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第2章 日常となる日々の中で
第2章 第8話目 薔薇園での邂逅
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第2章第8話
5本の指をしっかりと絡み合わせて、義兄さんは私を連れて王宮の庭の奥にどんどん分け入っていく。
風がゆっくりと二人の髪を揺らして抜けていき、紫がかった青い空に光の粒が無数に飛んでいる。
ーー何か気まずい…。話せること、ある?
辺りを見回して、目新しい物を探すけど、結局何も言えず、黙り込んだ。
そして、緩やかに規則正しく上下する義兄さんの肩をただ見つめながら、ついていく。
「薔薇が…な。薔薇が、咲いたそうだ…奥の庭園の…」
不意に義兄さんは足を止めて、前を向いたままそう言った。
繋がれた手がちょっとだけ強く握りしめられる。
いや…力を入れたのは…私、かもしれない。
青と紫の光が並んで、くるりと二人の間を回ったように見えた。
そのまま、また黙って歩き始める。時々、風にこすれる葉の音や、どこか遠くで鳥のさえずる声が聞こえてくる。
ーー義兄さんの手は温かいな…
ただ、静かにその温もりを味わう。
ーーさっきのは何だったんだろう?義兄さんが妙に怖く見えた…あんなこと、今までなかったのに…
そんなことを考えながら歩いていると、華やかな匂いがとても濃くなった。
気付いたら、私達は白い薔薇が重なり合うように咲き誇るアーチの前に着いていた。
「ここだな。」
私を見下ろしながら言う義兄さんは、どこにも不穏な気配はなく、もういつもの義兄さんだった。
ほっと力が抜けると同時に…今度は指がしっかりと繋ぎ合わされていたことに気が付く。
ーーこれって恋人繋ぎ、だ。こんなのしたことないよ?あれ…?
「満開だな…」
義兄さんは呑気にそう言って、薔薇を見るように促すけれど、私は指先の熱が高まっていくだけ。
徐々に胸が疼いて、鼓動が早まる…深く息を吸うとむせ返るような薔薇の香りが、返って酩酊を誘う。
合わされた指から、熱を帯びた魔素が義兄さんに流れてしまいそうになる。高鳴る鼓動までも伝わってしまいそうで、薔薇が目に入らない。
薔薇の小路を奥へと進むとさらに茂みのさらに奥から、なにか声が聞こえた。
「……あれ?誰か…いるの??」
途切れ途切れの、
それは…甘く、妖しく艶めいている。
近づくに連れて、その声は大きくなった。
鳥かごのようなガゼボの奥——ベンチの背もたれに隠れて、舞うように乱れて揺れる淡いピンクの髪。
髪が跳ね上がるのに合わせて、チラチラと見える目に焼きつくような白い肌。
…それは、ミレイ様だった。
ーーえっと…これって?
露を浮かべたように潤む新緑の瞳と
薔薇よりも艶やかな唇。もれる吐息からも薔薇の甘やかな匂いがしそうだ。
「あ……ん…。もう駄目ですわ、ね。」
白い服を乱しながら、上半身を起こしているミレイ様の姿は見えるけれど、相手の姿は見えない。
ーーこれ…アレ?ですよね…致してるやつ…ですよね…
慌てて身動ぎと共に足を動かすと、ざりっとと足元に敷き詰められた玉砂利を踏み抜いてしまった。
その音に気が付いて、ミレイ様の濡れた新緑が私の姿を捕らえた。
ーー思いっきりミレイ様と目が合ってる…
「………。」
気まずさに、この一瞬の間がとても痛い…。
けれど、彼女はまっすぐに私を見つめて、蠱惑的に微笑んだ。
唇にそっと人差し指を当てて、“内緒”と言わんばかりに笑みを深める。
その仕草に当てられて、逆に私は動けなくなってしまった。
「……。」
固まって動けなくなった私の手を、義兄さんがぐっと掴んで、何も言わずに、もと来た道へと引き返した。
…鼓動が速い。バクバクする。
息が上がって、喉元で空気が渦を巻く。
少し、息が苦しい…
「あ、あ、あ、あ………」
ーー何か言わなきゃ、何か言わなきゃ…家族とそういうの見るってきつ過ぎる…
「何だったんだろうね。今の、ね。」
声を上ずらせながら、浮かされたように話し出した私の手を、義兄さんがもう一度ぎゅっと握る。
「落ち着け。リィナ。深呼吸だ。」
焦る私に義兄さんは、そっと右手を私の喉元に当てた。
青い光が優しく私の喉を覆って、沈み込んでいく。
ミント水を飲んだ時のような清涼な魔素が喉元から興奮を鎮めていく。
それに反して二人が繋いだ手からは熱っぽいが魔素が少しだけ流れ込んで、私の体温と混じり合う…。
ーー熱い…
じんわりとお腹の奥が疼きを覚えた。
…気まずさの質が変わる。
そんな私達の目の前を青い蝶がひらひらと飛んで、薔薇の上をゆらゆらと進んで行った。
「あ、義兄さん!青い蝶だよ。」
少し大袈裟なくらいの声をあげて、私は蝶を指差して見せる。
「義兄さん覚えてる?前に陸人と3人で青い蝶探しに、林に入ってっちゃって…迷ったことあったよね?」
「あの時は怖かったなあ…陸人だって怖がってたしさ…」
「義兄さん、本当は青い蝶なんかいないって知ってたのに…どんどん奥行っちゃってねぇ」
あからさまな話題の転換は、返って、白々しい空気を呼ぶ。そして白々しさは不安定な足元の心許なさを刺激する。
「あっちどうなってるのかな…」
私は、つい弱々しく呟きを漏らしてしまった。
ーー帰りたいのは…変わるのが怖い…から?
持て余した感情は名も無い大きなうねりとなって、私の中で渦巻き、出口を探す。
「大丈夫だろう。あっちはあっちで上手くやっている。お前が心配しなくていい。」
義兄さんがぼそりとした返事に妙に苛立ってしまって、渦巻いた感情だけが外に飛び出していった。
「分かんないよ!そんなの。ね、義兄さん。早く帰ろ?皆、きっと心配してるよ。」
「帰ろう。私、頑張るから。皆のいる所に帰ろう?義兄さんだって、危険なことしなくても良くなるし…」
必死になってしまった私を見て、義兄さんは驚いたように目を見開いて、そっと薔薇園の向こうのずっとずっと遠い空を見やる。私にはその瞳の奥がよく見えない。
ーーどこを見てるの?
地面が揺らめいて、目眩がしそうだ。
義兄さんはただ一言。
「ああ、そうだな…」
と零した。
白い薔薇の花びらが一枚。音もなく私達の間に舞い落ちて、石畳に張り付いた。もう風が冷たい
ーー私はここに来てから、自分のことがもう良く分からなくなってる…義兄さんのことだって…
離れた指先がどんどん冷えていく。
ーー元に戻りたいと願うのは…不安から逃げたいだけ?…本当にそれだけ?
第2章第8話
5本の指をしっかりと絡み合わせて、義兄さんは私を連れて王宮の庭の奥にどんどん分け入っていく。
風がゆっくりと二人の髪を揺らして抜けていき、紫がかった青い空に光の粒が無数に飛んでいる。
ーー何か気まずい…。話せること、ある?
辺りを見回して、目新しい物を探すけど、結局何も言えず、黙り込んだ。
そして、緩やかに規則正しく上下する義兄さんの肩をただ見つめながら、ついていく。
「薔薇が…な。薔薇が、咲いたそうだ…奥の庭園の…」
不意に義兄さんは足を止めて、前を向いたままそう言った。
繋がれた手がちょっとだけ強く握りしめられる。
いや…力を入れたのは…私、かもしれない。
青と紫の光が並んで、くるりと二人の間を回ったように見えた。
そのまま、また黙って歩き始める。時々、風にこすれる葉の音や、どこか遠くで鳥のさえずる声が聞こえてくる。
ーー義兄さんの手は温かいな…
ただ、静かにその温もりを味わう。
ーーさっきのは何だったんだろう?義兄さんが妙に怖く見えた…あんなこと、今までなかったのに…
そんなことを考えながら歩いていると、華やかな匂いがとても濃くなった。
気付いたら、私達は白い薔薇が重なり合うように咲き誇るアーチの前に着いていた。
「ここだな。」
私を見下ろしながら言う義兄さんは、どこにも不穏な気配はなく、もういつもの義兄さんだった。
ほっと力が抜けると同時に…今度は指がしっかりと繋ぎ合わされていたことに気が付く。
ーーこれって恋人繋ぎ、だ。こんなのしたことないよ?あれ…?
「満開だな…」
義兄さんは呑気にそう言って、薔薇を見るように促すけれど、私は指先の熱が高まっていくだけ。
徐々に胸が疼いて、鼓動が早まる…深く息を吸うとむせ返るような薔薇の香りが、返って酩酊を誘う。
合わされた指から、熱を帯びた魔素が義兄さんに流れてしまいそうになる。高鳴る鼓動までも伝わってしまいそうで、薔薇が目に入らない。
薔薇の小路を奥へと進むとさらに茂みのさらに奥から、なにか声が聞こえた。
「……あれ?誰か…いるの??」
途切れ途切れの、
それは…甘く、妖しく艶めいている。
近づくに連れて、その声は大きくなった。
鳥かごのようなガゼボの奥——ベンチの背もたれに隠れて、舞うように乱れて揺れる淡いピンクの髪。
髪が跳ね上がるのに合わせて、チラチラと見える目に焼きつくような白い肌。
…それは、ミレイ様だった。
ーーえっと…これって?
露を浮かべたように潤む新緑の瞳と
薔薇よりも艶やかな唇。もれる吐息からも薔薇の甘やかな匂いがしそうだ。
「あ……ん…。もう駄目ですわ、ね。」
白い服を乱しながら、上半身を起こしているミレイ様の姿は見えるけれど、相手の姿は見えない。
ーーこれ…アレ?ですよね…致してるやつ…ですよね…
慌てて身動ぎと共に足を動かすと、ざりっとと足元に敷き詰められた玉砂利を踏み抜いてしまった。
その音に気が付いて、ミレイ様の濡れた新緑が私の姿を捕らえた。
ーー思いっきりミレイ様と目が合ってる…
「………。」
気まずさに、この一瞬の間がとても痛い…。
けれど、彼女はまっすぐに私を見つめて、蠱惑的に微笑んだ。
唇にそっと人差し指を当てて、“内緒”と言わんばかりに笑みを深める。
その仕草に当てられて、逆に私は動けなくなってしまった。
「……。」
固まって動けなくなった私の手を、義兄さんがぐっと掴んで、何も言わずに、もと来た道へと引き返した。
…鼓動が速い。バクバクする。
息が上がって、喉元で空気が渦を巻く。
少し、息が苦しい…
「あ、あ、あ、あ………」
ーー何か言わなきゃ、何か言わなきゃ…家族とそういうの見るってきつ過ぎる…
「何だったんだろうね。今の、ね。」
声を上ずらせながら、浮かされたように話し出した私の手を、義兄さんがもう一度ぎゅっと握る。
「落ち着け。リィナ。深呼吸だ。」
焦る私に義兄さんは、そっと右手を私の喉元に当てた。
青い光が優しく私の喉を覆って、沈み込んでいく。
ミント水を飲んだ時のような清涼な魔素が喉元から興奮を鎮めていく。
それに反して二人が繋いだ手からは熱っぽいが魔素が少しだけ流れ込んで、私の体温と混じり合う…。
ーー熱い…
じんわりとお腹の奥が疼きを覚えた。
…気まずさの質が変わる。
そんな私達の目の前を青い蝶がひらひらと飛んで、薔薇の上をゆらゆらと進んで行った。
「あ、義兄さん!青い蝶だよ。」
少し大袈裟なくらいの声をあげて、私は蝶を指差して見せる。
「義兄さん覚えてる?前に陸人と3人で青い蝶探しに、林に入ってっちゃって…迷ったことあったよね?」
「あの時は怖かったなあ…陸人だって怖がってたしさ…」
「義兄さん、本当は青い蝶なんかいないって知ってたのに…どんどん奥行っちゃってねぇ」
あからさまな話題の転換は、返って、白々しい空気を呼ぶ。そして白々しさは不安定な足元の心許なさを刺激する。
「あっちどうなってるのかな…」
私は、つい弱々しく呟きを漏らしてしまった。
ーー帰りたいのは…変わるのが怖い…から?
持て余した感情は名も無い大きなうねりとなって、私の中で渦巻き、出口を探す。
「大丈夫だろう。あっちはあっちで上手くやっている。お前が心配しなくていい。」
義兄さんがぼそりとした返事に妙に苛立ってしまって、渦巻いた感情だけが外に飛び出していった。
「分かんないよ!そんなの。ね、義兄さん。早く帰ろ?皆、きっと心配してるよ。」
「帰ろう。私、頑張るから。皆のいる所に帰ろう?義兄さんだって、危険なことしなくても良くなるし…」
必死になってしまった私を見て、義兄さんは驚いたように目を見開いて、そっと薔薇園の向こうのずっとずっと遠い空を見やる。私にはその瞳の奥がよく見えない。
ーーどこを見てるの?
地面が揺らめいて、目眩がしそうだ。
義兄さんはただ一言。
「ああ、そうだな…」
と零した。
白い薔薇の花びらが一枚。音もなく私達の間に舞い落ちて、石畳に張り付いた。もう風が冷たい
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