?」
明らかに怒りを見せて、カイゼルに問いかける。
「……必要な情報ですので」
当然の責務だとばかりに淡々と返されると、もう怒る気力もなくなる。
ーー君の勝ちだよ…交渉時には感情的になった方が負けなんだ…いや…これは天然か…
半年前に巫女様と共に転移してきたこの男。
何をさせてもずば抜けていた。すぐに自分の置かれた立場を理解し、この世界のことを理解した。混乱もせずに…だ。
状況を分析する能力や統率力、剣技の実力、魔素量やその魔素をコントロールする力、そのどれをとっても隊長としては申し分ない。
目覚める前から、時間があれば巫女の側に侍っていたのは、ただ義妹のことが心配なだけだと思って様子を見ていたが…
ーーこいつの行動原理は『全て里菜のため』だな。
ここ最近でそれが嫌と言うほど分かってしまった。
巫女様に対して、恐ろしいほどの過保護ぶりと執着を見せる。
ーーさて、巫女様に滞りなく儀式を行ってもらうには…この執着を、僕はどう取り扱っていくべきかな…?
本人は「義兄」と「義妹」でしかないと言う。
この重たさはそれだけではないはずだろうに。
本人は頑なにそれを認めようとはしない。
全ては「義兄としての責任」だと言い張る。
巫女様はこの記録の存在はたぶん知らない。この男が甲斐甲斐しく世話を焼くのは家族ゆえの心配だと思っている様子だ。
もし、その「巫女」が「護衛」との魔素の交換を拒んだり、他の方法を願ったら…この男はどう動くのだろうか?
ーーもし、自分以外の男が彼女に近づいたら?
逡巡を始めた僕の軽いため息とともに、ぐるぐると金色の魔素が天井近くまで舞い上がり、踊るように動き出す。
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二つは交わることもなく、ただそこに在り続けた。
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