世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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第6章 世界樹の儀式

第6章 第2話 逡巡(Sideカイゼル)

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sideカイゼル

魂からの咆哮が上がり、再び魔素が天を切り裂かんと高く高くうねる。

自我をも闇に委ねて手放してしまおうと力を抜いた瞬間。

『しゃん』と清らかな鈴の音が耳を打ったような気がした。

ーーリィナの鈴の音か?

その響きにはっと息を飲み、泥のように粘りつく意識が途切れた刹那、青黒い魔素の嵐を銀色の閃光が切り裂いた。

その隙間を縫って銀色の影が勢いよく俺に迫り、腹部に強い衝撃を受けた。

その衝撃に押されて、後ろに体が傾き、僅かに空を仰ぐ。

すぐに正面に視線を戻せば、鼻先に氷のように光る切っ先が突きつけられていた。

「カイゼル隊長!どうかご容赦を!」

瞬時に銀の魔素が輪となって、両腕を拘束される。シエナ副隊長が俺に剣を突きつけたまま、凍てつく光を宿した瞳で真っ直ぐに俺を見据える。
「巫女様が今貴方を必要とされている!早く目をお覚ましいただきたい!!」

黒く燃え上がった俺の青い揺らぎが少しずつ、醒めて凪を取り戻していくのが分かった。

ーー本当に?リィナは今でも俺を『必要』としてるのか?

薄暗い悦びという仄かな光が胸に灯る。

「カイゼル様!巫女様のお命を繋げるは、貴方様だけです!どうかお早く!」

その声のもとを辿れば、緑の光に包まれたリィナが目に入る。

治癒魔法で出血は止まったようだが、顔色は悪いままだ。だが、全く血の気がなかった頬に赤みが差している。

『義兄さん』

リィナに呼ばれたような気がして、ふらふらと吸い寄せられるように近づいていく。

『巫女自身が契約者を深く受け入れ、愛しているほどに、巫女の生命力は高まる』

泥濘に僅かに足を取られれば、ふと古い文献のそんな一文が頭を過った。

『巫女様が身も心も全て開いて、相手を受け入れられなければ、君の生命は癒えないからね。』

ーーあんなにリィナを怒らせて…俺は受け入れてもらえるのか?

愛する者に心底拒まれたなら?という怯えが身体中を駆け巡り、震えから足が動かなくなる。

ーー己の全てを注いでも、リィナが戻らなかったら?俺の腕の中でリィナを喪ったら…?

そんなこと…耐えられるはずがないだろう?

足元の泥濘に心が絡め取られて動けなくなる。

ーー俺はリィナに拒絶された後の自分自身が、何より恐ろしい…んだな…信じられないんだ…己自身を。

自分の息遣いだけが肩を揺らし続けて、リィナに近づけない。

「…隊長」

驚くほどに近くで声がしたかと思えば、突然にクロードに胸ぐらを掴まれる。

「あんた!何やってんすか?!」

茶色の瞳が珍しく強い赤みを帯びてグイグイと俺に迫る。

「惚れた女をみすみす死なせてんじゃねえっ!結果がどうあれ、やれるだけやってみろよ!!」

ーーやれるだけ…?だが、ダメだったら、俺はきっとこの世界を壊してしまうぞ…?

息を呑んだまま動かない俺の足元を金色の光の粒が纏わり始めた。

「カイゼル」

レオニス殿下がただ静かに俺に呼びかける。

「これは命令だよ。巫女の命を救うんだ。もし、君がまた暴走したならば、この僕が君を止めてあげよう。…だから、やるんだ。」

金色の魔素の塊がどんと俺の背を押して、情けなくもリィナの前に突き出す。

力なく俺はリィナの前に両膝をついた。

そっとその頬に触れると、まだほんのりと熱が伝わってきて、俺は何故か泣きそうになった。

「リィナ…」

そのまま、そっと手を握ってゆっくりと魔素を流し始める。

青に包まれ始めたリィナの唇がもどかし気に動き、何かを呟いている。

その囁きを少しでも拾おうと耳を寄せれば、漏れる息の狭間で、

「かいせい…」

と繰り返し、俺の名を呼んでいた。

ーー赦された…

なんとも言えない安堵と歓喜が胸のうちに広がっていく。

そして、リィナの唇がゆっくりと「たすけて…」と形作られたのを見れば、魂が快哉をあげ、貪るようにその唇を塞いだ。

ーーリィナに求められるのならば、俺はそれを成す。

己の全てを捧げるために。

一度、深く息を吸い込み、魔素を柔らかく練り上げる。

深く…もっともっと奥深くへと分け入るように魔素を流し込む。

皮膚も骨もリィナの細胞の一つ一つが全て俺で満たされるように…俺に染まるようにと青い光を注ぐ。

ふぅっとリィナの口から甘い吐息が溢れるが、それも俺の口内へと吸い込む。

リィナの全ては逃すべくもない。

リィナの身の内深く、魂とも言える場所にただひたすらに俺を注ぎ込めば、とろとろと蜜のような紫の光が溢れ始めて、俺の中に流れ込んできた。

紫と青がひとつに溶け、境目を失っていくその瞬間、
身も心も、ただその愉悦に沈んでいく。

ーーもっと…もっとだ。

リィナへの渇望はとどまることを知らず、小さな体をかき抱いて求める。

ただひたすらに、芳醇とも言える熱を身の内に取り込み、一つになることに夢中になる。

ーーもっと奥深く深く…タマシイスラ…オレノモノニ…

さらにリィナの奥深くに分け入ろうとすると誰かが俺の肩を掴んだ。

「カイゼル様、もう充分でございます。これ以上はリィナ様のご負担になりますわ。」

はっとしてリィナを見下ろすと青く光る魔素の中で溺れそうになっているようにも見えた。

じわじわとその光がリィナの体の中に沈んで取り込まれていく。

「うわっ相変わらず、えっぐい魔素っすねえ」

どこか間延びたその声に急に視界が開けて、何人もの人間がこちらを注視していることに気付いた。

その後ろには、夥しい数の骸が転がり、散らされた花弁と木々が泥濘の上に重なって倒れ込んでいるのが見えた。

その惨状に呆然とする。

ーー…これは、俺がやったのか?

我に返った瞬間にがくんと体の力が抜け、猛烈な目眩と眠気に襲われる。

「カイゼル様、リィナ様の傷口は塞がりました。ですが、あれだけの魔素の暴走です。貴方様のお体のご負担もかなりのものかと。リィナ様はこちらに任せて、早くお休みになられてくださいませ。」

俺の肩口に誰かがそっと手を乗せて、緑の癒しの魔法が流し込まれようとするのを感じたが…俺の細胞はそれを拒んで固く結界を張る。

ーーリィナ以外は受け入れたくない。俺の内を再び巡り始めた青紫の余韻に浸っていたんだ。

意識が暗転し始める…

俺はリィナの手だけは離せない。

そして…そのまま青く紫に光る流れの中に、意識は堕ちていった。

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