世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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第6章 世界樹の儀式

第6章 第1話 魔素暴走(Sideカイゼル)

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sideカイゼル

『緊急報告っ!王宮裏手、第7庭園西南の森付近にて、巫女様が魔獣の襲撃を受けている。現在、騎士2名にて応戦中!数が多いっっ…スタンピードの可能性有!!至急、応援を!!』

その時俺は、王宮東、訓練場にて少しでも頭を冷やそうと剣を振るっていた。

ただ無心に右手を大きく振りかぶったその刹那、シエナ副隊長からの、伝令魔法越しの声が脳内に叩きつけられた。

『巫女様が魔獣の襲撃を受けている』

その言葉に心音が耳元でドクリと大きな音を爆ぜ、体中の血が沸騰する。全てを聞き終えぬうちに、俺は走り出していた。

息を乱し、途切れ途切れのそれは、事態がかなり逼迫していることを俺に伝えてくる。

現場に向かいながらも、「応」とだけ返し、隊員全員に緊急出動命令を出す。

ーー南西の森はここの反対側だ。どんなに魔素を乗せて走っても15分はかかる…。最悪だ…リィナの側を離れるべきではなかったんだ!

己の判断の甘さを呪いながらも、執務室でのリィナの姿が浮かんでくる。

発作に耐えながらも、俺を睨み返したあの眼差しが、俺の心臓をぎゅっと捻り、冷やつかせる。

ーーあそこまで拒絶されたのは初めてだった…俺は何を間違えた?

答えの出ない問いを無意味に繰り返しながら、重苦しい空気を裂くように足を動かす。

その間も状況を伝える伝令魔法は途切れることはない。

ーーレオニス殿下が指揮のために向かったようだな。スタンピードが始まったのか…

魔物の群れがリィナを取り囲んでいるという事実に、背筋が凍りつき、探知のために放っている魔素が僅かに乱れる。

南西の森に近づくにつれて…まず、金臭い悪臭が鼻をついた。

剣に手をかけ、意識を肚に溜め、神経を研ぎ澄ます。

魔素を周囲に張り巡らせ、状況をつぶさに判断していく。

ーーかなり、いるな…リィナはどこだ?

徐々に数十体の黒い影が木々の上や地面を動き回り、様々な色合いの光と人影が入り乱れてぶつかり合うのが見えた。

ーー淀みで周りが見えにくい。リィナは?リィナはどこだ?

視界だけではなく、リィナの魔素を探知しようとさらに俺の魔素を周囲に巡らせる。

魔獣の放つ黒い淀みが空気を乱し、魔素の動きを阻む。そして、その黒霧の中からは、俺の進路を塞がんと小型の魔獣が飛び出してくる。

切り捨てながらも進んだが、どうしたって歩みは遅くなり、俺の苛立ちは強くなっていった。

ーーリィナはどこなんだ!!

混沌の中心部。

濃い淀みの先に金色のドームが見え、その奥に俺が求めて止まない紫の光を感じた。
こんな状況でさえ、リィナの存在を感じられれば、俺の体は骨の髄から歓喜してしまう。

ーー…無事だ。いや、魔素が乱れているのか…。くそっ、発作か?!

左から突如として襲いかかってきた獣を、一顧だにすることなく反射的に切り捨てる。

力なく倒れるその塊を踏みつけて、その上をただ真っ直ぐに進む。

どんな戦場であろうとも、どんな状況であろうとも、リィナを守るのは俺だ。

魔獣の血と淀む魔素で泥濘む土を蹴りつけながら、リィナの元へと向かう。

ーーよし、後もう少しで俺の魔素がリィナに届く。まずは発作をなんとかしなくては…

「あと少しでリィナを俺の元に戻せる」

そう安堵した刹那、金色のドームがふっと消え去った。

そして、リィナの姿が魔獣の爪と牙の前に晒されているのが見えた。

「里菜!!」

思わず叫ぶが、リィナはこちらを見ることは無かった。


その瞬間、俺に何が起きているのか…全く理解できなかった。

否、理解することを放棄した。

ただ、舞い上がるリィナの体を俺の魔素が包み込み結界のうちに閉じ込めるのを、現実感もなく見ていた。

時の流れは緩慢になり、人も魔獣の動きもゆっくりに見えている。だが、俺の体は勝手にリィナを襲った魔獣を瞬き一つの間に屠っていた。

青い光に包まれ、力なく横たわるリィナを抱きかかえると、俺の手のひらにぬるりとしたものが流れ落ちる。

白い巫女服の腹のあたりから、どんどん赤い染みが広がっていく。

顔は青白く、瞼は固く閉じられている。

俺はリィナの口元や鼻に手を当てて、呼吸を確認するが、震える手にはあの甘やかな息遣いは何も感じられなかった。

ーー死んだ…のか?俺は…里菜を、リィナをも、失ったのか?

周囲の喧騒が遠ざかり、悪臭も消える。

体が芯から凍りつき、全ての感覚が麻痺してくる。

気付けば、俺は…咆哮を上げていた。

肚の底、もっともっと身体の奥、魂の奥とも言える場所から、どす黒いうねりが湧き上がり俺の周囲に渦を巻く。

青黒い竜巻はどんどん大きくなり、周りの全てを吹き飛ばしていく。

そっとリィナの周囲に結界を張り、静かに横たえた。

今度は額を撫でて、声をかけるが、リィナはまるで何も反応を示さなかった。

ーーリィナのいない世界など…意味がない。

その時、一つの閃きが天啓のように俺の脳裏を貫いた。

ーーそうだ。世界樹を破壊して、そのエネルギーをリィナに注ぎ込めばいいんじゃないか?

手始めにと、リィナを襲った憎い黒い影を手当たり次第に薙ぎ払っていく。

地を這う者…木の上を逃げ惑う者…空に飛び立とうする者…全てを一息に仕留めていく。

俺の体から発している青黒い竜巻は天を貫き、赤黒い雲を呼び寄せる。灰色の交じった鉄くさい雫がポタポタと地面に落ち始める。

ーーもういっそ、壊れればいい。リィナを死なせたこの世界ごと…

雨にリィナが濡れないように、さらに結界を強めそうとすると、堅牢なはずの青い籠の隙間に緑の光が入り込んでるのが見えた。

ーー誰だ?この世界の物は、もう何もリィナに近づかせたくはないんだが…

リィナの元に戻れば、一人の女が俺の籠をこじ開けて、リィナに魔素を流し込んでいた。

ーーなぜ、俺だけが許されたリィナとの愉悦を他の人間が味わってるんだ?

ざらりと肚の内で独占欲が蠢く。

『あれはお前だけのものだ』

俺の魂が、俺に嘯く。

青黒い魔素が巻き上がり、俺は邪魔物を排除せんと、魔獣の血に塗れた剣を振り上げた。

「カイゼル様!お気を確かに!リィナ様は、まだ息をしておられますわ!!」

女の言葉は、俺の奥底に沈められていた理性の泡沫を刺激した。湧き上がる激情の中に漂う理性を呼び覚まさんと、新緑の瞳が俺を見据える。

「カイゼル様!早く貴方様の魔素を!リィナ様には通常の治癒魔法は効きにくいのです!さあ、お早く!!」

ーーまだ、間に合うのか?

僅かばかり目が覚め、その声に導かれるように、リィナの体におずおずと手を伸ばす。

リィナの腹の上に手を翳し、魔素を練り上げた時、

『触らないで!!』

つい先程のリィナの拒絶の声が鼓膜の内側で鋭く響いた。

あの時、俺の愛しい紫の瞳は、冷たく尖っていたんだ。

ーーリィナは俺を拒んだ。忘れていた。リィナは俺を拒絶したんだ。

ドロドロとした絶望という名の淀みが、泡沫の理性を呑み込み始める。

ーーお前に拒まれて俺は生きていけるのか?
ならいっそ…このまま全部壊した方が…

再び青黒い魔素が俺を中心に巻き上がり始める。

「カイゼル様!!」「カイゼル!」「隊長!!」

口々に俺の名を呼ぶ声が聞こえるが、それは俺の絶望に光を差すことはできない。身体が凍りついて、自分が闇に堕ちかけているのが分かる。

ーーどんな形であれ、リィナの側にいられないなら、俺は俺でいられない。

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