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第6章 世界樹の儀式
第6章 第10話 喪失への不安(Sideカイゼル)
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sideカイゼル
冷えきって小刻みに震えるリィナを抱えて、急いで世界樹から離れる。
世界樹がさらにリィナの生命を吸い上げんと手を伸ばしてくるのが分かるが、できる限り堅牢な結界を張って拒む。
求めてくる力の強さにさすがの俺も苦戦を強いられたが、なんとか影響のない場所まで連れ出すことができた。
それでも警戒は解かずに、少しだけ結界を緩める。
「カイゼル。私、失敗したの?」
目の縁に涙を溜めて、リィナが俺を見上げている。扇情的にも見えるその姿に、こんな状況なのにかっと体の芯が熱を持ちそうになるのを感じた。
その涙を舐め取り、不安を宥めてやりたいという衝動に駆られるが、まずはこの状況を収めなければならない。
「失敗…ではないはずだ。光は確実に世界樹に届いていた。」
俺の言葉に、リィナはほんの少し安堵したように「そう。」と微笑んだ。
「そうですわ。失敗ではございません。ですが、リィナ様の祈りに乱れが生じたのも事実でございます。何があったかお聞きしても?」
後ろからの声に振り向くと、ミレイ補佐官とレオニス殿下がいた。
「まずは場所を変えようか。」
レオニス殿下に続いて王宮に戻り、殿下の執務室へと案内される。移動している間、リィナは少しぐったりと俺に身を預けたまま、目を閉じて何かを考え込んでいる様子だった。
……光が乱れたあの瞬間、リィナが絶望の縁に立ったのが、俺には魔素を通じて分かった。
原因にも心当たりはある。
あの三日間、リィナは始終快楽に蕩けて、無防備で、それでいて幸せな表情を浮かべていたが、時々瞳が翳る瞬間があった。
リィナをそっとソファに座らせてやり、俺はその横に座る。
一息ついたところで改めて、ミレイ補佐官から同じ疑問を落とされる。「何がございましたのか?」と。
リィナはぽつりぽつりと、祈りの最中に起きたことを話し出した。
黒い声が脳裏で両親を喪ったことを思い出させたと……そして、俺をも喪ったらと恐怖に足が止まってしまったとも。
――やはり、それか。
嘆息とともに体の力が抜けそうになるのを、咄嗟に堪える。
リィナの愛する者を喪う恐怖を、完全には癒してやれなかったという己の不甲斐なさに、怒りにも似た苛立ちが湧き上がってくる。
話している間、体がまた小刻みに揺れて、リィナの不安を俺に伝えてくる。俺はリィナの腰を左手で抱いて、静かに魔素を流し続けた。
殿下もミレイ補佐官もリィナの話を聞いて、黙り込んだまま、何かを逡巡しているようだった。
「巫女様、君は母君に会いたいかい?」
殿下が徐ろに口を開く。殿下の提案に、リィナがぱちりと目を見開いて瞬きを繰り返している。
質問の意図が、うまく読み込めないようだ。
殿下がこれから話すであろう内容には、おおよその見当がつく。
――リィナをあそこへ連れて行けと言うのだろう。だが、あの地は……通常の対策では奥まで辿り着けないだろうな。
俺は資料で読み込んだ知識を元に、頭の中で様々なシミュレーションを始める。
そんな俺の様子に気付きながらも、殿下はリィナへと話しかけている。
「この世界にはね、この世に強い悔恨を残した魂が、淀みとなって漂っている場所があるんだよ。もしかしたら、君の母君はまだそこにいるかもしれない。保証はできないけど。でも、君の願いが強ければ惹き合えるはずだ。」
どうする?と金色の瞳が問う。
「あの……どうして母がそんな所に?」
「君の母君は元々はこちらの人間なんだよ。だから、君への強い思いで残っていらっしゃる可能性は高い。」
えっと、リィナが小さな声を上げる。
殿下の言葉に、俺が以前から薄々と感じていた疑念が確信に変わった。
なぜ、リィナが巫女としてこちらに呼ばれたのかも。
「殿下。その地に赴くにあたり、最大の脅威を教えていただきたい。」
「魔素の淀みが強すぎるんだ。近づくのがまずは大変なんだけど、君がいるなら大丈夫じゃないかな。あとは、淀みの中にいる魂が正気でいるかも、不確定要素ではあるね。」
それでも行ってみるかい?と再び問われる。君の心がそれを求めるのであればと。
リィナは少しの間、俯いたまま動かなかった。そして、そっと俺の手に自分の手を重ねて、
「行きます。お母さんに会って……話がしたいです。」
はっきりと決意を述べた。
リィナが望むなら、俺はそれを可能な限り叶えるだけだ。
今回も、リィナを守りきることが俺の使命だ。
「そう。じゃあ、準備が必要だね。カイゼル、君にまた3日あげよう。その間に巫女様を万全の状態にして、禁足の地へと向かってくれ。」
殿下から改めて俺に命が下る。
「……3日ですか。」
俺は瞬時に、回復に必要な魔素の量と時間、その間にやらねばならぬことを計算する。
禁足の地の情報の確認……隊の編成……装備品の確認……やることは少なくはない。
何よりも今はリィナの身体が最優先だ。
身体だけじゃない、心も全て満たす必要がある。
「ちょっと多かったかな。じゃあ、2日かな?」
「いえ、殿下。リィナの疲労の度合いを考えますと、5日は必要です。」
殿下の顔が、何か酸っぱいものを食べたように目を細めて歪む。
「カイゼル、それ多くないかい?」
「本来ならば、1週間は頂きたいのですが、儀式の完遂の必要性を考えると、5日でなんとか致します。魔素の補充に3日、体を休めて現地に向かう準備に2日ですね。」
レオニス殿下の顔が、今度は苦虫を潰したようなものになる。
「カイゼル……」と口を開きかけた所で、
「いいではありませんか。」
と朗らかなミレイ補佐官の鶴の一声が上がった。
「リィナ様のことは、カイゼル様が一番ご理解なさっていらっしゃいますわ。5日差し上げます。禁足の地へと向かって帰ってくることを考えまして、10日後に再び儀式を執り行いましょう。」
そう言って、よろしいですわねと鋭い緑の瞳がこちらに向けられ、殿下にも向けられていた。
俺としては否やはない。殿下も渋々と頷いている。
リィナを見遣ると、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。そんな姿も愛らしく、ずくりと体の芯が邪な熱を持つ。
「リィナ様もよろしいですか?」
とミレイ補佐官に優しく問われ、手で顔を隠しながら、蚊の鳴くような声で「はい」と返事をしていた。
俺は再びリィナを抱え込んで、俺達の部屋へと向かう。
扉を閉める際に、何か殿下が話す声が聞こえたが、ミレイ補佐官にたしなめられていたようだ。後で確かめればいい。
まずは、儀式で失われた魔素を早急に補給せねばならない。
冷えきって小刻みに震えるリィナを抱えて、急いで世界樹から離れる。
世界樹がさらにリィナの生命を吸い上げんと手を伸ばしてくるのが分かるが、できる限り堅牢な結界を張って拒む。
求めてくる力の強さにさすがの俺も苦戦を強いられたが、なんとか影響のない場所まで連れ出すことができた。
それでも警戒は解かずに、少しだけ結界を緩める。
「カイゼル。私、失敗したの?」
目の縁に涙を溜めて、リィナが俺を見上げている。扇情的にも見えるその姿に、こんな状況なのにかっと体の芯が熱を持ちそうになるのを感じた。
その涙を舐め取り、不安を宥めてやりたいという衝動に駆られるが、まずはこの状況を収めなければならない。
「失敗…ではないはずだ。光は確実に世界樹に届いていた。」
俺の言葉に、リィナはほんの少し安堵したように「そう。」と微笑んだ。
「そうですわ。失敗ではございません。ですが、リィナ様の祈りに乱れが生じたのも事実でございます。何があったかお聞きしても?」
後ろからの声に振り向くと、ミレイ補佐官とレオニス殿下がいた。
「まずは場所を変えようか。」
レオニス殿下に続いて王宮に戻り、殿下の執務室へと案内される。移動している間、リィナは少しぐったりと俺に身を預けたまま、目を閉じて何かを考え込んでいる様子だった。
……光が乱れたあの瞬間、リィナが絶望の縁に立ったのが、俺には魔素を通じて分かった。
原因にも心当たりはある。
あの三日間、リィナは始終快楽に蕩けて、無防備で、それでいて幸せな表情を浮かべていたが、時々瞳が翳る瞬間があった。
リィナをそっとソファに座らせてやり、俺はその横に座る。
一息ついたところで改めて、ミレイ補佐官から同じ疑問を落とされる。「何がございましたのか?」と。
リィナはぽつりぽつりと、祈りの最中に起きたことを話し出した。
黒い声が脳裏で両親を喪ったことを思い出させたと……そして、俺をも喪ったらと恐怖に足が止まってしまったとも。
――やはり、それか。
嘆息とともに体の力が抜けそうになるのを、咄嗟に堪える。
リィナの愛する者を喪う恐怖を、完全には癒してやれなかったという己の不甲斐なさに、怒りにも似た苛立ちが湧き上がってくる。
話している間、体がまた小刻みに揺れて、リィナの不安を俺に伝えてくる。俺はリィナの腰を左手で抱いて、静かに魔素を流し続けた。
殿下もミレイ補佐官もリィナの話を聞いて、黙り込んだまま、何かを逡巡しているようだった。
「巫女様、君は母君に会いたいかい?」
殿下が徐ろに口を開く。殿下の提案に、リィナがぱちりと目を見開いて瞬きを繰り返している。
質問の意図が、うまく読み込めないようだ。
殿下がこれから話すであろう内容には、おおよその見当がつく。
――リィナをあそこへ連れて行けと言うのだろう。だが、あの地は……通常の対策では奥まで辿り着けないだろうな。
俺は資料で読み込んだ知識を元に、頭の中で様々なシミュレーションを始める。
そんな俺の様子に気付きながらも、殿下はリィナへと話しかけている。
「この世界にはね、この世に強い悔恨を残した魂が、淀みとなって漂っている場所があるんだよ。もしかしたら、君の母君はまだそこにいるかもしれない。保証はできないけど。でも、君の願いが強ければ惹き合えるはずだ。」
どうする?と金色の瞳が問う。
「あの……どうして母がそんな所に?」
「君の母君は元々はこちらの人間なんだよ。だから、君への強い思いで残っていらっしゃる可能性は高い。」
えっと、リィナが小さな声を上げる。
殿下の言葉に、俺が以前から薄々と感じていた疑念が確信に変わった。
なぜ、リィナが巫女としてこちらに呼ばれたのかも。
「殿下。その地に赴くにあたり、最大の脅威を教えていただきたい。」
「魔素の淀みが強すぎるんだ。近づくのがまずは大変なんだけど、君がいるなら大丈夫じゃないかな。あとは、淀みの中にいる魂が正気でいるかも、不確定要素ではあるね。」
それでも行ってみるかい?と再び問われる。君の心がそれを求めるのであればと。
リィナは少しの間、俯いたまま動かなかった。そして、そっと俺の手に自分の手を重ねて、
「行きます。お母さんに会って……話がしたいです。」
はっきりと決意を述べた。
リィナが望むなら、俺はそれを可能な限り叶えるだけだ。
今回も、リィナを守りきることが俺の使命だ。
「そう。じゃあ、準備が必要だね。カイゼル、君にまた3日あげよう。その間に巫女様を万全の状態にして、禁足の地へと向かってくれ。」
殿下から改めて俺に命が下る。
「……3日ですか。」
俺は瞬時に、回復に必要な魔素の量と時間、その間にやらねばならぬことを計算する。
禁足の地の情報の確認……隊の編成……装備品の確認……やることは少なくはない。
何よりも今はリィナの身体が最優先だ。
身体だけじゃない、心も全て満たす必要がある。
「ちょっと多かったかな。じゃあ、2日かな?」
「いえ、殿下。リィナの疲労の度合いを考えますと、5日は必要です。」
殿下の顔が、何か酸っぱいものを食べたように目を細めて歪む。
「カイゼル、それ多くないかい?」
「本来ならば、1週間は頂きたいのですが、儀式の完遂の必要性を考えると、5日でなんとか致します。魔素の補充に3日、体を休めて現地に向かう準備に2日ですね。」
レオニス殿下の顔が、今度は苦虫を潰したようなものになる。
「カイゼル……」と口を開きかけた所で、
「いいではありませんか。」
と朗らかなミレイ補佐官の鶴の一声が上がった。
「リィナ様のことは、カイゼル様が一番ご理解なさっていらっしゃいますわ。5日差し上げます。禁足の地へと向かって帰ってくることを考えまして、10日後に再び儀式を執り行いましょう。」
そう言って、よろしいですわねと鋭い緑の瞳がこちらに向けられ、殿下にも向けられていた。
俺としては否やはない。殿下も渋々と頷いている。
リィナを見遣ると、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。そんな姿も愛らしく、ずくりと体の芯が邪な熱を持つ。
「リィナ様もよろしいですか?」
とミレイ補佐官に優しく問われ、手で顔を隠しながら、蚊の鳴くような声で「はい」と返事をしていた。
俺は再びリィナを抱え込んで、俺達の部屋へと向かう。
扉を閉める際に、何か殿下が話す声が聞こえたが、ミレイ補佐官にたしなめられていたようだ。後で確かめればいい。
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